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区切り

 モニカはここ一、二ヶ月で一番深い眠りを堪能していた。悪夢にうなされることもなく、現実の感覚を頭の片隅で認識することもなく。

 だが、その魔力の少なさからものすごく小さな魔力には敏感であり、育った環境の都合上、どれだけ深く眠っていても意識はほんの少し、現実へ割かれている。

 目を覚まして、上体を起こす。異変はすぐにわかった。アロイスの部屋のほうに、部屋の魔法からじわりと溢れた、見慣れない魔力がある。

 判断は一瞬。ベッドから降りると、モニカはアロイスの部屋に向かった。もちろん、簡易キットも忘れず手に持っている。

 部屋を見れば、大方の状況を察することができた。ネルがなにかしたのだろうと。

 部屋にかかっていた魔法に影響がないよう隙間を縫う魔力の道を作るなど、並大抵のものではできまい。

 モニカは迷ったが、結界装置を起動してアロイスの魔力が外に漏れないようにすると、魔法に自身の魔力をぶつけて解いた。扉を開けて部屋の中に駆けこむと、床に倒れたネルの姿があった。

 ふわりと広がった髪が、銀色に光る月じみていた。呼吸はしているが、荒い。それに、異常なほど歯を食いしばっている。

 魔法陣のそれはよく分からないし、魔力も大きいので感知できないが、とにかく不味いことだけはモニカにも理解できた。

 なので、とりあえず変な魔力を切った。ネルの魂に引き寄せられている魔力にモニカの魔力をそっとぶつける。

 繊細な魔力の操作はモニカの得意分野だ。

 モニカはしゃがみこんで、ネルの肩をゆすった。

「ネル様」

 名前を呼んでみても、返事はない。

 ――ヴィクトリア殿下と言った方が反応するだろうか。

「ヴィクトリア殿下」

 ダメだった。あとはなんだろうか、と考えて、思い当たった。

「大尉」

 その瞬間、右手の指がわずかに震えた。モニカは先ほどよりも強く肩をゆすりながら、

「起きてください」

 モニカが言い終わったのが先か、ネルが突然モニカの手を叩き落としてモニカから最大限距離を取ったのが先か。

 ネルはモニカが見たこともないほど青ざめながら、首のあたりを触っていた。

 モニカはネルのせいで赤くなった手を空中で静止させ、その様子をじっと観察していた。手がぴりぴりしてきた。熱い。

「……気色が悪い」

「ネル様。わたしの手が真っ赤です」

「知らん」

 モニカは若干不服そうに手を下ろして、

「お互いに状況確認をしませんか」

 ネルから大方の情報を手に入れて、なんともいえず、モニカは床に転がった魔剣を見た。

「こいつが私に渡してきた魔力を、お前が断ち切ってくれなければ、死んでいたのだろうな」

 息を吐きだしながら、ネルはモニカの方を向いた。それに気づいたモニカは、冷え切った顔でネルを見やった。

「ありがとう」

 モニカは黙ったあと、いつも通りのトーンでどういたしまして、と答えた。

「……寝ましょうか」

「……ああ」

 深夜だ。一気に疲れた気がして、二人は重い足取りでそれぞれ部屋へと引っ込んでいった。




 朝が来た。モニカは身を起こしてカーテンを開け、まだ日が昇り切っていない空を見た。青から赤のグラデーションにふと、師がこの空を気に入っていたことを思い出して、目を細めた。やる気のない動きで肩を回しながら扉の方へ向かって、屋敷が起き始めているのを感じる。着替えを済ませ廊下を渡るメイドの一人に手伝えることはありますかと声をかけた。

 ネルはモニカよりも一時間遅く起きて、騎士のいる鍛錬場を訪れた。

「泊まらせてもらった礼だ。稽古をつけてやろう」

 不遜な物言いだが、それに文句を言うものはいない。立ち居振る舞いからして強さは分かるし、なによりも、客人という扱いだ。無下にできるはずもない。

 魔剣は勿論使わず、なんの細工もない木剣で楽々勝利を収めた。

 一切の無駄がない動きは、幼少のころから戦場に駆り出されていたがゆえに培われた実践のためのもの。

 全員を相手し終えたタイミングで、モニカがそこに来た。

「ネル様。お食事ができたそうです」

 メイドに伝言を頼まれたのだ。最初こそ客人に使用人の手伝いなど……という態度であったが、モニカが断られたあとにメイドたちがくるくる働いているのを瞬き一つせずただ眺め続けているのを見て、掃除などを頼んでくれるようになった。

「はあ。……なぜお前が?」

 そんな事情など全く知らないネルは、困惑を分かりやすく表に出したが、モニカが首を傾げるのを見て、考えるのをやめた。剣を近くに倒れている者へ捨てると、モニカと共に鍛錬場を出ていった。

 モニカはネルの部屋で、ふわふわの白いパンを味わいながらネルの話を聞いた。ネルが部屋の椅子と机を使って食べ、モニカはベッドの上で食べている。メイドが持ってきてくれたトレイは、そばの棚の上だ。ベッドを汚さないよう、ほぼほぼ立って棚の上で食べているような有様だ。

「ダイバー、という都市を知っているか」

 ネルは上品さのある仕草で紅茶を飲みながら、モニカに問いかけた。モニカはその後ろ姿を横目で見ながら、

「はい。世界でも有数の水底都市ですね。それから、闇属性や光属性など、得意魔法が少々特殊な人間や、危険性もある技術を有する研究者や技術者が集まる多様性の都市であるとも聞きます。閉鎖的な空間であり、特殊な魔法などが集まっているので、たとえ元犯罪者であっても市民が危険にさらされない為、積極的にその手の人間を受け入れているとか」

「……私はお前がよく分からなくなる」

 モニカの言葉を聞いたネルが、ぽとりと零した。

「お前は学があるようだが、高位な人間にしては、やけに自分に対して不親切だ。それから、野宿などにも慣れているように見える。できれば快適であるといい、とは思っているだろうが、必要であれば床でも草でも、泥水の中でだって眠れるような意識である。……違うか?」

「…………」

 モニカは白いパンを飲み干すと、薄っすら笑って、

「不要な詮索は嫌われますよ、ネル様」

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