100◆死闘◆
街の住民達が大歓声を上げて盛り上がる中、いつの間にか、クラカサル伯爵とヘイゼル、チンピラ冒険者達は消えていた。
俺達は祝いの声を上げてくれる住民達に手を振り応えながら、宿屋へと向かう。当初は街をすぐ出る予定だったが、この状態で出発すれば街の外で襲ってくる可能性が高い。
俺達は宿屋に入って、荷物をおろした。既に昼をだいぶ過ぎていたが、宿屋の人に無理を言い、食事を用意してもらい皆で食べる。皆無言で食事に集中し、食べ終えて、お茶を出してもらったところで、ようやく一息つく。
「皆すまなかった。そしてレイレ、申し訳なかった。大勢の前で、女性からポロポーズをさせてしまった。恥をかかせてしまった」
「いえ、一般的にはそうなのでしょうが、私はオウガ姫ですから今さらというか…。ですので恥ではないですし、むしろ清々しい気分です。あの…、いつになったら言ってもらえるのか、気にするのもちょっと疲れてきてましたので…」
「あ、あぁ、ごめんね。不安にさせてたよね。なんか段々いつ言えばいいのか、
わからなくなってきちゃって。ごめんね」
「ふふっ、クロナやミュカからも、そのあたりは聞いていたので大丈夫ですよ」
「っていうかさぁ…、リュードさんも、よくあんなやり方思いついたね」
「本当よ。びっくりしたわ。何より…」
「「「すっきりした」」」
皆の声が被さった。
それから、改めてのお祝いの言葉をもらった後、皆で今後のことを話し合った。おそらくこのままでは済まないだろうことは皆が分かっていた。その中でも俺が一番気にしているのは、あの決闘代理人、ラッセルだ。決着はつけなければならない気がしている。
今俺達にできることを、やっておくことにした。レイレがユリーズ東辺境伯宛に手紙を書く。自分がクラカスの街まで来ていること、クラカサル伯爵との簡単な経緯、そして俺へと大勢の人の前でプロポーズを申し込んだことなどだ。レイレ命のユリーズ東辺境伯がこの手紙を読んだなら、「女性に恥をかかすとは!」とかまた殴られるんじゃないかと少し心配になるがしょうがない。
宿屋の人間に頼み、冒険者ギルドへと配達の依頼を出してもらう。実力のある、足の速い冒険者パーティに斡旋するようにと念押しし、依頼料は高額に設定した。念のため手紙も2通同じもの書いている。クラカスから領都ユーガッズは、3日の距離にある。
それから間もなくして、陽が落ち暗くなり始めたころ、決闘代理人ラッセル本人が宿屋に現れた。
◇
ラッセルは陰気な男で口数が少なかった。
「俺に何の用だ?」
「…俺と闘え」
「断る、決闘は俺の負けで決着がついている」
「…あれが決着なものか。俺の初撃を避けた」
「最初から避けることしか考えていなかったからだ。それ以外の動作をしていたら、俺は殺られていた」
「…どうあっても闘わないというか?」
「あぁ、闘う理由もない」
「…闘う理由があればいいのだな?」
「待て、何をするつもりだ?」
「…お前と縁があるものを手当たり次第に突き殺していく。どこかで、お前の理由になるだろう」
感情のいない目だ。そして、ラッセルは気負うこともなく、本当にそうするだろうと思った。俺は覚悟を決めた。
「いいだろう。やってやる」
「…ありがたい」
「リュード!ダメです!」
レイレが止めるが、こればかりはもうどうしようもない。
「ラッセルはヘイゼルと組んでいるのか?」
「…俺は誰とも組まない。依頼があったから金をもらって、しばらく用心棒をしていた」
「そうか」
「…あの小僧は、屋敷でお前達を襲う準備をしている。…邪魔されたくなかったから、この宿を見張っていた奴は殺しておいた。…ついてこい」
その後、俺達はラッセルの後に続いて、街の門を出てすぐの草原に向かった。
門番は何も言わずに俺達を通してくれた。
◇
濃紺色の夜空に、頼りげなく満月が輝いていた。その冷めた光には、胸を押さえたくなるような寂しさと、小さな狂気が含まれているように思えた。案外、目の前のこいつも月の光に当てられているのかもな…、とラッセルを見る。
ラッセルは既に剣を抜いている。その太く長い針は多くの血を吸ってきたのだろう。月の光を受け、暗く銀色に光るその様はひどく不吉なものに見えた。
「皆、何があっても手出しはなしだ。レイレもだ。ハイマン、合図を。それと、ハイマン。もしものときは頼む。」
俺は自分の腕を指で示してハイマンに言う。
「……!わかりました。それでは、はじめ!」
闘いが始まるが、ラッセルはさっきのようには突き込んでこない。代わりに、刺突剣を胸の前で構え、じりじりと半歩ずつ間合いを詰めてくる。正統な修行を積んだものの動きだった。
ラッセルの持つ刺突剣がぶれた。そこから先、俺は一切の思考を捨てた。思考をしている暇がなかった。レイレには及ばないだろうが、父親に鍛えられた、その後も数々の戦いを潜り抜けた、自分の勘にだけまかせる。耳に入る音も、目に入る映像も全てが遅い。それよりも速く反応していなければ致命の一撃が俺の体を穿つことになる。
ラッセルの刺突が何度も俺の体を掠り、鮮血が飛ぶが、俺の体はまだ動いている。だが、こちらから反撃をすることなど全くできない。おそらく20を越えるであろう突きを回避して、ラッセルは離れて一呼吸着いた。
俺は、無意識、感覚だけの世界から戻ってきて高速で思考を再開する。全身が痛みを訴え始め、背中から一気に汗が噴き出す。
しかし一呼吸で20回以上の突きか。おそらくまだ本気ではないだろう。ラッセルは傷で引きつり上がった唇を更に歪めて凄みのある笑顔を見せる。
「よく避けるな。……楽しいな」
次はもう避けれないだろう。ラッセルは、酷薄な性格で、相手をなぶるのを好む。決闘のときも最初に喉を狙ってきた。参ったと言わせなくしてから、好きなようにいたぶるつもりだったのだろう。つい先ほどの突きの連打も、致命となる一撃はなかった。その性格を踏まえて、俺は思考を重ねていく。闘う相手を理解し、信頼しなければ勝てない。自分を殺そうとしている人間を信頼するという矛盾。読み違えたら俺は負け、死ぬ。思考を重ね続け…俺はラッセルを信頼した。
「ふぅ~~~~~っ…」
深く息を吸い込んで、長く吐き出す。同時に、俺は自分の心に、体に、次の行動をインプットする。今から終わるまで、思考している暇はない。自分の体に訪れた変化を起点に、インプットしたことを出すこと、そして仲間を信じることだ。
「準備はいいか?」
「来いっ!」
叫ぶのと同時に俺の意識は閉じ、ラッセルが踏みこんでくる。
ラッセルの突きが、一振り毎に、速さを増していく。自分がどう動いているのかをわからない。やがて、俺の反応をラッセルの突きが完全に上回った瞬間、両目にガツン衝撃が走り、俺は視界を失った。
「リュード!!!!」
レイレの声が響いた。
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