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あなたがいる。 SIDE B  作者: 原田楓香
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⑧ とっくに


 部活が終わって生徒を門から送り出し、体育館から職員室へ戻る廊下を歩いていると、前方から来た三好先生が言った。

「トモヤ先生。おつかれさまです。職員室で、今から流しそうめん大会が始まりますよ」

「え! ほんとすか。やった! ありがとうございます! もうお腹ぺっこぺこやったんで、めっちゃ嬉しいです!」

 どうやら、俺を呼びに来てくれたみたいだ。彼女はUターンすると、俺と肩を並べて、職員室に戻りながら、

「さっきね、今日は1日平和だったから、流しそうめん、するぞ~! って、吉武先生が大鍋出してきて」

「そうなんや。でも、どこにそうめん流すんやろ?」

「なんか、今日お家から流す機械? みたいなの持ってきたって」

 彼女が、両手で、山のような形をつくってみせる。

「ああ。なんかタワーみたいになってるやつ」

「そうそう」


 三好先生が楽しそうに笑っている。その笑い声は、高すぎず低すぎず、耳に心地良い。そして何より、この笑顔! 彼女はいつもよく笑う。笑うと、目が細くなって、それと一緒に目尻もちょっと下がる。

 超美人というわけじゃないけど、愛嬌があって、ふっくらしたほっぺたが、可愛い。柔らかなセミロングの髪が、ふわりと額と肩で揺れるのも、良い感じだ。


「吉武先生、やっと念願の流しそうめんできるって、めっちゃ喜んではったわ」

「そやな。この間からずっと『そうめんそうめん』言うてはったもんな」

 吉武先生というのは、うちの学年の生徒指導担当の、40代後半の先生だ。社会科担当で、その授業の面白さには定評がある。怒るとこわいけど、優しくて頼もしくて、生徒にも保護者にも人気がある。もちろん教師にもだ。

 そんな吉武先生は、料理好きで、放課後時々、職員室の隅っこのキッチンコーナーで、びっくりするほど旨いお好み焼きや、焼きそば、おでんなんかを、作ってくれたりするのだ。そして、職員室のみんなにふるまってくれる。


 最近は、暑い日が続くので、そうめん食べよう、と毎日のように言っていたのだ。

「2年ものの、すごい細麺の、美味しいのがあるねん。お取り寄せしたんや」

 嬉しそうに話していたけれど、このところ、毎日のように、小さな生徒指導案件が相次いで、なかなかそんなゆとりが持てずにいた。

 学校というところは、毎日、大なり小なり何かしら事件が起きる。何もない平和な日、というのは少ないかもしれない。昼間何もなくても、夕方にかかってきた電話で、問題発生を知らされて、全員出動、なんてこともよくある。


 でも、今日は、珍しく、何も起きず、今のところ電話も鳴っていない。

 職員室に戻った俺の姿を見ると、吉武先生が言った。

「お、トモヤ先生、流しそうめんのタワー組み立てて」

 横に積んである箱を指さした。

「了解っす。え、この箱のやつですか。え? 2つとも?」

「そう。2台あったら、より楽しい」


 職員室中の先生たちが、みんな集まってくる。

 茹で上がったそうめんが、大量にザルのうえにのせられている。流しやすいように、少量ずつのかたまりになっている。そのほかにも、大きなボウルに、氷水が入っていて、そこにも大量のそうめんがある。

「流したん掬うより、即食べたいて言う人は、こちらをどうぞ」


 めんつゆをいれた器を持って、みんなで、そうめんを囲む。一日中、ノンストップでがんばり続けて、誰もがお腹が空いているのだ。

「薬味、ここに置いときま~す。ネギと、ミョウガと、生姜。それと、すりごまも」

 家庭科の木村先生が、お盆に載せた薬味を運んでくる。

「ありがとございま~す」

「みなさん、冷凍庫にアイスクリームもありますよ~。こちらは、校長先生と教頭先生からの差し入れです」

「やったあ~、ありがとうございま~す」

 みんな、そうめんをすすりながら、アイスにも心惹かれているようだ。


「これ、このそうめん、めちゃくちゃうまいですね!」

「ほんと、美味しい。今までこんな細いそうめん食べたことない」

「あっという間に、喉を通り過ぎてくみたい……。さっぱりして美味しい」

 みんな口々に言って、箸が止まらない。

 

 吉武先生は、タワーのてっぺんから、せっせとそうめんを流すのに忙しそうだ。

「先生、交代しますよ。先生も食べてください」

 三好先生が、声をかけている。

「ありがとう。でも、オレな、先にちょっと味見したし、みんなに食べてもらうんが一番の楽しみやから、かまへんねん。こうたいするんやったら、さきに、トモヤ先生と交代したげて」と吉武先生が言い、

「了解です。トモヤ先生、流す役、バトンタッチです」

 三好先生が、俺の菜箸を受け取る。

「あ。ありがとうございます。すみません。じゃ、ちょっとの間、お願いします」


 俺は、ボウルからそうめんを掬って、さっさと食べようかとも思ったけれど、三好先生の流してくれるそうめんをどうしてもつかまえたくなって、タワーの前で構える。

「お。チャレンジしますか。じゃあ、いきますよ~。しっかり掬ってくださいね~」


 俺の他にも、3人の先生が三好先生のタワーのそばに控えている。

 簡単そうに見えるのに、案外流れが速くて、思ったほど掬えない。

「は~い。じゃ、次行きますよ~」

 毎回、声をかけてくれるけど、手を伸ばしたときには、とっくに、自分の前を通り過ぎている。

 それでも。

 一本も掬えなくても、すぐ目の前で、彼女が笑っている。

 何より、そのことが嬉しくて、幸せで。


 だから、俺は、やっと掬えた一本を、ゆっくりとすすりながら、思う。

(may『~かもしれない』 とちゃうかった。 must『~に違いない』 やわ。いや、現在完了形『~してしまった』なのかも?)

 英語の文法が頭をよぎる。

 この前、テツヤに、『恋、したかもしれへん』、そう言ったけれど。

 どうやら、自分の気持ちは、『かもしれない』をとっくに通り越しているみたいだと、そうめんをかみしめながら思った。


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