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あなたがいる。 SIDE B  作者: 原田楓香
11/12

⑪ 大丈夫やで

 

 それは……僕や。たぶん。

――――風子さんの♡を手に入れたのは。

いや、正確には……♡の人参やけど。


 風子さんが作った大量のコロッケの中に、たった1個だけ入れたという、♡型の人参。それが当たったら、メニュー決定権1回分という特典つきで、みんな盛り上がった。

 ところが、大皿が空になっても、♡発見報告がでないので、♡はどこへ行った? とみんな首をひねっていた。

 けれど、トモヤが、うっかり夢中で食べてしまったのもあるかも、と言い出して、どうやら、♡は、知らない間にトモヤの胃袋の中に収まったらしい。という推測で落ち着いた。

 もしかしたら、ほんとにそうだったかもしれない。……けど。


 自分の皿の最後の1個を食べたとき、僕は、舌の先でなんとなくハートの形を感じた。たぶん、そうだと思う。星形でも花形でもなかった気がする。

(きっと、これ、♡やな……やった)

 心の中で、小さくガッツポーズをする。ほんとの彼女のハートを手に入れたわけでも何でもないけど、なんだかちょっと嬉しくなってしまう。

 地球風に言えば、幸先がいいとか、縁起がいいとか。そんな感じか。

 

 秘かにニンマリしていると、テツヤが(あんたやろ?)という視線をさりげなく送ってよこした。

 口の中で♡やなと思った一瞬に思考にロックをかけたつもりやったけれど、彼には気づかれていたみたいだ。

 そう思って見回すと、今度は、全員がにっこりしながら僕を見て、

(ヒロくん、♡ゲットしたね?)と頭の中で話しかけてきた。

 トモヤももぐもぐしながら、うんうんうなずいている。

(よかったね♡)

 彼の思考が流れてくる。

 

 はぁ。……やっぱり。バレてたか。

 しゃあないなあ。彼らに、隠しごとはできない。

 お互いの心を読めるのって、便利なようで、ちょっと困る……とくにこんなときは。

 でも、邪気のない彼らの笑顔を見ていると、僕は、ついつられて笑ってしまう。


 そして思った。

(ここにいたい。ずっとこうして、ここに。彼らみんなと一緒に)


 もちろん、それがムリなことはわかっている。いつかは、みんな卒業してそれぞれの場所に向かうのだから。

 考えると、少し胸がきゅっとなる。

 

(大丈夫やで)

 そのとき、頭の中で、テツヤの声が聞こえた。

 何がどう大丈夫なのか、彼はハッキリとした言葉にはしなかった。けれど、彼の、大丈夫や、が温かく心強く響く。

 

 そやな。

 いつかお互いが離れてしまうとしても、今一緒にいるこの時間を楽しんで、忘れないように大切に胸にしまえばいい。今の自分にできることは、ただ、それしかないのだ。きっと。

(そうやんな?) 

(おう)

 テツヤが、声には出さず、くちびるの両端をそっと上げてほほ笑んだ。


 ふと目をやると、風子さんがため息をつくのが見える。

 でも、心配しすぎないでいようと、僕は自分に言い聞かせる。

 彼女が、職場の先輩であり、元上司である彼から、戻ってこないかと誘われていることは、彼女の眼差しの中で読み取った。けれど、どんな答えを出すのか、それを決めるのは、彼女だ。


(どこにも行かんといてや。ここにおってや)

 そんな言葉を口にする権利は、僕には、ない。僕自身が、いつかはこの地を離れてしまうのだから。

(せめて、彼女の作った小さな♡をそっと自分の胃袋に納めて、ささやかな幸運を味わっていよう)

 気づくと、僕の口からも、小さなため息が洩れていた。


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