ジェミニ
「ただいま。」
「おかえり。」
同じ声が、寂れた部屋に響く。
吐いた溜め息が充満して、少し寒くなった。
乾いた声が、湿った部屋にこだまする。
「もうやめようか、こんなこと。」
「なんで?好きなんでしょ?」
彼は笑顔で答える。
「だって可笑しいよ。もういい加減お互い一人になろう。こんなの、心がどうにかなっちゃうよ。」
「…元からどうしようもないクセに。今更何言ってんの。」
少しむくれ顔で彼は言った。
「どうせ今日も疲れてるんでしょ?ほら、おいで。」
彼の優しい声に連れられるまま、俺はシーツに沈んだ。
「きもちい?」
「うん。きもちいよ。あったかいし、柔らかい。」
「ほんと?冷たくない?だって…」
「冷たくなんかないよ。ずっと一緒だから。」
「ほんと疲れると変なこと言うんだから…おやすみ。」
「おやすみ…」
何か言いかけて俺は、電源を落とした。
ーーーーーー
「おはよう。朝ごはんはどうするの?」
彼の声で目覚める。朝ごはんか……
「ん……パン。パンあっためて。」
「昔っから焼くの嫌いだよね。パンをオーブンに入れた覚えがないや。」
彼は少し眉毛を下げながら笑う。
「そう?子供の頃はよく食べてたよ。」
「そうだったかもね、もう覚えてないなぁ…」
そう言いながら彼はレンジのボタンを押した。
食卓に並んだ、1つの珈琲カップと白い皿。
暖かいパンが乗せられれば、そこはもう昨日の朝と同じ景色だ。
暫くして完食。胃に入れ込むには造作もない量だった。
「おいしかったね。」
彼は笑顔でそう僕に言う。
「いやまぁ…わざわざ改めて言うほどじゃないけど…」
ー俺は、彼が朝ごはんを食べているところを、見たことがない。
「今日もお仕事でしょ、行ってらっしゃい。」
「あぁ、行ってくる。今日は早めに帰ってくるから、買ってきて欲しい夕飯あるならLINEしといて。」
「りょーかい!じゃねー」
彼は軽くそういうと、ドアを閉め僕を見送った。
そうして、僕はLINEを開き、玄関を後にした。
ーーーーーー
「ただいま…」
「おかえり、お疲れだね。」
「夕飯、買ってきた…食べよ…」
「うん、美味しそうだね。」
「「いただきます。」」
また食卓には、たった一つの珈琲カップと白い皿があった。
今さっき温めたステーキを皿に乗っけて、それを本能のままに食らった。
「ほんとに美味しいねぇ…肉食べてる時が一番幸せかも!」
彼は口に肉を入れたまま、笑顔で言う。
「はいはい、口の中無くしてから喋れよ。ほんとに肉好きだなぁお前。」
「だってさほら、肉の脂って旨味の塊じゃん?こう、ガツンと来るっていうかさー」
彼は語り出すと止まらない。
「俺は魚類の細やかで解ける旨味が好きだけどなー…まぁ、肉の良さも分かる。」
「でしょでしょー!まぁ、キミと食べるから美味しいのかも、ね。」
また笑顔でそう言った。
「…そうだな。あ、唇の右下。ソース付いてるぞ。」
そう言うと俺は、舌でソースを拭った。
「ん、くすぐったいよ…ありがと。」
少し頬を赤らめた。
ーーーーーー
「あ、食器は俺が洗っとく。…だから、準備しといてくれ…」
「…ん?あっ、あぁなるほどぉ〜。りょーかいっ!」
彼はニヤついた顔で寝室に行った。
風呂に入って、歯を磨いて。
ある程度整った俺は寝室へと向かった。
「準備おっけーだよー。ほら、するんでしょ?」
彼は妖しい目つきで俺を誘う。
「あぁ、もちろん。」
俺はそういうと、ベッドに飛び込んだ。
数時間そのベッドでよがり続けて、闇夜に落ちていった。
ーーーーーー
こんな生活を続けてもう1ヶ月が経った。
実はこの間の合コンで俺は、気の合う女を見つけた。
今日はその女を家に誘うことにしている。
雰囲気を良いし、やっとこんなときが俺にもやって来たのかと、しみじみと感動する。
…そうだ、アイツを隠さないと。
アイツが居たら俺は女を家に呼べない。
でも…もう家が見えてきた。まずい。
「なぁ、少しここで待っててくれないか。部屋がだいぶ散らかってるから、片付けてくる。」
俺は焦りながら彼女にそう言った。
「うん、おっけー。待ってるね。」
彼女は笑顔で親指を天に向けた。可愛い。絶対結婚する。
「ん、おかえりー。今日の夕飯は…」
彼が言い終わる前に俺は口を開いた。
「そんなのは後だ。今すぐに俺と重なれ。」
「…は?それって…」
虚な瞳で俺を見る。
「あぁ、そうだよ。お前はもう要らなくなったんだ。俺にも自由に恋愛する権利はあるだろ。」
「はぁ…遂にこの日が来たか…絶対に、後悔しないね?」
彼は静かに、かつ強く俺にそう問いかけた。
「あぁ、これでもう終わりにする。」
「了解。ほら、来て。」
彼がそう言うと、俺はベッドに飛び込んで"彼"と重なった。
"彼"は、「俺」になった。
いや、元々俺だったんだ。
ーーーーーー
「いやー、待たせてごめんね。ほら、上がって上がって。」
「全然全然!ありがとねー、お邪魔しまーす!」
彼女の楽しそうな顔は、俺の家の中を見て色を変えた。
「ねぇ、何これ…」
彼女は声を震わせている。
「はぁ?何って何だよ。何処か変か?」
「変も何も…何なのよこれ!!」
彼女は絶叫した。
部屋の至るところに、人型のシミが付いていた。
そのシミは必ず互いに重なっていた。
俺は、そのシミの正体に気づいた。
あぁ、これがお前の「置き土産」か。
ーーーー陰間 著 「ジェミニ」 完ーーーー
学生時代、同性である男や、少し問題を抱えた女と歪んだ恋愛をしてきた主人公。
高校3年生以降は受験が災いして、恋愛から少し距離を置くことになった。
だが、彼を彼たらしめるその根幹にあるモノは、恋愛に他ならなかった。
その歪んだ恋愛の穴を埋めるため、彼は彼自身を「他人」と見立て、またその「彼」を使って性処理をすることが多々あった。
時が経ち、エスカレートしていったその行為はやがて、「彼」を主人公は"存在"として扱った。
"存在"となった「彼」は、もう主人公にとって一人の他人であり、また生存のための主軸となっていった。
だが、生まれた理由のため、結局のところ主人公自身が現実世界で恋愛を再開するとなれば、「彼」は必要無くなる。
主人公は、その気になればいつでも「彼」を消すことができた。
それを理解していた「彼」は、理解した上で尚、"存在"として生まれ変われた自分、そして主人公と愛し合った事実を離せないでいた。「彼」はその2つのことに固執したのだ。
歪んだ恋愛の穴を埋めるための"存在"は、歪んだモノにしか務まらない。
部屋のシミは、「彼」の最期の足掻きだった。
確かに、そこに、主人公の側に。
"存在"していたことを証明するために。
幻影は、実態を持つ前に、主人公に呪いをかけて去っていった。