第109歩:「ずるい!」
「次の方で締め切らせて貰います!」
男性が大声で列を成す人々へ声をかける。
その声を背後に感じ、アルタエルとアドニスは顔を見合せた。
「「はぁぁぁぁ」」
次の瞬間、同時に大きなため息をつく。
振り返り見えるのは朝の倍はあるであろう客の列。
「ま、まさかこんなに待つと思わなかった」
「そうなると思っていたけど、やっぱり試合直後はそうなるよね。ファングッズとか欲しい人もいるだろうし」
「もうお昼過ぎてない?うぅ……」
「ま、まぁまぁ、帰る時はすぐ帰れるから。行こ行こ」
「がってんだぁ……」
「おぉ、本当に元気が無い」
長蛇の列で疲弊しきったアルタエルの背中を押しながらアドニスは店内へと入る。
人口密度の高い店内は、クーラーを動かしても暑さを感じる程の熱量となっている。互いに口には出さないが、早く買い物を終わらせたいと思っているだろう。
「あ、アルタエルさんこれこれ、これがサポートアイテムだよ」
アドニスが手に取ったのはリング状になった黒いゴムチューブ。ピーチジェットよりも小さいが、簡単に穴を伸ばすことが出来る。
「これを浮遊石に取り付けると、浮遊石の吸収できる光量が減って回転し辛くなるの」
「ほえぇ、そんな物があるんだね」
「拘る人はとことん拘るからね。服も薄くて出来るだけ肌にくっ付く物にして空気抵抗を減らす人なんかもいるよ」
「凄い世界だ……で、これがサポートアイテムの値札?3と0が1,2,3……これ、どの位高いの?」
店に到着したアルタエルは、目的のサポートアイテムの値段を見てアドニスを振り返る。
「あ、本当にお金の事はあまりって感じなんだ?これはそうだなぁ、一週間の一人分の食費くらいじゃないかな?」
「高いねぇ……さっきのピーチジェットのせいで何が高くて何が安いのか分からないや」
「そっかそっか、ピーチジェットはこれの百倍はするからね。分からなくもなるよ」
「それを一括で払えるアドニスさんも相当凄いけどね?よくそんなお金貯めていたね……」
「まぁ、お小遣いが高かったのも理由の一つだけどね。こんな形で役に立つと思わなかったよ」
「腕相撲、勝ったけどやっぱり半分は貰ってよ。そのお金があったらクレッサをもっと大きくいい国に出来るでしょ?」
「それはまぁそうかもしれないけど」
「宿代のお礼にもなるしさ」
「……分かった。但し、半分しか貰わないからね。アルタエルさんの旅に絶対必要になると思うから」
「それで大丈夫。お金を渡すのはさっきと同じ場所でいいのかな?」
「うわ、凄い人数だ。最後尾はあそこみたい、看板持っている人の後ろに並ぼう」
「はーい」
アルタエルは言われるがまま列の最後尾へと立つ。レジは五つあるにも関わらず、人の波が進む気配は無い。
「お昼ご飯食べてから来るべきだったね。アルタエルさんお腹空いてない?」
「ぜんっぜん大丈夫!体は昔から丈夫なの」
「……空腹と丈夫はあまり関係ないような気がするけど」
「アドニスさんは大丈夫?」
「ん、私も大丈夫。まぁ、これを買ったらすぐ帰れる訳だしね。後どのくらい――」
「ずるい!」
アドニスが列から少しだけ顔を出し、前の人数を把握しようとした途端、聞き慣れない少年の声が響き渡った。並んで喋っていた列の人々が徐々に声の音量を下げる。
アドニスはゆっくりと首を右に回し、商品棚と商品棚の間にいる声の主を振り返る。
「お姉ちゃんそれずるいよ」
声の主は再度繰り返した。アルタエルもアドニスと同じように声の主へと顔を向ける。
絹布のような白い肌、照明を反射する眩しい白髪は彼の細かな動きに合わせて揺れる。大きな黒い瞳には涙が溜まっており、アルタエルの手元を指さしていた。
「……へ?」
彼の言っている意味が分からず、アドニスは本人でも吐息か声か分からない音を口から発する。
「それ!」
アルタエルの手元にあるサポートアイテムを指さし、再度少年は大声を出す。既に列の人間は雑談をやめており、「可哀想に……」という同情の声が聞こえる。
「そんなの使うなんてずるいよ!」
「い、いやこれは正式に商品化されているアイテムだよ?」
「それで初心者大会出るつもりなんでしょ?ずるいよ」
「だ、だから――」
「ずるいよぅ……お姉ちゃぁん」
とうとう少年の目から涙がこぼれた。傷一つ無い綺麗な白肌にゆっくりと涙が伝う。
「あらあら、大丈夫?私のチアール。誰に虐められたの?」
静けさの中、女性の声が店内に響いた。