114◆積み重ねていく日々と別れ◆
東辺境伯の城に行ったが、レイレの母親であるマリアンヌ夫人が最初に出てきた。結婚式の準備などでさんざお世話になっている上で、今回の騒動なので、夫人としても心配なのであろう。
「リュードさん、街の噂は聞いているわ。それを聞いたレイレは塞ぎこんで部屋に籠っています」
「はい…それで話だけでも聞いてもらえないかと思って来たのです」
「レイレと話す前に、少し私と話をしませんこと?」
俺はマリアンヌ夫人に、サロンに連れていかれた。使用人がお茶を入れてくれる間は互いに無言で、お茶を少し飲んだところでマリアンヌ夫人が口を開いた。
「リュードさん、何度もお伝えした通り、私はあなたに感謝しているの」
「はい。あ、いえ……」
「いいのよ。それでね、レイレと話す前にリュードさんの本音というか、これからのことをどう考えるかもお伺いしておきたくて」
「これからのことですか?」
「まず、貴族と平民では結婚に関する考え方が違うわ。貴族にとって結婚とは、家の、家系の存続を考えなければならないのものでもあるの。それがあるから、第2、第3夫人、愛妾を迎えることを許されるの」
「はい」
「逆に平民は、伴侶を複数もつことは許されていないわ」
「そうですね」
「リュードさんが叙爵された巡遊男爵は、一代限りとはいえ貴族よ。家系を続けること…、つまり貴族的な考え方をしていっても不思議ではないわ。一代限りの爵位が永続になることもあるのですから」
少しずつ、マリアンヌ夫人が言いたいことがわかってきた。
「あなたは、今後貴族としての考え方をしていくつもり?それとも平民のように考えていくの?そこを、はっきりとさせないとレイレに対する話も変わってくるわ」
「いや、俺はレイレ以外と結婚する気もないですし、他に誰かを迎え入れるつもりはありません。それでいうなら平民としての考え方になると思います」
「そう…、その答えが聞けて良かったわ。あの子は良くも悪くも自由になりすぎてしまったの。だから…今さら貴族としての生き方、考え方を受け入れるようにも正直言いたくなかったの。じゃあ、今回の街の噂の真相…、リュードさんがその方とどういう関係だったのかも含めて、詳しく聞かせていただけるかしら?他にも、過去にあった話をできるだけ聞いておきたいの。…話していただけるわよね?」
にっこりと笑っているマリアンヌ夫人の顔が怖い。ごまかしたり、濁したりできる雰囲気じゃない。こうして俺は、自分の女性遍歴を、婚約者の母親に話すという、ものすごく恥ずかしい時間を送った。
しばらくして、お代わりのお茶が3杯になったところで、ようやくマリアンヌ夫人の尋問が終了した。
「話しづらいのにごめんなさいね。でも思ったよりも真面目だったようで少し安心したわ」
「そ、それはどうも……」
俺は頬を引きつらせながら答えるしかなかった。
「では、今日のところは、1度引き上げて頂戴。レイレには私から話をしてみるので、明日またいらっしゃって」
「はい、お願いします」
◇
翌日、城を訪れた俺の前にマリアンヌ夫人とレイレがいた。レイレは泣き腫らしたのか目が赤くなっており、その下には隈も見える。
「あの、レイレ…」
俺の言葉を遮るように、レイレは俺に木剣を渡した。レイレ自身も2本の木剣を持っている。俺とレイレは、城の裏面にある庭に向かった。
「しばらく、人は来ないわ。私も行くわ」
そう言ってマリアンヌ夫人が去って、レイレと2人になる。木剣を構えたレイレが、小さく「…手合わせお願いします」と呟き、俺に打ちかかってきた。
俺は一切の反撃をしなかった。ひたすら、襲い来る2振りの木剣をガードし、または体で受けていく。レイレの剣が、いつもと全く違ったからだ。
首に当たった一振りは泣いていた。
肩で受けた突きは悔しがっていた。
剣で防いだ斬り下ろしは、怒っていた。
太ももで受け止めた一撃は、嫉妬をはらんでいた。
腕で受けた横振りは、レイレの自身へのもどかしさを表わしていた。
レイレが言葉にできない全てが、その剣に込められていた。だから俺は全て受け止めるしかなかった。
どれだけ時間が過ぎたのか、腕も上がらなくなったレイレが俺の胸に飛び込んできて、俺はそれを受け取めきれずに2人して地面に倒れこむ。そして、レイレはそのまま俺の胸で大きな声で泣き始めた。
痛む腕でレイレの頭をなでながら、俺の頭に昨日マリアンヌ夫人から言われたことと、
前世の記憶がよぎる。
帰り際、マリアンヌ夫人に、「リュードさん、あなた今、ちょっと面倒くさいなって思っているのではなくて?」と言われた。その言葉を俺はすぐに否定できなかった。「男性であれば、誰でも、その思いはあると思うわ。でもね…」と夫人は続ける。「それをね、あのこには出さないで上げてほしいの。黙って受け止めてあげてほしい。」そう諭すように話してくれるマリアンヌ夫人に、俺は「精一杯努力します」と答えた。
前世で同僚のモテイケメンに「女と付き合うのって面倒じゃないの?」と聞いたことがある。呆れたように言われた返事が、「面倒に決まってるじゃん。誰だってそう思ってるよ。」だった。そのときの俺は意味が解らなかった。その面倒の先に一体何があるんだ、そう思った。
俺はレイレの頭をなでながら考える。
女性と付き合うことの面倒の先に何があるか?
俺は、ようやく分かった。
その先に何か特別なものがあるわけじゃない。その先には、互いに重ねてきた日々がある。そして、その積み重ねたものが何よりも大事なんだ。
何かのイベントが起きたり、夫婦であれば子どもができたりなんてこともあるかもしれないが、それも重ねた日々があってこそだ。そんな日々を、想い合う日々を互いに重ねて、人は人と共に生きていく。
そんなことが分かるのに随分と時間がかかった。俺はレイレとこうやって日々を重ねて共に生きていく。『スタープレイヤーズ』の仲間達ともだ。
「うぅ…。見苦しいものをお見せしました…」
泣き止んだレイレが、俺の胸で顔を隠しながら声を震わせる。俺はそんなレイレを愛しいと心から思った。
「見苦しくなんかない。レイレの想いを、気持ちを伝えてくれてありがとう」
「うぅ…」
再び、穏やかに泣き始めたレイレの頭をなで続ける。少ししてレイレが、顔をあげて俺を見る。涙で濡れた瞳は力強い、いつものレイレの瞳だった。
「リュード、その女性に会わせてください」
「うん、わかった」
◇
それから2日後、俺はレイレとマリルを宿に呼び、俺の部屋で2人きりで会ってもらった。何を話したのかはわからないし、俺が聞くことでもないと思う。2時間ほど話していたのだろうか、部屋から出てきたレイレとマリルの目は少し赤くなっていた。
「リュードさん、迷惑かけちゃってごめんね。私悔しかったの、あなたが好きだったから。あなたと別れた後に、それに気がついたから。笛を鳴らすたびに、唄うたびに想いが募ったの。そしてリュードさんの噂はいろんな町で聞こえるようになってきて。そんなときに、レイレさんの話も聞こえてきて」
俺は黙って聞き続ける。
「せめて、もう1度会いたいと思っていたら、この街にあなたがいて。会ってみたら、もしかしたら、もしかしたら……私を選んでもらえるんじゃないかって。」
「ごめんね」
「ううん、レイレさんと話してわかった。私じゃ無理。リュードさんの横にはいられない。でも、私が好きだった人を想って唄うことは止めない。それはレイレさんも認めてくれた」
「……そうか。俺が言うセリフじゃないかもしれないけど、元気で唄い続けてほしい。そしていつか、新しい歌を唄ってほしいと思う」
「…酷なこと言うね。でも、そうだよね。私がんばるね」
「ありがとう。笛がもし調子悪くなったりしたら、ここに作る俺達の拠点に持ってきてくれば、修理できるようにしておくから」
「うん、ありがとう。そして…さよなら」
「あぁ…、さよなら」
マリルは、最後に小さく頭を下げると、振り返ることなく扉を出ていった。開いた扉から見える青い空が妙にまぶしかった。
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