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あなたがいる。 SIDE B  作者: 原田楓香
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⑤ 『ともだちともだち』


「あの。付き合って下さい」


 理科室や音楽室などのある、特別教室棟に呼び出されて行ってみると、隣のクラスの女子が待っていた。ひとりで立っているけど、廊下の曲がり角辺りで、数人がこちらを伺っている気配がする。

「サキトくんを初めて見たときから、大好きなんです。だから……だからよかったら付き合って下さい」

 頬を赤くしながらも、僕の目を真っ直ぐ見つめている。


 可愛い子だ。美人とかどうとかいうのではなく、正直で、一生懸命なのが、伝わってくる。それがちょっと可愛い。時々見かけたことがあるくらいで、話したことは、これが初めてだ。そういえば、いつも笑顔でいる子だな、と思った記憶がある。


 それにしても、あまりにもベタな告白シーンで、ちょっと驚いてしまう。……でも、どう答えたらいいんだろう。

 僕には、うっかりYESは言えない。ていうか、言うわけにはいかない。

 僕らの地球での調査期間は、3年だ。3年経ったら、ここを離れるのに、無責任に付き合ったりできない。


 僕が、すぐに答えないので、困らせてると思ったのだろう。彼女の顔が少し曇る。

「ごめんなさい。いきなりすぎますよね。えっと、だから、あの。いきなり付き合って下さい、っていうのは、ちょっとフライング、っていうか、調子乗りました! ごめんなさい。あの。……とっ、友達からお願いします!」

 彼女は、あわててそう言うと、僕に右手を差し出して、ぺこり、と頭を下げた。


 なんか、大学の資料映像で見た、昔の地球のテレビ番組で、こんなシーン見たような気がする。あれは、男性から女性に交際を申し込んでるシーンだったか……。

 そんなことをぼんやり思い出しながら、僕は、うつむいている彼女を見おろした。耳が真っ赤だ。差し出した右手が、かすかにぷるぷる震えている。必死なんや、きっと。

 これ、NOって言われへんよな……。


「……友達、でいいなら」

 僕は、彼女が差し出している右手を、一瞬軽く握って握手した。

「え! え? え?! ほ、ほんまに、ほんまにええの?」

「友達、でしょ?」

「ひゃああああ」

 不思議な叫び声を上げると、彼女が、僕の手を離して、思い切り両手を挙げて、ぴょんぴょんとび跳ねた。

 満面の笑顔だ。

「なんちゅう声だしてんの?」

 僕が、びっくりして、そう言うと、

「いや、だって、友達って。まさか、そんな、OKしてくれるなんて、思わへんかってんもん」

 余りに喜んでいるから、僕はちょっと不安になる。

「いや、別に、付き合うとかちゃうで。ふつうに、知り合いっていうか、友達、ってことやで。わかってる?」

 ついつい念を押してしまった。

「うんうんうん。わかってるわかってる」

「ほんまに?」

「ほんまにほんま」

「……ならええけど」

 安堵しつつも、彼女の喜びっぷりにつられて、なんだか僕まで、顔が笑ってしまう。


「ほんまありがとう! サキトくん! 私、今日、っていうか、この先ずっと、サキトくんと握手できた右手洗わへん」

 彼女が力強く断言する。

「いや、それはちょっとどうかと思う」

「いや、でも、せっかく握手できたんやもん。洗ったらもったいない」

「いや、おーげさやって」

「でもでも」


 彼女がムキになって言うので、ついうっかり、僕は言ってしまった。

「手ぇは、ふつうに、ちゃんと洗いや。握手くらい、いつでもしたるから」

 言った瞬間、僕も彼女もびっくりして目を丸くした。いや、たぶん、言った僕の方が、もっとびっくりした。

(一体、僕は何を言うてるねん)

 でも、男に二言はない? っていうんだっけ。地球風に言うと。

 僕は潔く? 言った。

「友達としてな。いつでも、握手ぐらい、するから」


 うわあ! 歓声が上がって、廊下の曲がり角の向こうから、彼女の友達らしき子たちが、走ってくる。彼女と手を取り合って、飛び跳ねている。

 あああ。僕は、何を言ってしまったんやろう。チラリと後悔が心をよぎるけど、嬉しそうな彼女の笑顔を見ていると、なんだか、『まあ、いっか』って気持ちになってくるから不思議だ。

 でも、そこで、僕は、あることに気がついた。

「なあ。あんた、名前、なんていうん?」彼女に訊いた。

「あ。そうか。私、名前言うてへんかった」

「そう。まだ言うてへんで」

「ごめんごめん。イチカ。一つの花、って書くねん。佐藤一花。よろしく」

「よろしく、佐藤さん」

「あのさ、うちの学年、なんかやたら佐藤さんが多いねん。せやから、できたら、名前で呼んで」

「……イチカ?」

「うん。それそれ」

 彼女が、にっこり笑って、元気よくうなずいた。


(しゃあないなぁ)

 気がついたら、僕はすっかり彼女のペースに乗せられていた。

 でも、なぜだろう。不思議といやじゃない。それどころか、気持ちがちょっとウキウキしている。

 ちゃうちゃう。あかんあかん。

「ともだちともだち」

 呪文のように、僕は小さな声でつぶやいた。


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