32話:馬を駆る者、空を駆ける者
「・・・そしてフリージア王国から偶然訪れたA級冒険者によって、マンティコアは討伐されました」
「そうか。多大な被害が出る前に討伐出来たことは喜ばしい。が・・・今度はマンティコアか」
この地方の領主様であるボルト子爵は苦虫を噛み砕いたような渋い顔をされた。ここ数年毎年のようにA級クラスの魔物が出現する。特に大陸の南側で被害が大きく、ノワ・ド・ココ砂漠王国は国土の大半が魔物に蹂躙されたと聞く。東のネルケ諸島連合国は上級冒険者の数が多くなんとか持ちこたえているが、わたしのいるオルテンスィア公国のすぐ南にあるフリージア王国では、元侯爵領にタートルドラゴンが住み着いたらしい。
「ともかく、報告ご苦労だった。このことはすぐにヴァレンティン辺境伯に伝えよう」
「ありがとうございます」
ボルト子爵はベルを鳴らしてメイドを呼ぶと、先ほどの報告を念話で伝えるように申し付けた。メイドは一瞬だけわたしの方を見ると笑みを浮かべて軽く頭を下げた。わたしも軽く顎を引いて挨拶をする。メイドが退出すると、「さて」と言ってボルト子爵が柔和な顔になる。
「ジーリオ、久しぶりに来たんだ夕食に付き合えよ」
「子爵様・・・わかったよボルト。あまり遅くにならなければな」
ボルト子爵との付き合いはそろそろ10年になる。若くして父親が他界し急に爵位を継ぐことになったボルトだが、領地が南北に長い狭隘な土地の為全土の連絡に苦労していた。そんな折ボルトは寄親であるヴァレンティン辺境伯の紹介で我が奴隷商を訪れた。その時斡旋したのが「念話」が使える先ほどのメイドで、今年で奴隷期間10年を満了して来年には第3夫人として娶ると聞いている。他にも料理長をしている女性と乳母兼教育係をしている女性もうちの奴隷商から来た子たちだ。みな良くしてもらっているようで、ボルトはうちの顧客の中でも最優良だ。その後も色々相談に乗っているうちに打ち解けあい、ボルトとは友人関係になったのだ。
「最近はどうだ奴隷商の方は?」
夕食まではまだ少しあるので、ボルトは棚からワインとグラスを取り出しソファーに腰かけた。対面にわたしが座るとグラスにワインを注ぐ。
「そうだな。概ね順調なのだが出来れば引き取って欲しい子がいる」
「お前からそう言うとは珍しいな。難がある子なのか?」
「いや、まだうちに来て日が浅いのだが「料理」スキルは取得している。ただ、すでに15歳なんだ」
ボルトは軽くワインに口を付けるとわざとらしいため息を吐いた。
「お前はいい友人だと思っているが、いい加減成人女性にも興味を示せ。それじゃ一生結婚できないぞ」
わたしもボルトのことはいい友人だと思っているが、そのことについては口出ししてほしくはない。インキュバスハーフの特性なのだからわたしにもどうしようもないのだ。
「興味がでないものは仕方ないだろう?ボルトも婆さんを娶れと言われれば俺の気持ちがわかるはずだ」
「15歳を婆さん扱いするのはお前だけだよ・・・それで、その子の名前は?」
「ああ、セパヌイールと言う。修道院に長く居たため少し瘦せてはいるが、もう少し肉がつけば見た目は悪くない・・・」
コンコン
「ご歓談中失礼いたします」
扉がノックされ、廊下から先ほどのメイドのチターシャが声を掛けてきた。ボルトは「入れ」と一言告げて姿勢を正し子爵の顔に戻った。
「失礼いたします。ジーリオ様の奴隷商から緊急だと言って使いの者が参っております」
元奴隷商にいたチターシャはボルト子爵ではなくわたしを見てそう告げた。奴隷商から緊急!?ベアトリスでは対処できないことが起こったのか?
「使いの者の名前は?」
「はい。従業員のローズと名乗っておられます」
ベアトリスじゃないっ!?
ボルト子爵の馬を借りわたしは街道を駆けた。来るときは魔導馬車だったが馬での単騎の方が速いからだ。子爵の屋敷でローズさんから聞いた報告は驚くべきものだった。辺境伯の後ろ盾のあるわが奴隷商に強引な手段で手を出す貴族がいるとは思わなかった。相手の貴族が誰かは分からないが辺境伯が後ろにいると知らなかったのか、それとも知っていても手を出せる程の高位貴族か・・・。後者だとやっかいなことになる。辺境伯様もたかが奴隷商一つの為に高位貴族ともめたくはないだろうからな。ボルト子爵には出来るだけの根回しは頼んだが相手が分からなくては手の出しようがない。今は一刻も早く「フィオーレ」に戻るのだ!
ベアトリスを連れ去ったのは、グスターヴ伯爵だった。
位としてはヴァレンティン辺境伯様の方が上だが、革命で辺境伯になったヴァレンティン様とは違い代々伯爵位を継承する由緒正しき高位貴族だ。国王を排斥し、それに連なる公爵家も追放した今、国王派のトップの一人だ。そんな高位貴族がわざわざ改革派のボルト子爵領にあるわが奴隷商に訪れるとは・・・ヴァレンティン辺境伯様への嫌がらせか?
奴隷商に戻って扉を開けると奴隷の子達が心配そうに声を掛けてきた。
「商会長様!!」
「留守にしてすまない。状況は理解している」
奴隷商に戻る途中で樹上から降りてきたファイエットと合流した。ローズさんにベアトリスを連れ去った貴族の追跡を頼まれたらしい。町を抜け東の関所で足止めされている馬車に追いついたが、強引に関所を通過する馬車をそれ以上追跡することができなかったらしい。だがその時の関所の兵士とのやり取りで「グスターヴ伯爵様の馬車だ!さっさと関所を開けろ!」と言う言葉が聞こえたそうだ。おかげで犯人が分かった。馬車に追いつくとはさすがは数少ないハイエルフの生き残りだ。森の暗殺者と呼ばれるだけのことはある。身体能力が人間を遥かに超越しているな。ファイエットはハイエルフの特徴である長い耳を髪で隠しているようだが、【鑑定】スキルを持っているわたしには無意味だ。
「セパヌイール、マルグリット、レネー、奴隷商を頼む。わたしはベアトリスを連れ戻してくる」
「「「はい!」」」
グスターヴ伯爵の領地は公都を越えた南東側。ここから馬車で3日はかかるはず。なんとしても領地に戻る前に止めないと。
「商会長様!わたしも連れて行って下さい!」
「ファイエット・・・」
確かにこの子の能力は高い。ハイエルフのポテンシャルを遺憾なく発揮すればわたしなどよりよほど戦力になるだろう。しかしまだ幼くレベルが低い。・・・いや、迷ってる暇はない。この子の能力はきっと役に立つはず。
「わかりました。乗りなさい」
「はい!」
馬上から手を伸ばしファイエットを引っ張り上げると、馬の腹を蹴り一気に駆ける。ボルトに借りたこの馬なら馬車に追いつくことも可能だろう。だが、馬車に追いついたとしても高位貴族相手では手が出せない。何か方法を考えないと。
「久しぶりの旅だね。まさかコルニオロの兄がリオだったなんて」
地面から遠く離れ、空中を散歩気分で飛んでいく。下を見るとかつての侯爵領都に鎮座するタートルドラゴンの姿が見えた。魔物に占拠された現在、魔力溜まりが広がり作物が育たないため、この辺りは人が住めなくなった。幸いなことに偶然領民を募集していたナターレ領がすぐ隣にあった為、大部分の領民はナターレ領に移住した。
「そろそろタートルドラゴンを討伐してもいい頃かな?以前は5対1で勝たせてもらったけど、次は1対1で勝ってみせるよ」
ブオオオオオォォ・・・
タートルドラゴンが首を巡らし空に向かって吠えた。10年も前の事なのにボクを覚えているのかな?
「悪いけど今は相手をしてあげられないんだ。重要な任務があるからね。まあ、今回の旅が終わったらソフィー様に相談してみよう」
ボクは前を見るとオルテンスィア公国に向け【飛翔】スキルの速度を上げた。




