王太子殿下との婚約
○王太子殿下との婚約
「お嬢さま、お嬢さま、そろそろ起きてください!」
「うーん、ライラ少し待って……」
目を擦りながら、まだぼんやりと残る夢の続きを辿ってみる。
幼いころから見る不思議な夢。
深い森のなか、白銀の竜が静かに眠っているのだが、その竜は片翼で、フェリシアが何度呼びかけても眠りから覚めることはなかった。
フェリシアはその竜のことを「シルクス」と呼んでいた。
「久しぶりにシルクスに会えたのに……」
「ああ、また夢をごらんになったんですか?ゆっくりお待ちしたいところなんですが、旦那さまより、至急で執務室にお越しくださるようにとのことです」
朝の支度を整えながら、ハイハイと起床をせかしてくる。
ライラはフェリシア付きの侍女で、もともと母親が屋敷に勤めていたこともあり、生まれたときから屋敷内で一緒に育った。
フェリシアと年は1つしか違わないはずなのだが、おっとりしたフェリシアとは違い、キビキビと働く姿はずいぶんお姉さんにも見える。
「もう、分かったわ」
フェリシアはようやく重い腰をあげ、朝の支度に取りかかった。
「お前に王室から婚約の申し入れだ」
執務室で父親から切り出された突然の話に困惑する。
「婚約??お相手はどなたなのですか?」
「第二王子のレオンハルト・ドゥ・オルベリア殿下だ。何でも、殿下じきじきにお前をご指名されたそうだ」
第二王子といえばフェリシアより2歳年上で、銀髪に瑠璃色の瞳をした端正な顔立ちに加え、冷静沈着に物事を進めるその高い知性と、国内で随一とも称される剣術の腕前から、近々立太子されると噂の方だ。
我が家は王族の血を引く家柄ではあるが、ほかの有力な貴族のご令嬢を差し置いて、王太子となられる方と婚約するというのはどうにも解せない。
「じきじきに?私はレオンハルト殿下に一度もお会いしたことはないのですが……」
病弱な兄のフェリックスは、おそらく爵位を継いでも辺境伯としての務めを全うすることは難しいだろう。
父も立場上、将来は私に屈強な婿養子を迎え、国境と樹海の護りを盤石にするつもりであったはず。
どうしてこんな事態になったのか、いささか困惑しているようだった。
父はそのあと何度か王室と交渉をしていたようだが、申し出を断れるはずもなく、あっという間に婚約へ向けての準備が進んでいった。
領地から王都にある別邸へと移り、レオンハルト殿下の立太子にあわせて国王陛下への謁見と婚約の儀を済ませたあとは、1年後に決まった婚姻までに少しでも王太子妃教育を進めるため、フェリシアは王宮で暮らすこととなった。
今では地獄のような毎日のレッスンをこなしている。