132◆ドラゴンステーキ◆
起きたら、ものすごくまぶしかった。目を開くと、カーテンのない大きな窓から差し込む光が目に飛び込んできた。傍らには、目の下に隈をつくったレイレが俺の手を握ってほほ笑んでいた。
「あぁ……レイレ、かわいいね。おはよう」
「よかった、本当に…!!よかった……!!!」
「心配かけてごめんね」
俺は体を起こして、少しただれた跡のある右手で、ポロポロと泣くレイレの頭をなで続けた。
「どうなったのかな?どのくらい時間経った?」
「ドラゴンは爆発しました。あれから丸1日経っています。リュードはドラゴンの吹き飛ばされた口から上の部分にしがみついたままの姿勢で地面に落ちてきました。両手両足は大火傷で、骨折が2ヵ所。治療は終わっていますが、髪の毛が……」
「え?」
ドキッとして頭に触れてみると、角刈りになっていた。頭や胴体の重要部分は、ドラゴンの頭部で守られたが、そこから出ていた両手足と髪の毛は爆発の炎で、焼けただれていたらしい。幸いだったのは、可燃性ガスで勢いは凄まじかったものの、炎にさらされた時間は短かったためか表面の火傷で済んだことだった。治療の魔法も1日程度で済んだのは奇跡だと言われた。
「レイレは大丈夫?怪我してない?火傷は?」
「私は大丈夫です。リュードが吹き飛ばされたのを見ながら、岩陰に隠れました」
「そうだ、指示出してくれてありがとね。特に最後、あのままだったら、爆発を正面から受けて、やばかった」
「リュードの助けになれて、死なせずにすんで良かったです。私は未亡人にはなりたくないです」
「そうだね。本当にありがとう。無茶しないつもりだったんだけどね。うん、生きてて良かった……」
「えぇ、本当に……」
俺達は生きている喜びを確認するかのように唇をあわせた。
◇
レイレと共にホールに入ると、ピタリと会話が止まって、皆の視線が俺に集中した。
「あー…なんとか、倒せてよかったね」
俺が発言すると、ほぅとため息とともにホールは歓声に包まれた。ある者は大声で泣き、ある者は隣に人間に抱き着いて飛び跳ね、ある者は笑顔で手を振り上げる。
「巡遊男爵!…君は!……君はぁぁっ!」
「子爵閣下、巡遊男爵は治られたばかりです、手をお放し下さい!」
「リュードさん、俺っ!今っ!感動していますーっ!」
感極まった子爵が俺の肩を掴んでガクガク揺らし、先遣隊の騎士や子爵の部下が慌てて止める。泣き止まないモービィが鼻水を垂らしながら、おんおんと声を上げる。少しして落ち着いてきて、俺はようやく皆に詳しいその後の話をきくことができた。
ドラゴンは胸部を中心に上半身を爆散させて死んだ。火炎ガスや、飛び散ったもので怪我をした人間はいなかった。現場は爆散したパーツの回収と封鎖作業を今も行っている。鱗や爪のついた前足なども飛び散り、周囲の捜索もまだ行っているそうだ。残った背中から下半身にかけては幾つかにわけて街の子爵屋敷にまで何とか運び込んだところだと言う。
「巡遊男爵、エリザリス西辺境伯閣下から早馬が届き、明後日にはこちらに到着するそうだ。騎士と兵士あわせて200名だ」
「西辺境伯は、兵士を出していてくれたんですね」
「あぁ、2回目のドラゴン釣りの作戦の概要が届いてから、すぐに人員をまとめて出発したそうだ」
「今から考えると、その人数をあのドラゴンに当ててたら、被害甚大になっていたかもしれませんね」
「あぁ、全くもって同感だ。巡遊男爵、君のおかげで今回のドラゴン討伐における死者はゼロだ。本当に感謝する」
「誰も死ななくてよかったです」
「それとバルクロイ北辺境伯閣下も2日後にはこちらに到着される」
「北辺境伯が?なぜですか?」
「私の町は、北辺境との領境にある。北としても気が気ではないだろうし、巡遊男爵が先遣隊となった旨が、エリザリス西辺境伯閣下からも報せが言っていたようだ」
「北辺境伯まで。ありがたいことです」
「巡遊男爵、ドラゴンをどうするかね?倒した君に、優先権はある」
「あ、素材とかの前に試したいのですが…」
◇
「それでは、サプライザー巡遊男爵の!ドラゴンを討伐したドラゴンスレイヤーの栄誉を称えて!乾杯――――!」
「「「「「「乾杯―――――!!!!!」」」」」」
俺はグリフォンバスターに加えて、ドラゴンスレイヤーの二つ名までつけられてしまった。恥ずかしいから、せめて俺に対して直接呼ばないでと言ったら、皆頷いてくれたが、酒が入ったら一瞬で忘れていた。そんなことよりも、とてもとても大事なことがある。
俺の前に出てきた大皿には、厚さ4センチ、両手をあわせたよりも大きいサイズのステーキがある。ハーブと塩のみで焼かれたステーキからは、延髄の奥を直接ぶっ叩くような濃くて旨い匂いが湯気と共に立ち上がっている。明るい茶色の焼きが入ったステーキは、焼かれているにも関わらずぷりぷりで瑞々しい。
ゴクリと喉をならしながら肉を切る。固すぎず柔らかすぎない、程よい弾力が刺したフォーク越しに伝わり、ナイフで切った断面からは、ほわりと透明な脂が湧きだし、その脂で照りを加えた薄桃色の肉が、早くを自分を口に入れろと急かしてくる。マナーとか、そういう細かいのは頭から吹き飛び、俺は急いで肉を口に入れて噛んだ。
「……!!!!!!!!」
駅のホームで電車を待ってる時、快速電車とかが入ってくると、ドンッと最初に風が入ってくることがある。あんな感じで最初に口に飛び込んできたのは、塩とハーブの香りの混ざった脂の旨みだった。すぐ後に味の本体、強烈な重い旨みがズドーンと到着した。肉の特急電車からは1回噛むたびに、幸せいっぱいの様々な旨みの乗客が両手を上げて歓声を上げながら降りてきて、口内は一気に大混雑する。
「むはふっ!!はふっ!おふっ!」
自分の口から上品とは言えない音が出ているが止められない。止まらない。
あまりの強烈な旨みを、自分の口が、体が、感覚が上手く受け止められない。意志とは無関係に咀嚼が進み、旨みの列車は数瞬で通り過ぎていった。後には爽やかなハーブの風味がわずかに残っているばかりだった。
余韻に体がふるふると震えて、気がつけば涙が頬を濡らしていた。今のは夢だったんじゃないかと、ふと周りを見回すと、皆が俺に注目している。
「リ、リュード、ど、どうですか?ドラゴンのステーキは?」
「……」
俺は無言で肉を指差して声をかけることもなく次の肉を口に運んで震える。皆もそれぞれ口に入れて、そして俺と同じように動きを止めて、涙を浮かべて震えていた。
以前、俺は自分の倒したグリフォンの肉を食べたことがある。あれも間違いなく美味かった。しかし、グリフォンがレベル10だとすると、今回のドラゴンの肉はレベル99だ。レベルマックスだ。前世も含めて、今まで食べてきた全てのものの中で間違いなく1番で、そしてこの1番は更新されることはないと断言できる。
肉を食べ終えたことで、夢中になって食べていた皆の意識が戻ってくるが、幸せの余韻からか誰も声を上げることなく緩やかな時間が流れる。気がついたら俺は前述のステーキを3枚も食べていたし、レイレも2枚食べていた。巨大なドラゴンだったので、肉の量はあるのだが、2~3日後に到着する北と西の両辺境伯達の分も残しておかないといけないし、国王や東辺境伯、そして『スタープレイヤーズ』の仲間達のために、保存の効く塩漬け肉にする予定なので、俺とレイレと子爵以外の皆は申し訳ないが1枚だけだ。でも、明日はスープにして、また皆で食べる予定なので、それも今から楽しみだ。
ドラゴンステーキ、ごちそうさまでした!!
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