7話:イヴォーン
本作は、【子爵令嬢付与魔術士】一人じゃ何もできないけど、仲間のドーピングは得意です♪の外伝的な立ち位置になります。
まだ未読の方は一読いただければ幸いです。
「ではジャガイモの皮を剥き終わったらお塩を少し入れて茹でていきますね」
「「「「は、はい!」」」」
シスターアウロラさんの所からやってきた、15歳のセパヌイールさんと14歳のマルグリットさん、レネーさん、イヴォーンさんの4人に料理を教えています。
短期間にスキルを得られるのは家事の料理、掃除、洗濯スキルです。この3つが出来れば貴族の御屋敷でメイドになることが出来ます。ちなみに3つを覚えることで派生するスキルが、そのままメイドスキルですね。
「あ!そこは包丁は固定してジャガイモを回すんですよ」
「す、すみません!」
包丁を持ったことがないらしく冷や冷やものです・・・
1時間後、それでもなんとかジャガイモの皮を剥き終わり、一口サイズにカットして茹でていきます。
水を飛ばして粉吹芋を作り最後にパセリを散らして完成です。100人分の昼食を作るには人数が足りないので、他にも5人が料理を手伝ってくれました。
ゴクッ
4人の喉が鳴りました。今日の昼食は粉吹芋と野菜のコンソメスープです。
修道院で最後の朝食を食べて来ていたので、奴隷商に来てすぐ昼食を食べられるとは思ってなかったようで、目の前におかれたお皿を前によだれが垂れていました。
「間もなくジーリオ様がいらっしゃいますから、それまで我慢してくださいね」
「「「「はい・・・」」」」
奥のドアが開きジーリオ様が入ってきました。
「みんな待たせたね。今日から7人の子が皆の仲間になる。よろしく面倒をみてやってくれ。では・・・」
いつもならここで新人の子の自己紹介をするのですが、料理にくぎ付けになった姿を見て、
「先に昼食を頂こう」
「「「「「「いただきますっ!!」」」」」」
4人は料理に集中しすぎて食べていい合図にも気づきませんでした。
「セパヌイールさん、皆さん、もう食べてよろしいですよ」
「「「「!!」」」」
4人が一斉に食べ始めました。
「おいしぃ~おいひぃよぉ~」
みんな一心不乱に食事をかき込みます。ご飯が食べられない辛さは経験したことのない人には分かりません。飢えると食べるためには倫理などかなぐり捨ててしまいます。身体を売ってパン一つを手に入れることだって・・・
幸せな昼食後は掃除洗濯をこなし、畑から野菜を収穫します。そうこうするうちに陽が傾き、すぐ夕食の準備を始めます。まだまだ準備に時間がかかりますがそのうちに慣れてくるでしょう。
夕食後から就寝時間までは自由鍛錬の時間です。本を読む子や手芸の練習をする子、覚えたてのスキルの練習をする子もいます。
「ちょっと外にでてくるね」
そう言って木剣を持って外に出るのは、最近ここに来た子でベルナデットと言います。
先日【剣士1】スキルを得たそうで、毎日の鍛錬に精がでます。手の皮が剝けても素振りを続けているので包帯も真っ赤です・・・あとで軟膏を塗ってあげることにします。
新入りの子たちは何をしたらいいか分からずオロオロしていました。
「みなさんは何か覚えたいことや気になることはありませんか?」
「えっと・・・覚えたいことですか?・・・」
7人が無言で目を泳がせます。急に言われても思いつきませんよね。
「えっと、例えばわたしはここに来た時は本ばかり読んでいました。商売には迷宮語が必須と聞いたので、必死に勉強して3迷宮語を覚えました」
「・・・すごいですね・・・」
「あの・・・」
マルグリットさんがささやかに手を挙げました。
「わたしも本を読んでみたいのですが・・・文字が読めません・・・」
「では!文字の勉強をしましょう!」
確か他にも文字の勉強をしている子がいましたね。わたしはきょろきょろして一人の子に声をかけます。
「フローレンス、ちょっといい?」
「はい?なんですかベアトリスさん」
フローレンスは11歳ですがとてもキレイな文字を書く子です。
「マルグリットさんに読み書きを教えてあげてくれない?」
「いいですよ。マルグリットさん、フローレンスです。よろしくね」
「は、はい。よろしくお願いします!」
二人が手を繋いで机のある部屋に移動しました。すると、
「あの、いいですか?」
「はい、イヴォーンさん」
イヴォーンさんは14歳ですが、わたしとたいして背丈が変わらない小さな子です。金髪がとてもキレイで、ふわっと広がったロングヘアーはどこかのお嬢様のようです。もう少しご飯を食べてふっくらすれば・・・すぐにでも売れてしまいそうです。そんなイヴォーンさんは、両手を腰の辺りでもじもじさせて言い淀んでいます。
「何でもいいんですよ?読み書きでも刺繍でも行儀作法だって・・・」
「わたし、弓が撃ちたいんです」
ゆみ?・・・ゆみ作法なんてものがありましたっけ?楚々とした小さな声でしたので、聴き間違えたかもしれません。
「昔お父さんが生きてた頃に教わって・・・イノシシを狩ったこともあります」
ああ!弓ですかっ!?えええっ!!弓ですかっ!?
「ダメ・・・でしょうか?・・・」
「あ、いえ・・・ダメじゃ、ないですよ」
イヴォーンさんの雰囲気からは想像できませんでした。一応武器の使用にはジーリオ様の許可が要ります。セパヌイールさんやレネーさんたちは他の子にお願いして、イヴォーンさんをジーリオ様の執務室に連れて行きます。
コンコン
「ベアトリスです。ジーリオ様よろしいですか?」
「ああ、入りなさい」
「失礼します」
イヴォーンさんの手を引き一緒に部屋に入ります。
「どうしたのかね?」
「はい、イヴォーンさんが弓の練習をしたいそうなんですが、よろしいでしょうか?」
ジーリオ様がイヴォーンさんを見て、少し考え込んで質問をします。
「弓の経験は?」
「は、はい。お父さんに習って一冬狩りの経験があります・・・」
「ほお?狩猟の成果はどの程度あったのかな?」
イヴォーンさんが俯いて指折り数えています・・・
「はい。ウサギが9羽、雉が7羽、キツネが2匹にイノシシ1頭です」
「ええええええっ!!」
それは立派な狩人さんでは?・・・
「それはすごいな。少し鑑定させてもらえるかな?」
「かん、てい?ですか・・・」
ジーリオ様が歩いてきてイヴォーンさんの頭に手を乗せます。イヴォーンさんはビクッとして身体をこわばらせました。
「大丈夫ですよ。じっとしててくださいね」
「は、はい・・・」
「【鑑定1】・・・これは?・・・ふふふ、いいでしょう。弓の使用を許可します。毎日鍛錬してください」
「あ、ありがとうございます・・・」
許可が下りたのでイヴォーンさんを射撃場に案内します。部屋を出る時ジーリオ様が、わたしに後で戻ってくるように言いました。
「わかりました。では案内してきます」
射撃場の武器倉庫には様々な弓が置いてあります。イヴォーンさんはその中から手ごろなサイズの弓を選ぶと、弦を張り直し何度も試し引きをしていました。わたしならそのまま使っていましたね・・・経験者は違います・・・
弓の準備が出来ると、イヴォーンさんはふわふわロングヘアーを紐で括り、服の裾を脇に寄せ背中で×の字を作るように紐で縛りました。
先ほどまでの小さなかわいい女の子の雰囲気から、プロの狩人さんの雰囲気に変わりました。
左手に弓を握り右手に矢を持ち頭の上に持ち上げます。ゆっくり弓を引きながら目線の高さまで降ろすと、一呼吸置いてから矢を放ちました。
ピュッ ズバンッ!!
予想と違うすごい音がしました。藁を束ねた丸い的のど真ん中に矢が刺さっています。
「す、すごいですね・・・」
続けて2射目・・・はずれ・・・あれ?3射目・・・はずれ・・・あれれ??
おしいところまで行きますが、最初のような威力も命中率もありません・・・どうしたのでしょうか?
「はう・・・やっぱり最初の一発以外当たらないです・・・」
どういうことでしょう?
「えっと、実は・・・狩りに行っても最初の一発以外全く当たらないんです・・・」
「え~・・・じゃあ、あの成果は?」
「毎日最初の一発目で狩った獲物です・・・」
つまり、合計19匹の成果ですから・・・狩りに行った回数は?
「19回です・・・」
その後もイヴォーンさんは一人で練習を続けましたので、わたしはジーリオ様の執務室に戻りました。
書類仕事をしていたジーリオ様は手を止めずに目線だけ私に向けて、「どうだったかね?」と聞いてきました。
「えっと、最初の一発目は的のど真ん中に当たったのですが、後は・・・」
ジーリオ様はそうだろうねと言って種明かしをしてくれました。
ペンを置いたジーリオ様は一枚の紙を取り出しました。イヴォーンさんの鑑定結果を書いたメモでしたので目を通すと、
【イヴォーン・プチ】
人族:女
年齢:14歳
レベル:8(SP4)
スキル:必中1、不器用1
必中スキル・・・必ず命中する、弓職さんが喉から手が出るほど欲しがるスキルですね。
不器用スキル・・・こんなスキルあったんですね・・・どうしたらいいのでしょうか・・・
「この先、器用スキルを得れば相殺されていい弓士になるんじゃないかな?」
「相殺ですか?」
「そうなれば、当代一の弓取りになるかもしれないね」
イヴォーン、古代語で弓道家を意味する言葉だそうです。
「お父さんは良い名前を付けてくれたね。この先が楽しみだ」
ジーリオ様は微笑を浮かべて書類仕事に戻りました。イヴォーンさんの頑張りに期待しましょう。
わたしはジーリオ様の部屋を出ると、軟膏を持ってベルナデットとイヴォーンさんの元へ向かうのでした。




