136◆ハイマンとクロナと『魔石コンロ』◆
「この屋敷を出たい?」
「えぇ。街からあまり離れておりませんし、朝夕と通う形にしたいと思っています」
俺の前にはハイマンとクロナが並んで座っている。2人の距離はだいぶ近い。
「えっと、2人はそういう関係ということで良いのかな?」
「はい、あの2人で北に行って支店の準備とかをしているうちに、まぁその……」
「結婚式とかは?」
「リュード殿、実は私は妻と死別していまして。『スターズ』結成前のことではあるのですが……」
「あぁ、そうなんだ。うん、わかった2人を尊重するよ」
男女が共に初婚の場合は、平民でも教会に行って式を挙げ、結婚した証紙をもらった後、近所の食堂などで皆が集まってお祝いをする。だが、この世界は魔物がいて、医療も整っていないので死別してしまう夫婦も多い。パートナーが死別した過去がある人と再婚する場合は、式は挙げず教会から証紙だけもらって、お祝いはせずに静かに一緒になることが多い。ちなみに、2人で教会にいって証紙を燃やし、後は別々に住めば離婚も成立する。今回、ハイマンが死別の過去があるため、式もお祝いもなしだと2人で話し合ったのだという。
「で、屋敷を出る理由というのは?」
「私ね、料理とかもそうだし、ハイマンの身の回りの世話をしたいの。私達しかいない場所って大事だと思うし。周りに手の届く生活、小さな幸せって言えばいいのかしら、そういう暮らしを2人でしたいの」
「あぁ、確かにそれは分かるかも」
屋敷には、俺達『スタープレイヤーズ』のメンバー以外にも、料理人や家事をしてくれる使用人が1階の奥に住んでいる。2階が俺達の居住エリアだが、部屋数も多く、俺とレイレ以外の皆のスペースも充分に離して生活できるようにしている。前世で言うなら高級ホテルでの暮らしに近い。俺はもう今の生活に慣れてしまっているが、前世では独身で1LDKの部屋でコンパクトに暮らしていた。だから、クロナのいう周りに手の届く生活、自分達しかいない場所というのも良く理解できる。
「わかった。2人のタイミングのいいところで、屋敷を出て大丈夫だから。2人の部屋はそのまま残しておくし、好きなときにいればいいし、どっちも2人の家だと思えばいいかな。あと数日に1度は皆でご飯を食べよう」
「ありがとう、リュード殿」
「礼をいわれることじゃないよ。後ね、俺のわがままだけど、お祝いの席は用意するよ。身内だけにはするけど、俺だってレイレだって他の皆だって、ハイマンとクロナを祝いたいんだ。だからそれは出てもらうからね」
◇
数日後。ハイマンとクロナのために、皆が屋敷のホールに集まっていた。集まったのは、俺やレイレ、ミュカやテイカーはもちろんのこと、東辺境伯、その妻であるチェルノ夫人、レイレの母親のマリアンヌ夫人、ハイマンの両親に兄夫婦などだった。
東辺境伯はハイマンが長年レイレを助けたことから、両夫人はクロナと共にレイレのドレスを作ったことから、既に身内であると言い、どうしても祝いたいと来てくれた。皆で乾杯をした後、それぞれに祝いの言葉を述べていく。
「それでさ、今日はクロナ考案の新メニューがあるんだ。クロナがハイマンに新しい料理を作りたいって挑戦してたもので、俺も少し手伝ってる。わりとこういう祝いの場にも合っている料理かもねって話になったら、クロナが今日出してみたいって」
俺の説明を待っていたかのように、屋敷の使用人が皿を運んでくる。テーブルに並べてもらったのは、前世でいうところの洋風天ぷら、フリッターだ。ふわふわとした甘い衣が特徴だ。卵黄、小麦粉、牛乳に、この地方で採れるメイプルシロップのような甘味料を加えて混ぜた上に、卵白を泡立てたメレンゲを加えて、その後低温で揚げる。ちなみに養鶏はされていないので、東でよく見かける弱い鳥の魔物の卵を使っている。
中の具は、フルーツだ。前世で言う、干しぶどう、ドライベリーなどの乾燥させた果物や、サクランボ、リンゴ、ビワに似た新鮮なものを賽の目状に切って、それを丸めている。ほの甘いふわふわの衣の中にいろいろなフルーツの味がぎゅっと詰まっていて、正直かなり美味しい。
「ということで、ハイマンからどうぞ」
「では、いただきます」
ハイマンはフォークで刺したフルーツフリッターを口に入れる。
「これは……!カリっとして、ふわっとして…衣もほのかに甘くて!中はフルーツ?噛むたびに、甘酸っぱさが溢れ出て……あぁフルーツでも、いろいろ入っているのですね!……おいしいです!」
クロナは最初フライで何か、おかずではない一品を作りたい、それもできれば甘くて、2人で食べられるデザート菓子的なものをと試行錯誤していた。ところが一部のものを除いてフルーツはフライにしても美味しくない。困り果てたクロナが何か俺にいい案はないかと聞いてきたとき、俺は前世の記憶を思い出した。
どこかの球場だか、何かの施設に行った時にフルーツフリッターが売られていた。それが妙に美味しくて、はまってしまった俺はレシピを調べて試行錯誤をして作っていた時期があった。2ヵ月ほどの間に20回くらい作って、自分で食べて、それ以降は飽きたので作っていない。ポイントとなるのはメレンゲだ。
「クロナ、私のためにありがとう。家でも作ってくれるんだろう?2人だけで、いいお酒と一緒に食べよう」
「ウフフ、どういたしまして。でもハイマン、食べすぎは良くないわ。だから20日に1回くらいよ」
「なんか2人を見たら、これ、もっと甘くしてもいい気がしてきたよ」
俺の冗談に皆が笑う。ハイマン以外にも試食をした皆にもとても好評だった。
「そういえば、リュード殿、これの名前はあるのですか?」
「名前か…そうだね」
フルーツフリッターと答えても良かった。でも初めはクロナの想いから始まったものだ、前世でフルーツフリッターを開発した人には悪いが、何か新しい名前をつけさせてもらうことにした。
「そうだね……『クロナズ・スモール・ハピネス』でどうかな?ちょうどピッタリな名前だと思うんだ」
「それは……!素敵ですね!クロナ、よかったな!」
「小さな幸せ…えぇ、ありがとう、リュード!」
「そして、さらに俺から2人に祝いの品があるんだ」
俺が取りだしたのは、少し大きめの平べったい重箱みたいなサイズのものだ。
その中央には、12個の『ポケットファイア』が円状に並べられており、その上に金属製の“ごとく”が置いてある。そう、これは魔石で作ったコンロ、『魔石コンロ』だ。横面に3つのスイッチがあり、その中の一番左を押し込むと、音もなくリング状に火が点く。ただし点いているのは12個のうち6個で、炎は弱火だ。続いて真ん中のスイッチを押すと、残りの6こも点いて強火になる。最後に右のスイッチを押せば火が消える。
ハイマンに料理を作ってあげたいと願うクロナには、まさにバッチリの贈り物だと思って作ってみた。実演してみせると、皆が目を開いて、『魔石コンロ』に目を奪われていた。
その後、涙を流しながら喜ぶクロナとハイマン、俺も欲しいと呟く東辺境伯をたしなめるチェルノ夫人、頭の中で商売になるか計算を始めるテイカーと、少し慌ただしい雰囲気になったが、祝いの会は無事成功した。
ちなみに、『クロナズ・スモール・ハピネス』は、その後、ハイマンとクロナの話と共に、夫婦が特別な時に食べるちょっとしたお菓子として領都の人々に広がっていった。
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