3話:ブランディーヌ
「よいしょっと」
腰の後ろでリボンを作り姿見で確認します。腰を捻って左右のバランスは良いか、服装に乱れはないか。
頭にホワイトブリムを乗せピンで留めます。
「これでよしです!」
わたしの名前はベアトリスです。物心つく前からここにいるので本当の名前はわかりません。ベアトリス、幸せを運ぶという名前は商会長さんであるジーリオ様がつけてくれた名前です。
わたしは昨日まではこの奴隷商「フィオーレ」の商品でした。
そして今日からはこの奴隷商「フィオーレ」の従業員です!
これからは商会長さんではなくジーリオ様とお呼びしなくては。
お客様に失礼のないように丁寧に接客をがんばります!
この奴隷商「フィオーレ」は没落した元貴族の館で、ジーリオ様が館を買い取り奴隷商にしたそうです。
部屋数は多く、元客間が大小全部で15部屋。そのすべてを奴隷見習いの女の子たちの部屋として使用していて、大部屋が10人、中部屋が7人、小部屋が4人で生活をしています。売れたり新たに増えたりで数は変動しますが、大体100人くらいいますかね?
食事の用意は年長の子供たちのお仕事、掃除洗濯などは年少の子供たちのお仕事です。
毎日することですが時々【清掃】や【料理】スキルを得ることもあります。
スキルを多く得るほど仕事もうまくなり、【料理3】スキルを得てお貴族様の御屋敷の料理人になった子もいます。先日売られて行ったペネロペは、ゼア・マイス王国の豪商の元で、2ヵ国の商会相手の交渉人になるそうです。そしてわたしは、
「おはようベアトリス。今日からよろしく頼むよ」
「おはようございますジーリオ様!こちらこそよろしくお願いします!」
廊下を歩いて食堂に向かっていると、正面から商会長であるジーリオ様が歩いてきました。
「食事が終わったらわたしの部屋に。今日は午前からお客様がみえられるからね。粗相のないように」
「わかりました」
ジーリオ様もわたしも、奴隷見習いの女の子たち皆と同じ食事をとります。さすがに100人は食堂に入れないので4交代ですが。
「おはよう皆」
「「「「「おはようございますっ!!」」」」」
みんな元気いっぱいですね。
「昨日スキルを得た子はいるかな?」
「「はい!」」
二人の女の子が元気よく手を上げました。左右の子たちはいいなぁ~って顔で見ています。
「そうか、それは何より。午後に鑑定してあげるから昼食後部屋に来なさい」
「「はぁい!」」
いいスキルを得ているといいですね。
その後もジーリオ様と子供たちは和やかに食事を楽しみ、次の子たちの為にちょっと急いで片づけます。
食事後ジーリオ様の執務室に行くと1枚の紙を渡されました。
「これからみえられるお客様のご希望だ。」
「・・・ジーリオ様これって・・・」
紙にはリストアップされた女の子の名前と、希望スキルが書かれていた。
【娼婦】の恩恵を持った子、と・・・
「わざわざお越し下さりありがとうございます」
「面倒な依頼をしてしまい申し訳ない。わたしは主人の代理で参りました、家令のリンゲンブルーメと申します。理由はお知らせした通りですが、そのため家名を名乗ることを許されておりません。ご理解ください」
代理の方が参りました。ご希望なのは主人、という方でしょうか?
「それで、そちらの子が?・・・」
リンゲンブルーメさんと名乗られた方がチラッとわたしを見て言いました。
「いえっ!!わたしは・・・」
【娼婦】スキルを持っていると思われて少し恥ずかしくなりました・・・
「その子はうちの従業員ですよ。ベアトリス、連れてきなさい」
「は・・・はい」
応接室を出て隣の小部屋をノックして入ります。そこにはキレイにメイクしていますが、落ち着かない感じで座っている女の子がいました。
「ブランディーヌ、ジーリオ様がお呼びよ」
「ベアトリス!わたしは怖いの!なんでわたしが【娼婦】なんてスキルを・・・」
ブランディーヌはどこにでもいる普通の女の子で、特に色気があるわけでも、男の子に媚びるような子でもありません。なぜそのスキルが手に入ったのかはわからないけど、
「ブランディーヌ、ジーリオ様を信じて。他にも【娼婦】スキルを持っている子はいるけど、ジーリオ様はあなただけが条件にあうと判断されたわ。きっとあなたが持っている。【道標】スキルが必要なのよ」
「ベアトリス・・・わかったわ・・・」
まだ足が震えていたけどブランディーヌが立ち上がりました。ブランディーヌの手を引いて隣の部屋に向かいます。手は痛いほどギュッと握られていました。
応接室に戻り扉をノックします。
「ジーリオ様連れてまいりました」
「入りなさい」
「失礼いたします」
扉を開けブランディーヌを促します。「信じて」小声でブランディーヌに伝えると、こっそりと【祝福】スキルを発動させました。ブランディーヌは小さく頷いて一歩一歩ゆっくりと部屋に入っていきました。
わたしはブランディーヌを連れてきた後席を外すように言われ、どのような話がされたのか分かりません。ただ、その日の夕食にブランディーヌの姿はありませんでした。
わたしはもやもやした思いを抱えたまま毎日の仕事をこなします。ジーリオ様は今まで「娼婦」として子供を売ったことはありません。それなのになぜ・・・きっと理由があるはずです、が・・・
それから数日経ちジーリオ様の執務室に呼ばれました。
「何か御用でしょうか?」
「まだ落ち込んでいるのかね?」
「え?・・・落ち込んでいるように見えますか?」
「・・・これが今日届いた。読んでみるがいい」
ジーリオ様は一つの封筒をわたしに手渡しました。すでに封が切られており差出人は・・・
『リンゲンブルーメ』と書いてあります。ブランディーヌを買って行ったあの家令さんです。
チラッとジーリオ様を見ると小さく頷きました。
少し失礼して執務室の隅の椅子に腰かけると便箋を取り出します。
『拝啓、先日は大変お世話になりました。
あのブランディーヌという娘のおかげで、坊ちゃまのトラウマも消えつつあります。
坊ちゃまと初めて対面させた時に坊ちゃまと大喧嘩をしたのにはいささか驚きましたが。
唯一の跡取りである坊ちゃまが女性恐怖症を発症し、主人も心を痛めておりましたが、光明が見えてまいりました。
主人は早くに亡くされた奥様の代わりに様々な女性を連れてきましたが、その全てが裏目にでたのです。
母の代わりになればと、坊ちゃまより年上の女性ばかりを連れてきましたが、10も年下の坊ちゃまと既成事実を作ろうとする者や洗脳しようとする者、我が家の財産を狙い坊ちゃまを見ず、その地位を狙う者ばかりでした。
しかしあのブランディーヌという娘は、坊ちゃまに近寄ろうともせず部屋の隅から話しかけておりました。
それだけ離れていれば坊ちゃまも怯えず会話が続いていましたので、わたしも安心して席をはずしたのですが・・・
暫くして坊ちゃまの悲鳴と泣き声が聞こえてきました。慌てて部屋に入ってみると真っ赤に腫れあがった頬を押さえて地面にへたり込んで泣く坊ちゃまと、その前で仁王立ちするブランディーヌの姿がありました。
何事かと思っているとブランディーヌが坊ちゃまをそっと抱きしめて一緒に泣き始めました。
とりあえず坊ちゃまに粗相を働いたと思われたので引き離そうとしましたが、坊ちゃまが強く抱きついて離れないため様子を見ることにしました。
今まで坊ちゃまが女性にしがみついて離れないなどということがなかったため、様子を見に来た主人も驚いていました。
二人の間でどういうやり取りがあったのか分かりませんが、その日以来坊ちゃまはブランディーヌからひと時も離れなくなりました。食事の時も散歩の時も就寝の時も。まだ、そういう関係にはなっていないようですがね。
坊ちゃまは他のメイドに話しかけられるとまだわずかに怯えが見えますが、ちゃんと受け答えはできるようになっております。
不思議なもので最近では年下のはずのブランディーヌが坊ちゃまより年上のように見え、坊ちゃまを可愛がっている姿には愛情を感じます。これが【娼婦】という恩恵の効果なのでしょうか?
主人は女性恐怖症が治ればそれなりの家禄の娘と結婚させるつもりでしたが、二人の様子を見てブランディーヌをどこかの貴族に形だけ養子に出すことにするそうです。さすがに坊ちゃまと奴隷では身分が違いすぎますので。
ブランディーヌ、愛情をこめて可愛がる、ですか。良い名をつけられましたな。
以上で契約時にお約束した報告を終わらせていただきます。
ジーリオ殿もお優しいですな。心配する従業員の為にこんな報告をさせるとは』
良かった・・・ポタポタと涙の雫が手紙に落ちてインクをにじませていきます。
ブランディーヌが幸せになれそうで安心しました。
ジーリオ様がひどい扱いをする所に送り出すわけがないと思ってはいても、心のどこかでもしかしたらっという考えが消えませんでした。
ごめんなさいジーリオ様。
「気は済んだかね」
「は、はい・・・」
わたしが泣き止まないのを見てジーリオ様がハンカチで涙を拭ってくれました。
「世話の焼ける従業員だね」
せっかく拭ってくれたのに、わたしはジーリオ様に抱きついてわんわん泣き続けました。




