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89◆エヨン教からの依頼◆



 王都で皆それぞれの日々を過ごしていると、教会から戻ってきたハイマンに声をかけられた。


「リュード殿、少しよいでしょうか?」


「いいよ、どしたの?」


「はい、本日、大司教様から相談を受けまして」


 この世界の宗教は、エヨン教と言う。最高神エヨンを頂点とする、何柱かの神々が信仰されており、ハイマンはそのエヨン教の放浪助祭という立場になる。放浪助祭とは、各地を放浪して、教えを説き、怪我を癒し、各土地の教会の活動を助ける役職になる。


 癒しの魔法が使える人間は、それだけで食べていけることができる。魔法の適性を調べたときに、癒しの適性があると、かなり強く教会に入ることを勧められ、そして断る人はほとんどいない。高い給与に無料の住居が与えられ、安定した高給取りとして異性にも人気があるからだ。エヨン教は、戒律も厳しくないため、国民のほとんどが信仰しており、誰もが怪我をしたら教会に治してもらいに行く。外傷治療に特化した全国規模のギルドのような側面を持っている。


 そんな中で、わざわざ危険をおかしてまで地方を巡ろうとする人間は少ない。さらに冒険者になっているような人物はごく稀だ。それ稀なうちの1人がハイマンだ。


 ハイマンは行く先々で、教会関係者と情報交換をしている。怪我を直し、住民と触れあっている教会ならではのネットワークで、冒険者や為政者側とは異なる情報をとれることもあると、以前に言っていた。


「で、大司教様がなんて?」


「はい、リュードに、王都の教会の建物の1つに絵を描いてほしいと」


「え?」


「絵です」


 詳しく聞くと、大司教が『マギクロニクル』を入手し、俺のアメコミ風の絵をいたく気に入ってくれたらしい。絵の作者は俺だと言う情報も既に持っていた上で、パーティメンバーのハイマンから一度打診をしてくれないかと話があったそうだ。


 描くのは王都の教会の敷地内に建設中の経過治療院、要は数日単位で怪我を直す入院施設の内壁だ。経過治療院は、前世の映画に出てきたような野戦病院のように、ベッドだけがずらりと並んでいる大広間のみの建物だ。大司教いわく、そこに俺の絵があれば怪我人を元気づけるに違いないと。


 ちなみに俺の描く絵、というか『マギクロニクル』の絵が何故アメコミ風かと言えば、カードの印刷手法がステンシルと言う、くり抜いた型紙ごと絵の具をつけていく印刷方式を採っているためだ。人間の手で刷っていくため、どうしても印刷機などの機械よりも“ずれ”が出てしまう。最後にラインを太くした黒を印刷することでその“ずれ”を抑える形にしている。それを自然に活かせるのが、陰影と黒のアウトラインを太めにとったアメコミ調のタッチだったのだ。


 俺は面白いと思ったので受けることにした。ちょうど今、カードの開発メンバー、俺の絵の弟子にあたるスタッフも2人、王都にいるので好都合だ。ただ、想像してほしい。自分が入院中に、病室と言うかホールの大きな壁にアメコミ風の絵が描かれていて、それが1日中目に入る様子を。正直、俺なら全く気が休まらない。


 ということで、俺は大司教に挨拶しがてら、現場を見るべくハイマンに教会に案内してもらった。大司教は人の良さそうな小さな老人だった。絵と描き方はまかせて欲しいと伝えたら、主神エヨン様と数柱の神様が入っていれば全て俺にお任せするとのことだった。


 幸い俺には前世で、大きな壁画を描くバイトをした経験があった。壁などに大きな絵を描くときは、まず壁面と同じ縦横比率のキャンパスを用意してそこに原画を描く。ここで注意が必要なのは、手元に描いた絵が大きくなったらどう見えるかを考えなければいけないことだ。線の太さや色はもちろんのこと、建物内なので、日の入り方や陰影、朝昼晩の光量、柱の位置、見た人がどこに目線が行くか、奥行きをつけた絵はどう見えるか…などだ。


 俺はそういったことを考えながら、丸2日、建設作業中の経過治療院で、何枚もスケッチを描いた。レイレは俺の描いてる様子がおもしろかったのか、ずっと傍にいてくれて、他のメンバーも入れ替わり立ち替わり様子を見に来てくれた。


 線画のみの下絵ができあがると、それをトレースして3枚同じものを作っておく。1枚は原画として保管し、そのうち1枚は色をつける。もう1枚は一定のサイズに等分括する。


 こうしてできあがった元絵だが、巨大な壁面に描かれたときの完成イメージなので、手元で見るとなんだか頼りないようにも見える。大司教に見せたが、一瞬だけ微妙な顔をしつつも、まかせると言いましたので……とダメ出しはしてこなかった。しっかりと説明を聞いてもらおうと思っていた俺は肩透かしを食らったが、逆に、見てろよ、すごいの描くからなと燃えた。


 足場を組んでもらったので、手元の等分括した線画を、そのまま壁の等分括されたエリアに模写していく。すごく昔、映画看板が手書きだったころは、こうやって描いていたそうだ。俺の2人の弟子もフルに動かしている。慣れない作業で大変そうだが、目が輝いているので大丈夫だと判断し、どんどん進めていく。


 線画を写し終えると、次は塗り作業だ。建物の高さや湿度によって、塗料の配合にもある程度の調整が必要だ。壁面に塗るため塗料に粘りがないといけない。さすがにそこまでの経験値はなかったので、壁の装飾専門の職人に相談をして、塗料を調整してもらった。


 グラデーションや複雑な塗りはなく、壁を使った巨大な塗り絵になるので、弟子のみならず『スタープレイヤーズ』のメンバー全員で塗り作業に入る。いい経験になれば思っていたが皆、絵の具まみれになりながら喜んでくれた。


 そうこうして、依頼を受けてからわずか20日で経過治療院の壁画ができあがった。





 今日は壁画の完成披露式だ。前世だと除幕式というところだが、そんなでかい布は作るのも大変だと言うことで、合図と同時に、扉を開けて中に入る形になる。


 銅鑼のような打楽器が数回打ち鳴らされた後、大司教を先頭に教会関係者が扉を開け経過治療院に入る。


「おぉ…」


「おぉぉぉぉぉぉっ…」


「なんと!」


「なんと、見事なエヨン様のお姿か……」


 中に入った教会関係者の頬を涙がとめどなく流れる。


 ドラクロワという画家の『民衆を導く自由の女神』という絵画を知っているだろうか。中央で旗を掲げた女神が後ろを振り返りながら、民衆を導いているという有名な絵画だ。俺が描いたのは、それをリスペクトした感じの絵だ。エヨン様は女神で、特に決まった姿はないとされているため、教会において偶像は崇拝されていない。それでも絵画などで描かれたりするときは、いかにも女神風の格好、1枚の大きな白い布を全身にまとって、腰布を締めた姿で描かれることが多い。確か、前世ではキトンという名前の服だったと思う。


 そのエヨン様が、中央に立ち、前方を指さしながら、さぁ進みましょうと微笑みを浮かべて後ろを振り返っている。すぐ後ろには、数柱の神々が続き、さらにその後ろには、包帯をとって怪我から回復した民衆が続く。ドラクロワの絵画では、女神の手前の地面には倒れ伏した人間が描かれているが、俺の絵では人の代わりに魔物が倒れている。


 絵としての設計も苦労した。基本アメコミ調のラインがしっかりとした絵だが、全体の色味を、パステルまではいかないが柔らかい色合いにし、かつ暖色系を多めにしている。本来であれば陰影とアウトラインは、黒で締めるのだが、それだと強すぎるので、青みを混ぜたグレーの濃淡に変えている。手前の女神のアウトラインを濃くして視線をいきやすいようにし、奥に行くほど薄くなるので奥行きが出ている。シャキッと見せたいところにだけ、ポイントで黒も少し入れた。


 自分で言うのもなんだが、かなり良いものが出来上がったと思う。女神様が皆を引っ張っているその様子は、怪我人に勇気と治った先の未来を想起させる。色も柔らかくしているので、目に入り続けてもうるさくない。陽の入り方で印象が変わらないように、色の配置なども工夫している。そしてこの絵の中で一番白いのは女神様だ。特に顔。例えば、怪我人が夜に起きてしまい、この壁画が目に入ったときにも微笑む女神様だけは見やすいようにしてある。


 俺達が王都を発ったあと少しして、経過治療院は完成した。俺の壁画は大好評、大評判となり、怪我もしていないのに、どうしても見たいと人々が押し寄せる事態になったそうだ。


 苦慮した教会が、少し離れたところに新しい経過治療院を新設し、その建物は俺の絵だけを見るホールとなったそうだ。





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