31話:ベアトリスの為に
「ローズさん!ローズさん!」
わたしを呼ぶ声と、激しく扉を叩く音に目が覚めました。
数時間前にマンティコアに襲われ死ぬ思いをしました。プルーニャさんに助けられ安堵したことで一気に疲れがやって来て休ませてもらっていたのです。
「ローズさん起きてくださいっ!ベアトリスさんが大変なんです!」
「ベアトリス!?」
わたしはベットから跳ね起きるとガウンだけ羽織って扉に走りました。
「ベアトリスがどうしたのっ!?」
扉を開けながら問いかけましたがその光景に一瞬気おされました。廊下には10人以上の子供たちが詰めかけ全員が滂沱の涙を流しています。これはよほどのことがあったみたいです。
「お姉ちゃんが!・・・知らない男の人に連れてかれたのっ!!」
「貴族よ!!鎖に繋がれて無理やり!・・・」
「お姉ちゃん泣いてた!!・・・」
子供たちが一斉にしゃべりだすので一人一人の話は聞き取れませんでしたが意味する所は分かりました。
ベアトリスが貴族に拉致された!
「ジーリオはどうしたのっ!?」
「商会長様はちょっと前に出かけてて・・・」
こんな時に何をやっているのよあの男はっ!!ジーリオもいない、ベアトリスもいない。今の奴隷商にいる従業員はわたしだけってことか・・・
「ローズさん!」
玄関の方からセパヌイールたち3人の年長組が走ってきました。この子達に話を聞いた方が早そうね。
「みんなはお部屋に戻っていなさい。ベアトリスは必ず連れて帰るから!ドゥニーズ、オフェリー、年少組をお願いね」
「わかった!」
「了解」
わたしの部屋の前までやってきたセパヌイールたちに目くばせをして部屋の中に招き入れて扉を閉めます。肩で息をしている3人の呼吸が整うのを待ってから話を聞きます。
「何があったの?・・・」
「はぁはぁ・・・先ほど見知らぬ貴族の一行がやってきて、誰でもいいから奴隷をよこせ、と・・・」
「ベアトリスさんは誰も渡せないからって自ら貴族の元に行きました・・・」
「わたしたちが代わりに行くって言ったんだけど・・・」
ベアトリスらしいけど、それじゃ誰も幸せにはならない。あなたがいないとこの奴隷商はまわらないのよ。
「ジーリオはどこに行ったの?」
「おそらくですけど、領主様の所だと思います。マンティコア討伐の報告じゃないでしょうか?」
なるほどね。貴族の事は詳しくないけど、領主に面会となると手続きとかで数時間から半日は戻ってこれないかもしれないわね・・・。ジーリオが戻って来るのを待ってたらベアトリスの貞操が危ない・・・。かと言ってこの奴隷商に戦力なんてないし、貴族に逆らえば皆殺しになるかもしれない。ロズリーヌに連絡を取ってみようか・・・。いえ、冒険者でも貴族には逆らえないわね。プルーニャさんを追いかけて・・・それもダメね、他国の人にこれ以上迷惑はかけられない。貴族には貴族しかないけどそんな知り合いもいないし、手がないわ・・・。いえ、どんな些細な事でもいいからすべての手を打つべきだわ!!
「セパヌイール、冒険者ギルドに行って受付に手紙を届けて。ロズリーヌに渡すようにって」
「わかりました!」
そう言いながら走り書きで「緊急。奴隷商「フィオーレ」ローズ」とだけ書いてセパヌイールに渡す。
「レネーはこの手紙を町の盗賊ギルドに届けて。わたしの名前を出せばいいから」
「はい!」
わたしのいた娼婦館は盗賊ギルドに属している。少しお金はかかるけど情報を得るなら盗賊ギルドに勝る所はないわ。
「マルグリットはファイエットを起こして馬車を追跡するように伝えて。あの子の能力なら追えるかもしれない。貴族が誰か調べて欲しいの」
「はい!」
盗賊ギルドにも依頼はするけど追いつけるならその方が早いわ。早朝にファイエットを連れて一緒に森に入ったけど、あの子の運動能力は異常だった。木登りは猿のようだったし獲物を見つける能力も優れていた。何かスキルを持ってそうだったから追跡にも効果があるといいんだけど。
「マルグリット、ファイエットを起こした後は奴隷商をお願い。年少の子達が怯えているから慰めてあげてね」
マルグリットが大きく頷く。
「ローズさんはどうするんですか?」
セパヌイールが手紙を大切そうに胸に押し当ててわたしを見つめてくる。レネーもマルグリットも心配そうだ。みんなベアトリスのことが大好きなのね。
「わたしはジーリオがいる領主様の所に行ってくるわ!必ずベアトリスを助け出すわよ!」
「「「はいっ!!」」」
陽が傾き始めた頃、娼館街が目を覚ます。今日もいつもと変わらぬ毎日。男性に夢と快楽を与えるだけの仕事。ローズのように他の道を選べるならそうしたいけど、わたしには容姿以外には何もない。箒を持って店の外に出ると娼館の奴隷のデーボックと小さな女の子が話をしていました。デーボックに話しかけるなんて中々度胸のある子ね。まさか娼婦希望の子かしら?まだ成人前に見えるけど・・・。
「すいません!と、盗賊ギルドはどちらにあるのでしょうか!?」
盗賊ギルド?あんな年端も行かない子がうちの上役の所に何の用事が?
「君は若い、盗賊ギルドに行くべきじゃない」
「でも!この手紙を盗賊ギルドに持って行かないといけないんです!そうしないとベアトリスが!」
ベアトリス!?もしかしてローズが雇ってもらった、あの奴隷商のベアトリスちゃん!?わたしは箒を投げ捨てて二人の所に駆け寄った。
「ちょっといいかしら?ベアトリスって奴隷商のベアトリスちゃんのこと?」
「えっ!?・・・ええ、そうです!」
やっぱり!盗賊ギルドに手紙を届けるという事はローズが手を貸してるのかしら?
「わたしはエマ。奴隷商のローズの元同僚よ。ベアトリスちゃんとも面識があるわ。一体何が起こったの?」
「ローズさんの!?あ、あの!ベアトリスが貴族に攫われて!それで、ローズさんがこれを盗賊ギルドにって!」
ベアトリスちゃんが攫われた!?しかも貴族に・・・。それじゃベアトリスちゃんはもう・・・。わたしは知らず知らずに肩を落としていた。貴族にとって平民の女の子の価値なんて一度の食事にも劣る。飽きるまで弄んだらそのままポイッだ。残念だけど諦めるしかない・・・。
「ベアトリスを助けたいんです!!」
眼に涙を浮かべながらも決意を込めたその眼差しに一瞬気おされた。貴族に逆らうことがどういうことなのか分かってないんだろうか?いえ、奴隷として売られる立場の子がそんなことも分からないはずはないか。分かっていても、貴族に逆らうことになってもベアトリスちゃんを助けたいのね。
「デーボック。その手紙を代わりにギルドに届けてくれる?この子がギルドに行くのはちょっと危ないかもだし」
「わかった」
デーボックを見送ってから女の子に向き直る。改めて見るとベアトリスちゃんと変わらない歳に見えるね。まだ成人前か。
「詳しい話を聞かせてもらえる?もしかしたら力になれるかもしれないし。そう言えばあなたのお名前は?」
「わたしはレネーです!お願いです!ベアトリスを助けるために力を貸してください!」




