第101歩:「紐乗り?」
モミジに促されてアルタエルはピーチジェットに乗り込み――
「あれあれあれあれ!?」
機体が後ろに傾き、アルタエルは外に投げ出された。咄嗟の事で手すりを掴む暇も無かった彼女は、芝生に背中を打ち付ける。
「痛っ、芝生で良かったぁ」
「だ、大丈夫!?手すりはちゃんと掴んでね!?」
「ご、ごめんなさい。もう一度乗ってみる」
気を取り直して手すりを握ったアルタエルは、もう一度ピーチジェットへと足を乗せる。
「乗るとき、足場が不安定なんだねって……うわ、うわわわ!?」
機体はアルタエルの方向へと大きく傾き、投げ出された彼女の顔面目掛けて動き出した。動きを止めようと腕に力を込めるが、機体の推進力で徐々に肘が曲がる。
モミジはそばで眺めていたが、アルタエルの顔面に機体がぶつかる直前で機体の手すりを掴んで止めた。
「ん、最初にそれを体験して欲しかったからアドバイス無しで乗せちゃった。ごめんね」
「う、うん」
「なんでピーチジェットが倒れちゃったか分かるかな?」
「多分、私が手前側に体重を乗せちゃったからだと思う」
「うんうん、それともう一つかな。倒れた後も手すりを握っていたよね? あれは本当に危ないから、落ちるときは素直に手を放して落ちる。これを忘れないで?」
「……」
「あ、おねーさんが言ったから掴んでくれていたのは分かっているからね!? 怒っているとか責めているってわけじゃないよ。アルタエルちゃんが怪我して欲しくないから言ったの」
「あ、うん、ありがとうモミジさん。それにしても凄いパワーだね」
「そうでしょそうでしょ?そのパワーとパワーのぶつかり合いがスカイライド押し合い戦の醍醐味なの」
「なるほど……ちょっともう一度乗ってみてもいい?乗る時の感覚がね、紐乗りに似ているの」
「紐乗り?」
「うん。フォレステスでよく遊んだんだけど、二本の木に紐を巻いてその間にたわむ程度で紐をかけるの。それに乗ってどのくらい耐えられるかって遊び」
「ふんふん、一本に乗り続けるのかなり難しくない?」
「難しかった。この機体はあれより足場が広いし、手すりもある。少し難易度の下がった紐乗りだと思って乗ってみる」
アルタエルは機体の中心に飛び乗ると、前方の手すりを掴んだ。不安定に揺れる機体をしっかりと掴み、揺れが収まるまでじっと耐える。
やがて、揺れの原因が自分にあると気が付いてその場にしゃがみこんだ。機体の揺れが収まり、その場で浮遊を続ける。
「……で、座ってみたけどこれじゃあダメだね」
「そうだね。機体同士がぶつかる衝撃を直に受ける事になると思うから危ないかな。頑張って立ってご覧?」
「うん。紐乗りの時も無意識に足が震えたんだけど、あれに凄く似てる。ごめんねピーチジェット、私が怖がっちゃった」
プキュにもそうしたように優しく手すりを撫でたアルタエルはその場に立ち上がった。普段より高い視点から見える景色はほとんど変わりが無いにも関わらず、息を飲むほど感動する。
少し前へと体重を動かす事で機体も動き出し、後ろに体重を移動する事で元の位置へと戻った。
単調な動きだが機体を動かせた感動と機体から見える少し変わった景色の感動。二つの感動に心を奪われた彼女の中にピーチジェットへの恐怖心は無くなっていた。
「どう?乗れたら感動しない?」
「する!乗るまでは怖かったけど乗れたら全然そんな事なかった!」
「よし、それじゃあ軽い動かし方を説明するね。さっき傾けて動かしたと思うけど、乗っていれば体重移動をするだけで動けるよ傾けたりしても速度は上がらないし、そんな事したら危ないからしちゃダメだよ」
「分かりましたモミジ先生!」
「うっ……せ、先生は少し嫌かも。呼び方を変えたいならモミジお姉ちゃんで良いよ」
「分かった!モミジお姉ちゃん!」
「……良いっじゃなかった、それじゃあ後ろのおねーさんの方振り返るにはどうすればいいと思う?」
「えっ!?えっと、体重移動じゃ動いちゃうから、足を動かし……ても意味無いし、手すりを横に引い……たら少し回るけど、なんか違う気がする」
「お、察しがいい。正解は足も腰も、全身で回るの。一気に動かすとくるくる回っちゃうけど、もうこれは感覚で覚えるしかないかな」
「じゃあゆっくり回すとか?」
「それだと全然おねーさんの方向けていないよ。もう少し強めかな」
「ふっ!あれ、もうちょっと回って欲しかったのにな……えいっ!っと今度は行き過ぎたっ!」
「難しいよね。スカイライドをする時、みんなが一度は詰まるのがそれなの。寸分のズレもなく振り向くのは三日くらい掛かるかも」
「三日!?そっか、確かにちょっと難しいかも」
「それともう一つ。今は止まって回ろうとしているけれど、試合中は動きながら方向転換しないといけないからね」
「それもそうだ!?」