36話:ジーリオとニンフェア
「ベアトリスちゃんは、ハイエルフを見たことはあるかい?」
少し鋭い目つきになったニンフェア様は、長い耳の女の子を地面に押し付けたままそう聞いてきました。ハイエルフは聞いたことがありませんが、エルフは物語で読んだことがあるので知ってはいます。物語では長い耳を持った美しく、優しい種族として書かれていますが空想上の種族だと思っていました。
この子が、ハイエルフ?
「ベ、ベアトリス・・・様?」
「え!?ファイエットちゃん!?」
「あれ?知り合いだったのかい?」
修道院からうちにやってきたファイエットちゃんです。いつもふわふわの髪が横に広がっていたので耳を見たのは初めてでしたが、耳を隠すための髪型だったのですね。
は!?いけません!
「ニンフェア様!この子はうちの奴隷商の子です。悪い子じゃないのです!」
「そのようだね。手荒い真似をしてごめんね」
「いえ・・・」
ニンフェア様はファイエットちゃんを解放すると、手を差し出して起こしてあげてくれました。
しかしなぜここにファイエットちゃんがいるのでしょう?
「ベアトリス様、ご無事でよかった。商会長様もそこまで迎えに来ていますよ」
「ジーリオ様が!?」
遅いな。一緒に連れてきたファイエットが「お花摘み」と言って森の中に入った。急いでベアトリスを追いたいが生理現象はどうしようもない。様子を見に行くわけにもいかないが、あまりに遅いようなら・・・。
「商会長様!」
「ファイエット無事か?遅い・・・」
おっと、遅いと言ってはまずいか。ここは何も言わない方が・・・。
「ジーリオ様!!」
「!?ベアトリス!!」
ファイエットの後ろから駆け出して来たのはベアトリスだった。奴隷のお披露目用の衣装を着ているが、あちこちが破れ血もにじみ手枷に鎖まで・・・。
走り寄って来たベアトリスはそのままわたしの胸に飛び込んで来た。わたしの服を握りわんわんと泣き出す。震えて抱きつくベアトリスはこんなに小さかったか?いつものしっかり者のベアトリスしか見ていなかったので勘違いしていたが、よく考えればまだ13歳だ。相当怖い目にあったのだろう。
わたしのインキュバスの血が暴走しないように女の子に触れるのは極力避けていたが、今のベアトリスにそう言う感情は沸いてこない。わたしは一瞬ためらったがゆっくりとベアトリスを抱きしめた。
「ベアトリス、よく無事で・・・。でもどうやって貴族の手から逃げ延びることが出来たんだ?」
「あ、それは・・・」
「感動の対面中申し訳ないけど、久しぶりだねリオ」
俺をリオと呼ぶのは、昔俺たち兄弟を助けてくれたシア姉さん以外にはあと一人だけ。
「ニンフェア!?」
「やあ、美人に育ったでしょ?」
「ここは俺たちが防ぐ!お前たちは早く伯爵様をお連れしろ!」
「すまん!頼むぞ!」
なぜこんなことになった・・・。50人いた騎士たちはマンティコアに壊滅され、生き残った十数人の騎士たちもこれで僅か4人になった。
「伯爵様!急ぎますゆえ舌を噛まないようにしてください!」
馬車と並行して走る騎士が窓越しに注意を呼び掛けてきた。奴隷商のあるボルト子爵領の関所から追手がやってきたのだ。ボルトもヴァレンティンめの傘下の一人で公王派閥に属している。このワシを捕らえようというのか!?たかが子爵の分際でっ!!
許さん、許さんぞ!!
ヴァレンティン、ボルト、そして奴隷商めが!!
領地に戻ったら必ず報復の兵をあげてやる!
「ワシにはまだ奥の手が残っている!帝国から密輸入した魔物召喚の笛はまだまだあるのだよ!」
歯を見せて笑うニンフェアの背後で薄緑色の羽が鱗粉を振りまく。あの頃はあまり感情を表に出さないやつだったが随分明るくなったものだ。最後に会ったのは孤児院のプラトリーナ先生が亡くなった時だった。あれから20年以上経っているので30歳近いはずだが、見た目は20歳いってないように見える。ニンフェアは確か妖精族の生き残りとか言っていたが妖精族は歳を取らないのか?
「本当に、久しぶりだなニンフェア。美しくなったよ」
「ありがと。リオは随分老けたね~まだ40手前のはずだよね?」
「うるさい」
ゆっくり話をしたいところだが、今は一刻も早くベアトリスを治療をしないといけない。ボルトやヴァレンティン辺境伯にも事の顛末を説明しないといけないし、何より奴隷商のみんなが心配しているはずだ。早く奴隷商に連れ帰って皆を安心させてやりたい。
「ニンフェア、すまないが昔話をしている余裕がない。落ち着いたら連絡するので滞在先を教えてくれないか?」
「その心配はいらないよ。ボクも一緒に行くからね」
ニンフェアも一緒に?どういうことだ?
「そう言えばニンフェアはどうしてここに?」
最後に会ったニンフェアは孤児院で暮らしていて、まだ10歳にもなっていなかった。あれから20年経って今はどこで何をしているのか?
「あれ?プルーニャに会ってるんだよね?話聞いてない?」
プルーニャ殿!?確か別れ際に正式な使者は別にいると言っていたが・・・。まさか、ニンフェアが!?
「ここまでは私的な話だったけど、ここからは公人として話させてもらうよ」
そう言うと白いローブのすそを摘み貴族のような華麗なカーテシーをして見せた。
「お初にお目にかかります商会長殿。わたしはナターレ女伯爵様の名代として派遣された、女騎士団ワルキューレ騎士団長、ニンフェア・プラトリーナと申します。以後、お見知りおきを」