怪物少年とご令嬢
「……が、頑張ってください」
「うるさい。黙れ。くそ、どうして私がこんなこと……」
モニカは珍しくにやつき、ネルの後ろを歩いた。ネルは魔法で紐を死体に縛り付け、それを引っ張っていた。そうしなければ、報酬が受け取れない。死体も別途で売れる。
「お前がギルドに報告してくれればいいものを……」
「それでわたしが死んでも、文句がないのであれば」
苦い顔で、巨体の魔物を引きずり歩く。モニカは悪いことだと思いつつ、ネルがそんなことをやっているのが笑えて仕方がなかった。
師が死んで以来、初めてこんなに面白い気持ちになった。
魔物が通れるぎりぎりのところまでたどり着くと、モニカはギルドの職員を呼び、魔物を示した。大層驚かれたが、報酬を受け取ることができて満足である。素材も売って、計十万ユルク。ネルが七割、モニカが三割で、モニカは三万ユルクを貰えたので、ネルにお金を返すことができた。残額二万九千五百ユルク。
「あの、お二人に受けてほしい依頼があります」
受付が、二人に話しかけてきた。なんでしょう、とモニカが話に乗ると、受付はいいずらそうにカウンターを眺めて、目を細めた。
「実は、こんな依頼がありまして……」
受付が差し出してきた紙には、
依頼主:貴族令嬢
仕事内容:護衛
報酬:十五万ユルク
危険度:推定Dランク以上
とあった。
「受けない。話は終わりだ」
ネルが速攻、冒険者ギルドを出ようとする。
「……なぜですか」
大方の答えは分かっていたが、モニカは食い下がる。ネルはなんの温度もない目でモニカの目を見た。ネルは目を逸らし、長い息をつきながら、三本指を立てた。
「理由は一つ、違和感は三つ。一つ、貴族であれば専属の護衛がいるはず。ギルドなんぞに依頼するなんて、命知らずにもほどがある。二つ、ただ移動するだけなら、FかEランクの魔物しか出ない。危険度が高すぎる。三つ、報酬が低い。まるで、下級、中級の貴族令嬢がお小遣いを全部注ぎ込んで依頼を出したみたいだ。このことから、私は下級あるいは中級貴族のご令嬢一人が、こっそり一人で何者かに追われながら移動している、と考えたからだ。以上」
早口でまくし立てると、ネルはギルドを去ろうと動く。モニカは平然と、
「では尚更受けなければなりませんね」
「はあ? お前、何言ってるんだ」
「困っている人を放っておくなんて、貴方の名前が泣きますよ」
「むしろ喜ぶ。ほら、さっさと宿に――」
「死んでもいいですか」
ぴたりと、ネルが止まった。振り返って、虚ろな目のモニカを睨む。
「どういう意味だ」
「そのままです。わたしにとって貴方が必要なのは確かで、貴方の味方になりたい、という気持ちも本物ですが、貴方にとってもわたしは必要で、貴方はわたしを気に入っている。なら、効くかな、と。脅迫じゃ、ないですし。わたしが生きてる理由なんて、その程度だから。もしもこの腕がなければ、とっくに死んでますよ」
「……分かった。今回は私が折れる」
どこかねじ曲がった雰囲気のモニカに、ネルは渋々承諾したのだった。
一日後。受付の女性から伝えられた通りの場所に、徒歩で貴族令嬢らしき人物が二人にまっすぐ歩いてきた。
「……初めまして。アデーレ・メンシュと申しますわ。護衛、宜しくね」
少々汚れがあるが、服は高品質なワンピースであったし、顔立ちもそれなりに整っている。真っ白な顔が、真っ青に染まっていなければ、普通に貴族令嬢に見えただろう。
「顔色が悪いようだが、どうしたんだ」
「……あら、これは失礼いたしましたわ。スコトスのお貴族様?」
くすくすと手を口許に持ってきて笑う彼女に、ネルは苦笑を返した。
「こちらのことは気にしないでくれ。それよりも、貴方の体調は?」
ネルの物腰が柔らかい。モニカはそれを見て、彼女が王女であることを思い出した。
「……そのことについて、なんですけれど」
アデーレと名乗った貴族令嬢は、泣きそうな顔でネルに話した。
「わたくし、一昨日結婚式抜け出してきましたの。……自分の」
「それは、なぜ?」
まさか、結婚という役目が嫌で逃げ出してきた、なんて箱入りわがまま娘じゃないだろうな、とネルは顔をひきつらせた。
「婚約者が、知らない怪物と入れ替わっていたのですわ」
「……怪物?」
ネルは顔を険しくした。アデーレは涙声になってきた。
「そうなのです! 結婚式当日までは、とてもきれいな髪と目をしていて、お話も弾んで、優しくて、かっこよくて……。不器用だったけれど、怪物じゃ、なかったのですわ」
とうとう、彼女の水色の瞳から、涙がぽろぽろと溢れてきた。
「でも、結婚式当日、お母様とお父様に彼だと紹介されたのは、怪物でした。しかもわたくし以外、誰も疑問を持っていないのです。それが意味のないうめき声を発しても、人の言葉として受け取っているのです。怖くなって、ほんのちょっぴり使える補助魔法で、気配を消して逃げてまいりましたの」
モニカは自分に置き換えて、ぞっとした。自分の大切な、愛している人が見知らぬ怪物になって、それを周りがその人だと認識している。ぶわっと泣くアデーレの頭を、身分不相応ながら、そっと撫でた。
なにやら考え込んでいるネルを放置して。




