第7歩:「私は……冒険家」
「ふーむ、リンリバに向かう途中でゴブリンにか……」
「村長、ゴブリンって何なの?」
「お前はそんな事も知らずに外に飛び出したのか……? 小鬼とも呼ばれる緑の体をした角の生えた姿が特徴の生き物じゃ。知能は低いが、集団で行動する習性があるのも有名な特徴じゃな」
村長の家に着いたアルタエルは、村長から作り置きスープを受け取りながらそう尋ねた。村長は呆れた表情で答えると、リーズとアヤメにもスープを渡して席につく。釣られて三人も席に座った。
「しかしゴブリンは夜行性だから、一晩休めば大丈夫だろう。明日の朝から出れば昼頃にはリンリバに到着できるはずじゃ。リーズさんと名乗るその子もそっちの方が安心出来るじゃろう」
「村長、残念ながらリーズ様にフォレステスの言葉は伝わりませんわ。大陸用語で伝えないといけませんの。それも南東大陸です」
「何? そうか、なら……センロモネヨワホトカ (今夜は泊まっていくといい)」
「そ、村長まで変な事言い始めた……」
「カカヘ!?コワソネキ! (良いんですか!?ありがとうございます!)」
アルタエルが頭を押さえ続ける中、話は進む。アルタエルの頭から煙が出始めた頃、村長と相談をし終えたアヤメがアルタエルの背中をポンポンと叩いた。リーズは村長から家の案内をしてもらう為に二階へと姿を消す。
「アルは分からなくても仕方ないですわ。そんな気を病まず……」
「うぅ……」
「とりあえず、今晩は村長の家で休む事になりましたわ。出発は明日の朝、村長の手料理を食べ終えた後との事」
「了解……。あたしちょっと風に当たってくるね」
「あまり遅くなりません様に。もしかすると先程の仕返しにゴブリンが現れますわ」
「うん……」
アルタエルは胸の中に残る寂しさのやり場を探して村長の家を出た。アヤメと遊んだ川のふもとに腰を下ろし、手ごろな石を川へと投げる。波紋は広がる前に川の流れで消えてしまう。
「悔しいなぁ……」
空に浮かぶ月を反射する水面を見つめながら、そうアルタエルは呟いた。川がその言葉と共にコールの方へと流れ、またアルタエルの周りを静寂が包み込んだ。
村長の家で、リーズとアヤメ、村長が楽しそうに話しているのを見て、嫉妬してしまった自分が小さく感じて、そんな自分を悔しいとアルタエルは言った。水辺の石をもう一つ川へと投げる。
「コラ、何度もそこの石を川へ投げるなと言ったじゃないか」
「村長……」
いつの間にかたいまつを持って背後に立っていた村長の顔を見て、アルタエルは申し訳ないという感情と自分の卑屈さからすぐに目を背けた。その背中を擦る村長は、近くにある石でたいまつを固定するとアルタエルの隣へ座り込む。
「懐かしいわい。お前の父親もコールから戻った後、何故かお前の様にここで座っていてな」
「お父さんも?」
「そうじゃ。そして奴は次に口を開いた時、『俺はあんた達に何も恩返し出来てないよな。ごめんな』なんてぬかしおってな。背中を力いっぱい叩いてやったわ」
「そうなの? それはどうして?」
「お前にも言える事じゃ。わしは別にお前達に感謝されたくてそこまで育てた訳でも、恩返しを期待して飯を作ってやったわけじゃないのじゃ」
「……?」
アルタエルは村長の言いたい事が伝わらず、村長の顔を見ながら少し首を捻った。村長もアルタエルの表情を見つめ返していたが、小さく笑って空を見る。
「分からないか? まぁお前はまだ小さいから分からないのじゃ。もう少し大きくなればわかる。何故わしが赤ん坊だったお前の父親を育て、その父親が押し付ける様に渡したお前を育てたのか」
「そうなの?」
「あぁ、いいかアルタエル。分からない事っていうのはこの世にいくらでもあるのじゃ。お前だけではなく、お前より頭のいいアヤメにも、お前より長く生きたわしでもある。例えば、どうしようもない感情とかな」
自分の事を言っているのだとすぐに理解したアルタエルは、胸が少し痛くなるのを感じた。また申し訳なさで俯く。
「良いんじゃ分からなくて。分からない事を探すのが冒険じゃろ? 分からないから冒険はわくわくするし行きたくなる。わしもそうじゃ」
「村長も冒険家だったの?」
聞いた事のない話に目を丸くするアルタエルの頭を撫でた村長は、首に巻いていたネックレスを取り出してたいまつの火に晒した。面影が残る若い村長がアルタエルには見慣れない門の前でピースサインをしている。
「わしが生まれた村、ラクイマじゃ。わしは二十歳になるまで周りから冒険を反対されていてな。二十歳になって初めて冒険に出たのじゃ。丁度お前の父、レギウスの様に形のない何かを求めてな」
「そうだったんだ……」
「そう、だからこそ冒険に行きたいという探求心は痛い程理解できるし、危険さも理解できる。心のどこかで危険な思いをさせたくないと思いつつも、冒険の楽しさを分かち合いたいからこそどう声を掛けるべきか悩む」
「……」
「しかしこれだけは言える。冒険は危険だがその分とてもいい経験になるし、達成感がある。お前が十歳になった時にもう冒険と言った時は驚いたが、嬉しかった。……良いかアルタエル、今の様に悩む事はあるだろう。解決出来ないし、アヤメに相談しにくいなんて時があるかもしれない。そんな時に思い出すといい魔法の言葉を教える」
「魔法の言葉……?」
「『人生は冒険だ。冒険に迷いはつきものだ。間違えれば戻ればいい。戻れないなら進めばいい。自分は冒険家なのだから』と、これはわしが貰った言葉だが、お前の父親にも伝えた」
「人生は冒険だ。冒険に迷いはつきものだ。間違えれば戻ればいい。戻れないなら進めばいい。自分は冒険家なのだから……」
アルタエルは村長の言葉を復唱して、自分の胸に手を当てた。心の中で何度も復唱すると、先程まで悩んでいた事が馬鹿らしくなり、妙に勇気が湧いてくる。
「私は……冒険家」
「そうじゃ。迷う暇があったら先に進まないと時間が勿体ないじゃないか。冒険は元々危険なものじゃ。覚悟しているだろう?」
「そうだよね。うん、そうだよ!」
「よし、その勇気を忘れるなよ?アヤメは確かに賢い子ではあるが、賢いからこそ迷いやすく、不安になりやすい。そんな時はお前の勇気で彼女を助けるのじゃ。お前は迷ってはならん」
「分かった!村長ありがとう。もう私は悩まない様にする。だって立派な冒険家の子供だもん!」
「さ、戻ろうか。あんまり遅いとアヤメが不安になる」
「うん!」