表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/36

30話:奴隷ベアトリス

「・・・少々、お待ちください・・・」


 わたしはクビナシにそう告げて部屋を出ると、自室に向かって歩き始めました。ジーリオ様がお戻りになるまで最低でもあと2時間はかかります。ジーリオ様の助けは期待できません。現在の奴隷商の従業員はわたしとローズさんだけ。あとの女の子は全員奴隷です。ローズさんは従業員になって日が浅いですし、マンティコアに襲わればかりで今は休んでいます。わたしが何とかするしかないのです。

 部屋に戻るとエプロンを脱ぎ捨てメイド服からお披露目用の奴隷服に着替えます。ジーリオ様から預かっている女の子たちをあのクビナシに差し出すわけにはいきません。かと言ってお貴族様に逆らうわけにもいきません。幸いあのクビナシはわたしを値踏みしました。わたしが・・・わたしを差し出せばそれで満足してくれるはずです!クローゼットを荒っぽく閉めると、意を決してクビナシの待つ応接室に向かいました。

 廊下を歩く足取りは重く、広かったはずのお屋敷が急に狭く感じました。あの角を曲がれば応接室までもうすぐです。

 ジーリオ様が選んだお貴族様なら奴隷として売られて行くのも怖くはありませんでした。ペネロペやブランディーヌみたいに前向きに未来を考えることが出来たかもしれません。でも、あのクビナシに買われるのは怖くて仕方がありません。


「ベアトリスさん!・・・その恰好は・・・」

「あ・・・」


 後ろから声をかけられて振り返るとセパヌイールさんとマルグリットさんにレネーさんが立っていました。奴隷商最年長の3人です。


「ベアトリスさん・・・貴女は奴隷商の従業員よ。あの貴族が奴隷を欲しがっているならわたしが行くわ!」


 セパヌイールさんが一歩前に出て力強く宣言しました。いつの間にこんなに強くなったのでしょう。料理スキルを手に入れる前のセパヌイールさんは16歳になることに怯えている感じがしました。何の特技もないまま野たれ死ぬ未来が、料理スキルを得ることによって光明が差したのです。たとえそれが、誰かから奪った経験値で得た物であったとしても・・・。


「そうよ。ベアトリスさんには残ってもらわないと。他の子達が困ってしまうわ」

「わたしたちにはあまり時間が残ってないしね」


 マルグリットさんは読み書きが出来るようになりたいと、フローレンスと必死に勉強をしていくつか本を読めるようになりました。レネーさんは裁縫スキルを得て、裁縫士としての道を歩もうとしています。二人ともここに居られる期限の15歳まであとわずかです。でも、時間がないからといって犠牲になんかできません!


「ありがとうございます。お気持ちはありがたいのですが、3人ともジーリオ様から預かった大切な女の子たちなのです。お部屋に戻ってください」

「「「ベアトリス!」」」


 わたしは3人の間をすり抜けて進むと応接室の扉をノックしました。


「失礼します」


 扉を開けて一歩部屋の中に入るとクビナシの視線に怖気が走りました。人を見る目ではありません。好色な視線・・・新しいおもちゃを見るような目です。クビナシの視線がわたしを品定めするように足元から顔までゆっくりと動きます。


「ほぉ。お前が奴隷になると言うのだな。いいだろう少しは楽しめそうだ」

「よ・・・よろしくお願いします・・・」


 これで、他の子たちは助かります。少しの間我慢すれば戻って来たジーリオ様が助けてくれるはずです。少しだけ我慢すれば・・・。これから訪れる未来を考えると膝が震えてきました。知らず知らずに目に涙が溢れます。いえ、泣いてはダメです。毅然としてジーリオ様が迎えに来て下さるのを待つのです。


 わたしの手首に手枷が嵌められました。ジーリオ様がいないので奴隷契約が出来ず、逃亡防止のために鎖でつながれました。重く冷たい金属の感触に膝だけでなく体全体が恐怖で震えてきます。この奴隷商にいる間、奴隷というものについてそこまで暗いイメージはありませんでした。むしろいろいろな知識を吸収出来、毎日おいしいご飯を食べることが出来るので幸せを感じていました。10年のご奉仕で自由の身になれ、その先の未来を見ることが出来る素敵な場所だとさえ思っていたのです。


 セパヌイールさんたちを迎えに行った時のことを思い出します。みんなは奴隷になることを躊躇していました。育ち盛りの女の子たちが一日一食のひもじい思いをしていたせいで、毎日三食食べられるという事を伝えると奴隷になることを承知してくれました。あの時のセパヌイールさんたちも奴隷になることに恐怖を感じていたのではないのでしょうか。それでも死ぬよりはましと思って奴隷になったのではないのでしょうか。


 わたしは物心ついた頃からこの奴隷商にいます。真の意味で奴隷になるという事を考えたことがなかったのです。自らのすべてを、貞操だけでなく生死すら相手に握られる恐怖。奴隷になるという事はそういう事なのです。

 足がガクガクと震えて立っていることもままならなくなってきました。ダメです!わたしはこの奴隷商「フィオーレ」の従業員です!他の子達に奴隷になると言うことに恐怖心を抱かせてはいけません!心を殺して毅然とした態度を維持するのです!


「よし、帰るぞ」


 ガシャッ


「あ!」


 鎖が引かれ部屋から連れ出されます。廊下に出て玄関に向かって歩くと逆側の廊下にセパヌイールさんたちの姿が見えました。わたしは一瞬目が合うと笑顔を浮かべます。大丈夫。大丈夫です。笑顔を浮かべることが出来たはずです。こんなに笑顔になるのが難しいと感じたのは初めてです。


 玄関を開けると目の前にクビナシの馬車が見えます。この馬車が見知った奴隷商と未知の世界との境界線です。従者が扉を開けクビナシが馬車に乗り込みます。その手に握られた鎖が引かれわたしも馬車に向かって一歩進みます。怖い、怖い、怖い、怖い・・・。


「早く来い!」


 無理やり引っ張られ馬車の階段に一歩足をかけます。まるで断崖絶壁の崖の端っこに立っている気分です。もう一歩踏み出せばわたしが終わってしまうかのように・・・。


「ひっく・・・」


 涙で視界が歪み始めます。我慢です!ここで泣いてはいけません!せめて、奴隷商のみんなに声が聞こえなく距離まで離れるまでは・・・。

 しかし足の震えは限界に達し、もう一歩も動くことが出来ません。再び鎖が引かれ上半身だけが馬車の中に入りますが足が動かないのです。

 馬車の床が目に入ります。ここは異世界です。わたしの知らない世界。もう戻ってこれないかもしれない世界。一気に血の気が失せます。馬車の中の床はまるでわたしの血を吸い取ったかのような赤い絨毯が敷かれています。


「いや・・・」


 無意識に声が漏れました。ダメなのに、押さえつけていた心の叫びが喉を押し上げて声にしてしまいます。下半身に暖かい液体が溢れ、足を伝って地面を濡らしていきます。


「こいつ!漏らしやがった・・・」


 目の前にいた従者の一人が言った言葉が一瞬理解できませんでした。わたしが?・・・。地面を見ると足元に水たまりが出来ていて、お披露目用のスカートが濡れて色が変わっていました。


「なんだとっ!?そんな汚い女を馬車に乗せるな!馬にでも括り付けろ!!」


 わたしは荷物のように従者の馬に縛り付けられました。馬の背中にしがみ付くように乗せられ手足は馬のお腹の下で縛られます。お漏らしをしただけでなく、大股開きのあられもない姿にわたしの平常心が崩壊しました。


「い・・・いやあああああっ!!誰か助けてっ!!助けてええええええっ!!・・・」


 クビナシの馬車とわたしを括り付けた馬がゆっくりと進み、奴隷商の正門を抜けて未知の世界に進み始めました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ