第2歩:「アヤメ、水浴びしよう!」
2024/12/4
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石門を抜けた二人は真っ直ぐ前に伸びる舗装された道には行かず、村の外周を回るように移動する。
半周ほど移動すると、大きな池が見えてきた。野菜を洗っているフォレステスの村人達が二人に手を振る。
彼女達もそれに応えてから池の麓に座り込んだ。体の小さな二人が背負うには少しだけ大きいリュックサックを芝の上に下ろして二人で中を確認する。
「私のリュックサックに入っているのはお水と食料ばっかりだよ。それと使いやすそうなナイフと懐中電灯が一つ、後は下の方にタオルがあるくらいかな」
「私の方には沢山入っていますわ。この大陸が描かれた地図に方位磁石、これは温度計に火打石ですわね。同じように懐中電灯も入っています。それにこれは植物と動物、魚図鑑ですわね。水は入っていますが、食料はアルの方に入れられたようですわ」
アルタエルがアヤメのリュックサックの中身を見て、不満そうにむくれているのをアヤメが優しくなだめた。アヤメはアルタエルに見えるように地図を見せながら各地を指さす。
「南の方向に進むと大きな街、リンリバがあります。たまに村長が買い物に連れて行ってくれた街ですね。北側に進むと森ばかりですわね。暗蔵の森と名付けられている様ですわ。暗蔵の森の先に小さな村、コールがありますが、どちらに行きますの?」
「それは勿論!」
機嫌を直したアルタエルは立ち上がり、北の方向へと指をさした。遠目に見えるのは陽の光が入っていない暗い森。
「冒険をするんだから森に行こう!森を越えたらあるっていうコールに行こう! コールの皆に挨拶したら、今度は南のリンリバへ行こう!」
「やはりそう言うと思いましたわ。それでこそアルですわ」
「でもその前に!」
「ん?」
言葉を止めたアルタエルは、目を輝かせたままアヤメの方を振り返るとにんまりと口元に大きく笑みを作った。
それは――村にいた頃アルタエルが悪戯をする前に見せた悪巧みをしている笑みと同じで、アヤメは不吉な予感がして身構える。
「な、何ですの?」
「アヤメ、水浴びしよう!」
「えっ――ちょ、ちょっと待って欲しいんですの! ちょ、手を、手を引っ張らないでくださいまし!」
自分の腕を強引に引っ張るアルタエルの力に抵抗を見せるアヤメだったが、残念ながらアルタエルの方が力が強いようで呆気なく池へと引っ張られる。
なんとか頭のベレー帽をリュックサックへと入れると慌てて地面へと放り投げた。
「えい!」
川の水を片手で掬ったアルタエルは、アヤメに向けて飛沫を投げる。
「冷たっ!」
「アヤメ可愛い反応するね! えいえーい!」
「み、水を! 水を掛けないでくださいまし! ……くっ、お返しですわ!」
「あはは! 冷たーい!」
一着しかない服が濡れるのも構わず、アヤメとアルタエルは水を掛け合った。濡れた衣服が自分の肌にへばりつく感覚に微量の不快感を覚えるが、憧れた旅の始まりに対する高揚感がそれを上回る。
野菜を洗っている村人は二人のやり取りを微笑ましく眺めている。
***
「……疲れましたわ」
ひとしきり水遊びを行った後、ようやく熱も冷めたアヤメは膝に手をついてそう呟いた。
「え? もう終わり?」
アルタエルはまだ遊び足りないのか、池の底に綺麗な石がないか一生懸命探している。
夢中になっている彼女を見て、アヤメは肩をすくめると先に池から上がった。衣服から多量の水が地面へと落ちるのを見てため息を吐く。
「まぁ、ずっと遊んでいてももう咎められないですから気が済むまで遊んでいて良いですわ……ん?」
自分のリュックサックを手に取り、違和感に気が付いたアヤメは首を捻る。
先程と同じリュックサックの中身が見える事に違和感を覚え、周りを見回した。違和感の正体を見つけて息を飲む。
視線の先には先程リュックサックに入れた筈のベレー帽。北方向に緩やかな下り坂となっている地面の上を器用に転がっていく。慌てていた為にしっかりとリュックサックの中に入らなかったようだ。
「私のベレー帽が!」
「ん?」
アヤメの慌てた声にいち早く反応したアルタエルは、彼女の視線の先に瞳を動かす。
間もなく暗い森の中へ吸い込まれそうな帽子に気が付いたアルタエルは池から上がる。
「任せてアヤメ」
アルタエルは一切慌てる素振りを見せない。それどころか慌てて取りに行こうと焦るアヤメを制して、靴下と靴をまとめて脱ぎ始めた。
不安そうなアヤメを勇気づける様に頷いて見せると、両足に力を込めて地面を蹴った。足元の芝がアルタエルの足形に凹み、乾いた砂が左右から流れ込む。
坂道とほぼ平行に跳んだアルタエルは木々の隙間へ吸い込まれようとしている帽子に追いついてしっかりと手で掴んだ。
空中で器用に体を捻り、樹木の幹へと手足を置いて勢いを殺し、地面へと着地した。
***
「助かりましたわアル」
帽子を受け取りながらアヤメは感謝を言うと、アルタエルは嬉しそうに頷いた。
「いや、アヤメがすぐに気が付いて叫んでくれたおかげだよ! 森の中に転がっていってたら、私でも見つけるのは難しいと思うから……でも……」
アルタエルはそこまで言って暗い表情となり背後を振り返る。視線の先には先程足を置いた樹木。
「着地するというか、着木する為とは言え、思いっきり蹴っちゃった……」
「着木ってなんですか……森の樹木であるレアはそんな簡単に折れるものではありませんから大丈夫だと思いますよ」
「それならいいかぁ……」
ひんやりとした感覚と、肌にべったりへばりつく感触に不快感を感じ、靴下を絞ってから履きなおす。じっと自分を見つめるアヤメを不思議に思いながらも立ち上がってリュックサックを背負った。
「アヤメの帽子が早く森に行きたいって言ったんだと思うし、私達もそろそろ行こう?」
「えぇ、そうですわね」
身に着けた衣類を絞り、リュックサックを背負わずにあえて手に持つアヤメを不思議そうに見つめながら、アルタエルは森へと歩き出す。
「……アル、濡れた服でリュックサックを背負うと中身がどうなると思いますの?」
「あ」