113◆人生最大の危機?◆
東辺境伯のなりきり武器を作り終え、また忙しい日々が戻ってきた。本拠地の屋敷は手に入れたが、俺とテイカーとクロナは変わらず宿で暮らしている。
屋敷の周囲は工場や寮の建設中だし、屋敷自体もまだ改装が終わっていない。さらには、打合せなどがほぼ毎日入っているので領都から少し離れた屋敷では、少し不便だからだ。レイレとミュカは東辺境伯の城に、ハイマンは実家にいる。
そしてそんな忙しさの続くとある日、俺に来客があった。基本、俺は約束のない来客とは会わない。会っても、金を貸すとか貸してくれとか、『スタープレイヤーズ』の製品を売ってくれと直談判に来たとか、寄付をしてくれとかそんなのばかりだからだ。なので、全て『スタープレイヤーズ商会』の取締役であるテイカーを通すようにしている。
だが、その日は宿の人間が困った顔をして俺のところに来た。聞けば、テイカーもおらず、来客も俺の個人的な知合いで、とにかく自分の名前を一度告げてくれればわかるの一点張りだったので確認しにきたとのことだった。
名前を聞いたら、確かに知っている人物だったので俺は会うことにした。これが事件の始まりだった。
◇
「…久しぶりです!リュードさん!」
俺の前に、満面の笑みを浮かべた小柄な女性がいる。薄いピンクのショートヘアに、くりっとした大きな目と茶色の瞳をした可愛い女性だ。名をマリルと言う。
「あぁ…、マリルも久しぶりだね」
マリルは、ハミルソン一座という芸人一座に所属しており笛を担当している。
俺がまだ『プレイヤーズ』だった頃に出会った女性だ。
「…リュードさんの噂はいろいろなところで聞いてますよ!…すごい活躍ですよね!」
「…あぁ、ありがとう。なんかいろいろとね、巻き込まれ続けててね」
出だしは少しぎこちなかった会話だったが言葉のキャッチボールが続くうちに
互いに打ち解けていく。
「それで今日は?」
俺がマリルと知り合ったのは、街道沿いで旅人達が集まって野営をする場所で、
ハミルソン一座と一緒になったのがきっかけだ。ハミルソン一座は俺と会う少し前に魔物に襲われ、撃退したらしい。その際にマリルは、魔物に腕を噛みつかれた上、教会での治療を受けるまでに時間がかかってしまった。結果、指が上手く動かせなくなり、笛を吹けなくなってしまっていた。
その頃、風の魔石で笛を使って音を出す仕組みを作っていた俺は、笛を8本取り付けた、触れるだけで音の鳴る笛を作ってあげて、マリルに売った。その製作途中で、音色や位置などの調整を何度も2人で行い仲良くなった。別れの最終日の夜には、ベッドを共にした。およそ2年と少し前の話だ。
「私、リュードさんには本当に感謝しているんです。リュードさんの作ってくれた笛、どこで演奏しても本当に大好評で……」
「それは良かった、作ったかいがあるよ」
「私、あれから、一座の姐さんに唄も習ってるんです。笛と唄でよりお客さんを楽しませたいと思って!」
「へぇ!それはすごい!マリルは声もいいから、きっとみんな喜んでくれてるでしょ!」
「そうだといいんですけど…1番聞いてもらいたい人に…今日、久しぶりに会えました。リュードさんです」
「そっか。開発者冥利につきるね。ありがとう」
目の端に少し涙を浮かべたマリルのまっすぐな瞳が俺を見つめるが、俺は照れくさくなって目をそらす。
「笛の方は大丈夫?取り付けが歪んでいたり、チャージできなくなったりしていない?」
「あ、そうなんです、もし今日見てもらえるなら見てほしくて…。3本目の笛が少しだけ
がたついている感じがし始めてきてるんです」
俺はマリルに手渡された笛を受け取る。
「ん~、どこだろう?」
笛を丁寧に確認していくが、おかしな部分はない。対面に座っていたマリルが立ち上がり、ふわりと俺の横に座った。距離がかなり近い、おまけにいい匂いがする。
「あ…、えっと、マリル」
「この3本目のところです……」
マリルは、自分の手を俺の手に被せる。瞬間、肌を重ねた夜の記憶がよぎって、心臓が大きく跳ね上がる。マリルの甘い匂いにクラリとしかけるが、俺は小さく頭を振って、それを飛ばす。
「リュードさん…私じゃ…だめですか?」
潤んだ瞳で俺を見上げるマリルに、俺はうまく返事が出来なかった。なんと言えばいいのかわからなかった。
少し間があいて、マリルが離れる。
「…あれ、おかしいですね。演奏していたときに、ちょっと不安定だなと感じたんですけど…もしかすると私の気のせいだったかもしれません」
「え…あぁ…、それなら、よかった」
「リュードさん、私、『金の牡鹿亭』に泊まってます。何かあったら連絡くださいね」
「あぁ、わかった」
「それじゃ、また!」
「うん、またね」
薄紅色のワンピースをひらりとなびかせながらマリルは帰っていった。俺はただ黙ってそれを見送るだけだった。
そして、俺が今いる場所は、宿の食堂で解放スペースだ。俺はこの街では有名人となっていて。俺の周りには、俺のことを知る人間もいて。
◇
「あなたは馬鹿なの?あぁ、このセリフも何度言ったことか…!」
「いや、あの…」
「リュード、わかって。あなたは今、レイレの婚約者で、結婚を間近に控えた大事な時期なのよ!なぜ、そこで2人だけで女性と会うの!しかも昔の女と!」
「あ、昔の女ってわけじゃ…」
「笛吹きの娘でしょ?私とテイカーは、全部知ってるわ。ことの重大さをわかってる?街では今、ハミルソン一座の笛姫といい仲になっているって…そういう噂になっているのよ?」
「え、いやでも別に、何もないって…」
「あるとかないじゃないの!そう言われていること自体が問題なの。そしてそれはあなただけの問題じゃないの!」
隣にいるハイマンとミュカ、テイカーも厳しい顔で頷いている。
「そっか、リュードさんの昔の女だったんだ。」
「さすがにリュードがうかつすぎますね」
「男であれば多少はと思いますが、レイレ姫の気持ちを考えると、擁護できませんね」
その街の噂を、どういう内容でかはわからないが、レイレに伝えた人間がいるらしく、噂を聞いたレイレは城の自室に閉じこもっているそうだ。それを聞いたのが、ついさっきだ。マリルと会ってから数日後のことである。
「えっと…どうすればいいんだろうか」
「わからないわ。レイレの気持ち次第だから」
「謝りにはすぐに行きたいのだけど……」
「リュードは、何といって謝るの?」
「いや、女性と会っててごめんねって」
「そうじゃないのよっ。何もなかったってことは、レイレだってたぶんわかっているのよ。
でもね、気持ちの整理が追いついていないと思うの」
「そうだね、おまけに言うなら、謝るのも何か違うしね。リュードさん、今回悪いことしたと思ってる?」
「正直、今皆に言われるまでは、何も思ってなかった。」
「噂になったのは不味いけど、実際に悪いことしてないでしょ。その状態でリュードさん謝ったら、たぶん余計なこと言ったりして、もっと大変になることだってあり得ると思うよー」
「どうしたら……」
「いっそ、過去に会ったことも含めて、正直に全部話してはどうでしょうか。そこから、2人でどうするか考えられては?」
「そうだね、ちょっとレイレに会いに行ってくるよ」
「しょうがないわね…、その間、私達は少しでも噂の火消しをしておいてあげるわ」
「すまない……」
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