ダイバー
「そうか。それはつまり、探られると困る、と?」
ネルは振り返った。笑みの形の冷めた目だ。モニカはそれに、
「いいえ。そういうわけではありません。後ろ暗いことを隠してはいませんよ。ただ、あれこれ聞かれるのが苦手な性質であるだけです。――それで、ダイバーがどうかされましたか」
ネルはふむ、と頷いた。
「まあ、話題逸らしに乗ってやろう。ダイバーは、先ほどモニカも言ったように、元犯罪者などの受け皿となっている。他国だと、私の軍服は目立って仕方ない。スコトスはその物騒さで有名だ。真っ赤な軍服か瞳を見つけたらまず逃げろと言われるほどだ。だから、服をダイバーで買う」
「今まで軍服を理由に宿を借りることを拒否されなかったのは、身分証があったからですよね」
「ああ。しかし、メンシュ家のサインが通用するのはシュッツガイストでのみだ。他国となるとそうはいかない。それに――」
ネルはそこで、少し視線を落とした。ちょうどモニカのぼろぼろの服が分かるようところ。
「……わたしの服、ですか」
ネルの視線に気づいて、モニカはわずかに気まずそうな顔をした。
「ああ。ドラゴン討伐において、最大の懸念点は私の魔力吐血と、防衛手段の不足だった。それから、ドラゴンが素早すぎて私が固有魔法の詠唱ができないことにある。これはまあ、防衛手段があれば解決するとして――」
「その肝心の防衛手段が足りない、と?」
「まあ、概ねその通りだ。魔力吐血は収まってきたからな。で、防衛手段の一つとして、布に防御魔法を織り込んだ魔法布を使った服を着る、というのがある」
「なるほど。ダイバーに行く目的はわかりました。結界魔法においてダイバーよりも優れた都市はありませんからね」
「攻撃魔法ではスコトスも負けてはいないんだがな。まあ、いい。とにかく、ダイバーへ向かう。覚えておけ」
「分かりました」
モニカは言い終えると、食事を味わう作業へと戻っていった。
メンシュ家を出て、スコトスと反対方向へ向かう。道中、ネルの魔剣に引き寄せられた魔物がいたが、それらは魔剣を使ったネルによって切り捨てられた。深夜のことがあるせいか、いつにも増して雑である。モニカはその鮮やかさに、そういえば、今代勇者は今、どこにいるのだろうとふと思った。
ネルがアルカディアの黄金結界を破ったから、出会えば確実に嫌なことが起きるのはモニカにだってわかる。
スコトスの様子も気になる。いつも薬草を届けてくれたあの人は元気だろうかとか、よく頭を撫でてくれた厨房の料理人のお兄ちゃんは今頃なにを作っているのだろうとか、いつもにこにことしていたけれど、師の葬式のときには涙を流していたあのメイドさんは今、笑っているのだろうかとか、そんなことを考えた。
数日が経ち、一ヶ所だけ水が避けている場所へとたどり着いた。地下への入り口のように、上向きに蓋(門?)が設置されていた。爽やかに笑う水兵のような服を着た青年がそのすぐそばに立っていて、ネルに対してこういった。
「身分証等はありますか? ああ、なくても問題はございません」
「これならある」
ネルが紙を見せると、青年はそれを眺めて、にっこり頷いた。
「はい。問題ございません。注意事項をいくつか説明させていただきますが、宜しいでしょうか? お急ぎでしたら、こちらをお通りいただいた先の門の門番からの説明でも構いません」
「いや、この場でいい」
「かしこまりました。――注意事項はたったの二つでございます。一つ目は、犯罪者等の扱いについてです。水底都市ダイバー内部には結界が張られており、手荷物検査なども行っているため、非常に安全性が高い状態が保たれております。そのため、指名手配犯や元犯罪者等を率先して引き受けております。犯罪者がいる、等の苦情はご遠慮くださいませ。二つ目は、魔法使いについてです。闇属性など、宗教上や文化上悪であったり魔物側であったり、不利な扱いを受ける魔法を使うものが市内におりますが、こちらも先程の理由と同じく、市内は安全であるほか、それらは単なる偏見にすぎないという考えであるため、一切の苦情を受け付けませんのでご了承くださいませ」
ネルはすらすらと流れるような言葉を半分ほど脳へと運ばず、頷いた。
「分かった」
「素早いご理解に感謝いたします。――それでは、海底都市ダイバーをお楽しみくださいませ!」
笑顔で青年が蓋を魔法で開いた。二人は水が壁となっているその中へと入っていった。
上で蓋が閉じる。
都市、というよりは、悪魔が言っていたあとらくしょんというのに近いのかもしれない、とモニカはふと思った。
珍しい景色にネルもモニカも顔を明るくして、階段状になっている道を進んだ。
先程の青年と似たような笑みの男性に門を開けてもらい、二人はダイバーに足を踏み入れた。
禁呪なども禁止されておらず、有効活用されている街は、海底であるため薄暗さのある独特の雰囲気とマッチして、幻想的な光景を生み出していた。ゆらゆらと半透明な魔法で作られた魔物が観光客や道行く人に話しかけていたり、定期的に色とりどりの煙が爆発音とともに出てくる浮いた光の球であったり。
「「別行動でいいですよね(別行動でいいだろうな)」」
同時に声を出して、気まずい沈黙が二人を包み込んだ。顔を見合わせて、空気に耐えきれなくなったネルが言った。
「別行動で、いいだろうな?」
「はい。では、また」
「ああ。宿はあそこを予約しておく」
ネルは指をさしたかと思うと、そこへ向かっていった。モニカはそれを見送って、街をゆっくり歩き始めた。




