存在のあかし
ランプの精ならぬライターの精は今日も誰かの元に現れては消えていく。
『そんなに人間が嫌いかい。こんなにも可笑しく愛おしい存在なのに』
嫌いよ。
人間なんか自分勝手で非力ですぐ死ぬもの。
『いつか君にも分かるよ、きっと』
何十年、何百年と時を重ねれば。
そう言って、アタシをこの世界に縛り付けたあの男も人間。
でも。
どれだけ時間が経っても変わらない。人間は嫌いだ。相変わらず自分勝手で我が儘で、見ているとイライラする。
今もそう。
目の前の女は願い事を決めかねて考え込んでいる。
ううん、決めかねているわけじゃない。ただ、口にすることをためらっているんだ。その証拠に何か言いかけては口を閉じるということを何度も繰り返していた。
女の様子眺めながら適当に周りを眺めたり、自慢の巻き毛をいじったりして願い事を口にするのを待っていたけど、あんまりにも時間がかかるものだから次第に飽きてきた。
「そろそろ願い事が決まったかしら、ご主人様?」
営業スマイルで聞いてやる。
人間の女は大きく震えた後アタシを見て、やたら大きな目を潤ませた。そうしてずっとためらっていた言葉を吐き出した。
別れた恋人と復縁を、と。
なんて自分勝手な願いだろう。相手の気持ちなんてお構いなしに自分の気持ちを押し付ける。
あたしは冷笑を隠す気もない。
「あなたの願い、叶えてあげる」
パチンと指を鳴らしてアタシは言うと間をおかずに女の携帯電話が声を上げる。それを確認した途端、引っ張られるような感覚とともに視界が白濁し、気がつけば暗闇に浮かんでいた。
最後に見えた、携帯電話を手にした女の表情が脳裏から離れない。
消える直前、人間たちはいつも同じ表情をする。どこか後ろめたく、でも嬉しそうな顔があたしを苛立たせる。
そんな顔をするくらいなら、願い事なんてしなければいいのに。
『他人に叶えてもらってなにが嬉しいのよ。自分で叶えるからいいんじゃない』
そう言って一度だけ、願い事なんてないと突っぱねた人間がいた。
その女の願い事はじつに奇妙だった。何百年生きてきたけど、そんな願いは初めてだった。
『名前がないと不便でしょう、あたしがつけてあげる。赤毛だからアン。いい、次からはちゃんと自分の名前を名乗るのよ』
そういえば、名乗ることを忘れていた。まあ、次からでいいか。
どうせすぐまた呼び出されるに決まってる。人間たちは皆いつも何かを望んでいて、誰かに助けてもらいたいと思っている。
ほら、やっぱり。
引っ張られる感覚から解放されれば、またしても光ある世界。
驚いて目を剥く人間に向かってうやうやしく頭を垂れ、お決まりの台詞を言う。
「どうぞなんなりとお申し付けください。私はただその御手の間のランプのしもべ。名前はアン」
さあ、ご主人様、願い事をどうぞ。




