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33話:お仕置き

 ガタガタと揺れる馬車の中で目が覚めました。身体の節々が痛み、肘や膝がじくじくと痛みます。頭も打っているのか視界がぼやけて吐き気が込み上げてきました。


「うっ・・・おうぇっ・・・」


 床に寝そべったまま吐いてしまいました。口に広がる酸っぱさと鼻に抜ける吐しゃ物の匂いでさらに気分が悪くなります。

 両手は重い金属の手枷が嵌められ、そこから伸びた鎖が首の枷に繋がっていてほとんど動くことができません。両足は自由ですが立ち上がる元気もありません。


「これからどうなってしまうのかしら・・・」


 そう口に出したものの明るい未来など望めるべくもなく、ただただ絶望の底に沈みこんでいきました。

 あれからどのくらいの時間が過ぎたのでしょう?わたしが連れ去られたことをジーリオ様はもうご存じでしょうか?助けに来て・・・いえ、あまり希望を持つのはやめましょう。来てくれなかった時わたしが壊れてしまうかもしれません。


 ガタン!!


「あ!・・・痛っ!!」


 その時急に馬車が跳ねてわたしは宙に舞いました。そして次の瞬間馬車の床に打ち付けられました。馬車の中をゴロゴロと転がり縁にぶつかり止まります。今の衝撃でぶつけた額から血が流れ目の前が赤く染まります。


「おいっ!何があった!?」

「馬車の車軸が折れてます!おそらく岩に乗り上げたのかと・・・」


 外から何人かの声が聞こえます。どうやらわたしの乗っている馬車が壊れたようです。


「関所を抜けるために急遽手配した馬車だが安物をつかまされたか・・・伯爵にお伺いを立ててくる。お前たちは車軸の修理が出来るか見てみろ」

「「はっ!」」


 わたしはノロノロと起き上がり目に入った血を服の袖で拭います。ついでに額の痛む箇所にも袖を当ててみましたが袖が真っ赤になり驚きます。わたしはこのまま死んでしまうのでしょうか!?

 しばらくすると少し離れた所で話す声が聞こえました。断片的ですが「娘を」、「移せ」などと聞こえます。すると走って来る音が聞こえ馬車の幌が乱暴に開かれました。


「うっ!こいつ吐いてやがる!」


 外のまぶしさと額の痛みでに目が眩み再び床に倒れました。頭を打ったはずですがもう痛みを感じません。


「しょんべんにゲロに血の匂いまで!!臭くてたまらないぜ!」


 そう吐き捨てて再び幌が閉じられます。こんなひどい言葉を浴びせられたことが初めてで恥ずかしさと悔しさで涙まで出てきました。


「また馬にくくりつけましょうか!?」

「いや、次の関所が近い。縛ったままでは怪しまれる。伯爵の馬車に乗せるわけにもいかない・・・仕方ない、車軸の修理を急げ!おい!マルト!」

「は、はい!」

「その小娘を川に放り込んで洗ってこい!」


 呆然と横になっているとゆっくりと幌が開かれ誰かが馬車に乗り込んできました。


「うっ・・・立てるかい?悪いけど命令なんだ馬車を降りてもらいたい」


 逆光で顔はよく見えませんが、まだ若そうな男性がわたしの腕を掴んで引き起こします。座り込んだわたしの正面に膝をつきしばらく逡巡したようですが、ふいにわたしをお姫様抱っこして立ち上がりました。

 平常時なら恥ずかしさで抵抗したかもしれませんが、排泄物と吐しゃ物にまみれた状態では反抗する気も起きません。抱っこするほうがお嫌でしょうから。


「降ろすよ」

「うっ・・・」


 冷たい水の感触に一気に意識が覚醒しました。お尻が川の底に着き腰くらいまで濡れる深さです。擦りむいた膝と金属の枷で傷ついた手首に痛みが走ります。馬車から少し離れた所に小川がありました。歩くと結構距離がありますが、わたしを抱っこして連れてきた男性は息も切らせていません。かなり鍛えている方のようです。


「冷たいけど少し我慢してくれ」


 そう言ってわたしの頭から水をかけます。額の傷も沁みましたが髪にも吐いた物がついているのでわずかに動く手で洗い流しました。しばらく水をかけて綺麗に洗い流すと、ふいにわたしの頭を掴んで上を向かせます。わたしを連れてきた男性の顔をようやく見ることができましたが、思った以上に若く、まだ20歳に手が届いていないようでした。


「思ったより傷が深いね・・・」


 わたしの額の怪我を見て腰のナイフを抜きました。そのナイフがわたしに向けられると思い身体が強張ります。しかしその男性は自らの袖に刃を当てると肩近くまで一気に切り裂きました。


「こんなものしかないけど包帯代わりに・・・」


 そう言って切り裂いた袖をわたしの額に巻いて止血してくれました。額に巻かれた袖にそっと触れ、その男性を見上げると苦しそうな笑顔を向けてくれます。

 わたしを奴隷として連れ去ろうとしている伯爵の部下にも優しい人がいたのですね。





「おや?何かあったのかな?」


 オルテンスィア公国に向け空を飛んでいると、地上で立ち往生している馬車を発見した。豪華な馬車と少し離れた所に質素な馬車があり、騎馬が10頭ほど見える。豪華な馬車は間違いなく貴族の物だ。それも男爵や子爵程度じゃなく伯爵以上の豪華さ。壊れているのは質素な馬車の方で、数人の騎士のような者が車軸の修理をしている。


「・・・妙だね」


 馬車の豪華さの割に護衛の数が少ない。それに壊れた馬車は平民が使うような物で、とても貴族の馬車とは思えない。高位貴族が平民の馬車の修理をしてあげている?なんて思うほどボクはお気楽じゃない。

 ここはボルト子爵領。そこにいるのは護衛が少ない伯爵以上の馬車。そして平民の馬車を修理する騎士。


 なんだかきな臭い。調べずに行くわけにはいかないね。


 ボクは飛行魔法を操り修理をしている馬車の近くに降り立った。


「やあ、何かお困りかな?」

「何者だっ!?」


 その瞬間修理をしていた騎士たちが一斉に動いた。三人がボクを半包囲するように動いて剣を抜き、残りの者は豪華な馬車を隠すように立ち塞がる。

 質素な馬車の警護はなし。守るのは豪華な方の馬車だけか。周りに馬車の持ち主らしき平民の姿もない。


「ふ~ん」


 ボクは腰に手を当て騎士たちを見回す。少数精鋭か。レベルは20から30手前。迷宮のないオルテンスィア公国の騎士にしてはまあまあかな?隊長は・・・彼かな?後列にいる少し禿げ上がった壮年の騎士だけがボクの力量に感づいているようで、脂汗を流しながら後ろ手に何か合図を出している。


「争う気はないんだけどね。何か困っているなら手を貸そうと声をかけただけだよ」


 出来るだけ刺激しないように優しい声でそう告げたけど、後列の二人が弓を構えた。聞く耳持たないみたいだね。こんな美人に弓をむけるなんて()()()()が必要かな?


「隊長、川で洗ってきましたが・・・」


 背後から聞こえた声に視線だけ向けると、まだ若い騎士と両手と首に枷を嵌められた女の子の姿が見えた。女の子の膝は擦りむき血が滲んでいて、額に巻かれた包帯の隙間からは血が垂れている。


「放て!!」


 ボクが女の子に気を取られている隙を狙って二本の矢が放たれた。


「まったく・・・」


 ボクは割と現実主義者だ。かわいそうな女の子だからと言って無条件に助けたりはしない。女は割としたたかだ。男を騙す女もたくさんいる。女のボクが言うんだから間違いない。だけど、昔の()()が元奴隷だったせいか、ひどい扱いを受けている女の子は無条件で助けることにしている。


「【雷撃(フルミネ)2】」


 バリバリバリ!


 ボクの指先から飛び出した雷撃が二本の矢を撃ち落とす。


「なんだと!?」


 驚愕している騎士たちを睨みつけると、口角を上げて告げる。


「君たちはお仕置きだよ」

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