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あなたがいる。 SIDE B  作者: 原田楓香
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⑫ 連れ出したい理由


 急に僕に連れ出されて車に乗り込んだ風子さんは、戸惑っていた。

 そりゃそうだろう。予定していたならともかく、突然、仕事中に誘ったのだから。

 でも、僕には、どうしても彼女を連れ出したい理由があった。


 彼女の先輩で、元上司で、どうやら元?恋人が、彼女のもとに向かっているのを、僕は偶然、察知してしまったのだ。仕事の合間に、ふと意識を下宿屋と彼女に向けたせいだ。

 僕は時々、彼女に危害を加えようとするひとやモノがないことを、秘かにチェックしている。何かあったら、すぐに彼女を助けられるように。


 ……そう思っているのだけれど。


 でも、そんなふうにチェックされていると知ったら、彼女は僕のことをどう思うんだろう。

 もしかしたら、プライバシーを侵害された、あるいは、気持ち悪い、そう思うかもしれない。


  テツヤには、言われた。

「う~ん。おまえ、ちょっと過保護すぎっていうか、気ぃつけんと、風子さんの気持ちやプライバシーに踏み込みすぎて、かえって迷惑かけるぞ。……それにしても、そんな離れてるところから意識飛ばせること自体、びっくりやな。俺なんかは、同じ部屋の中とか、せいぜい半径50メートルの範囲内やけどな」

 そして、彼は、少しため息交じりに、僕の顔を見つめて言ったのだ。

「風子さんのことを大事にしたい、守りたいって気持ちはわかるけど……忘れたらあかんで。俺らは、3年でここを離れるんやで。……それとも、ここに残る覚悟してるんか」

 僕は、答えられなかった。



 そして、今日も僕は仕事の合間に、ふと彼女と下宿屋に意識を飛ばしてしまったのだ。

 彼女はぐるぐる悩みながらも、いつも通りテキパキと仕事をこなしていた。

 ぐるぐる悩んでる以外は、特に問題はなさそうだ。

(よかった……)


 そう思ったところで気がついた。

 下宿屋周辺に張り巡らした僕の意識に引っかかってきたのは、彼女に向かって近づきつつある大きな意識のかたまりだ。

 それは、彼女への大きな好意と熱意のかたまりで。ちょっと嬉しそうなワクワクした気配さえ漂っていた。これって、もしかしたら。

 間違いない。あの人だ。彼女の先輩で元上司で元?恋人の……

 それに気づいた僕は、いてもたってもいられなくなって、大急ぎで帰宅したのだ。


 彼女が、もとの職場への復帰を誘われて悩んでいることは知っている。決めるのは彼女自身で、僕が何か言える立場ではない。

 そう思ってはみたものの、揺れている彼女に、今ここで、もう一押しがあっては、彼女が押し切られてしまうのではないか。そんな不安が心をよぎった。

 決めるのは彼女だけど、彼女自身がちゃんと納得した上で、決めてほしい。そう思った。


 だから、僕は彼女と先輩を会わせたくなかった。

 ワクワクしながら下宿屋へ向かっている彼には、少し申し訳ないような気もするし、ズルをした気もする。

 彼女を下宿屋の仕事に引き留めたいと思っている、僕のワガママだとも。

 でも、彼女に、考える時間を持ってほしかったのも事実だ。



 はじめ、戸惑っていた彼女だったが、いざ、出発して車の中で話し始めると楽しそうで、色々行きたい場所を僕に教えてくれた。そして、一緒に観に行った場所では、予想以上に僕自身も楽しむことができた。さりげなく、また一緒に出かける約束も出来たし。


 テツヤには呆れられそうだけど、僕は今日、正直なところ、ほんとに幸せな気持ちだった。すごくワガママな行動だったことは間違いないけれど。

 ただ、一緒にいられる時間を、僕は大事にしたかった。

 もしかしたら、彼女にとって、ただの下宿人とのお出かけに過ぎないかもしれない。

 それでも、僕にとっては、彼女と過ごす時間は何より幸せな時間で、彼女のいる場所が一番僕の居たい場所なのだ。


 だから、今日、車の中で彼女が、僕の行きたい場所を訊いてきたときに、思わず、

「僕の行きたいところは、風子さんの行きたいところ」と答えてしまった。

 正確に言うなら、『風子さんのいるところ』だ。彼女のいるところなら、その辺のスーパーだってコンビニだってかまわない。口には出さないけど、心の中でそう思った。

 でも、彼女が少しびっくりした顔をしたので、あわてて、

「この辺のことをよく知らないから」とかなんとか、ごまかした。


 そして、帰り道。

 どうやら(というのは、あえて彼女の心を読まなかったので、正確にはわからない)彼女は心の整理がついたのか、すっきりした表情になっていて、僕は、少しホッとしたのだった。

 


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