22話:魔物の立場
アウロラ様が奴隷商に泊まった翌日、朝食後にわたしは鍬を持って東の畑に向かいました。アウロラ様やセパヌイールさんにマルグリットさん、レネーさんにその他の修道院から来た子たちが畑に集合していました。
「わたしも手伝わせてください」
「ベアトリス、ありがとう助かるわ」
アウロラ様が柔らかい笑みを浮かべて似合わない作業着を着ています。シスター姿しか見たことがないので違和感しかありません。
「それじゃあみんな頑張って畑を作りましょう!」
「「「「はいっ!」」」」
アウロラ様が木陰で横になっています。体力ないですね・・・
「みんな、ごめんなさい。わたしも手伝います・・・」
「「「「アウロラ様は寝ててください!」」」」
一番背が高いセパヌイールさんがものすごい高さから鍬を振り下ろします。力はそんなにないはずですが、その高さから振り下ろされる鍬は誰よりも深く土を掘り起こします。
うちに来てから毎日3食食べているせいか、外見上のお肉はさほどついていませんが体力はしっかりついていたようです。
少し回復したアウロラ様には種まきをして頂き、ほかのみんなで畑を耕し続けました。
昼食は畑の横に茣蓙を引いておにぎりをいただき、午後からは時間の空いたベルナデットや体力のある子たちも手伝いに来てくれました。
日が傾きかけた頃畑作りも一段落し、明日からは交代で修道院の子が水やりにくるそうです。
「アウロラ様、これを持って帰ってください」
豆の栽培を担当しているファビエンヌが、背嚢に一杯の枝豆をアウロラ様に差し出します。
「いいのですか?ありがとうございます」
アウロラ様がファビエンヌの頭を撫でてお礼をいいます。ファビエンヌもとてもうれしそうですね。
「みなさんもありがとうございます。ジーリオに、商会長様によろしくお伝えください」
そうしてアウロラ様はジーリオ様に会うこともなく修道院に帰って行きました。
そしてその夜。
コンコン
「・・・どうぞ」
「失礼します」
わたしはジーリオ様の元を訪れました。ジーリオ様は机に座って何か書き物をしています。ペンを動かしながら目線だけわたしに向けて「座りなさい」とおっしゃいました。
わたしがソファーに座るとペンを置き両手をあごの下で組んで声を掛けてきます。
「アウロラの畑はどうでしたか?」
「みなさんが手伝ってくださいましたのですでに種まきまで終わりました。明日からは修道院の子が面倒を見にくるそうです」
「そうですか」
ジーリオ様は席を立ち、部屋の隅でお茶の用意をします。
「ジーリオ様!わたしが・・・」
「いいから座っていなさい」
わたしの前にジーリオ様が煎れてくれたお茶が差し出されます。
「あ、ありがとうございます・・・」
「それで、何かお話があるのでしょう?」
どうお話をしたらいいのか、言葉にするのが難しいことってあるんですね。
「わたしは・・・ジーリオ様にもう二度と誰かのレベルを奪ってほしくはないです。だって努力の結果を奪うなんて・・・悲しすぎます」
「ふむ・・・では、人からは奪ってはいけないのに魔物からは奪ってもいいのですか?わたしの、魔物の努力の結果を人間は奪ってもいいのですか?」
「それは!・・・」
わたしは感情で物を言っています。それも人間側の立場でです。
「わたしから言わせれば、冒険者は魔物を虐殺している悪です。その冒険者を魔物のわたしが襲うことに何の問題があるのですか?」
わたしは何も言い返せません。
「迷宮は魔物の住処です。そこに侵入して魔物を殺し宝物を奪っていく。そんな人間に復讐して何が悪いのでしょう?しかも人間から奪ったレベルは人間に返しています。人間の被害はないに等しいのでは?」
確かに魔物側の言い分は筋が通っています。迷宮が出来た70年ほど前は地上に魔物はいなかったそうです。一説では人間が迷宮で魔物を殺し過ぎたため、魔物が反撃のために地上に現れたのではないかと言われています。
すべては先に手を出した人間が悪いのです。
「ジーリオ様のおっしゃることはもっともです。反論の余地もありません・・・でも、それでも、ジーリオ様には悪いことをしてほしくないのです・・・」
自然と涙が溢れます。人間と魔物、なぜ争わなければならないのでしょう。
「別に命を奪っているわけではありません。目をつむってはもらえませんか?」
わたしはブンブンと首を振ります。理屈はわかります。魔物側の言い分ももっともです。それでも人から奪ったレベルを与えられたくないのです。まるで人間の血肉を喰らって成長している気分なのです・・・
「そうですか・・・明日町まで出かけます。ベアトリスも一緒についてきてください」
急にどうしたのでしょう?どこにでかけるのでしょうか・・・
翌日早めの朝食をとるとジーリオ様と一緒に町に向かいました。早朝の町はまだ人も少なくお店も開いていません。
ジーリオ様は横道に入ると裏通りの娼婦街に来ました。
「ふあああ、さて仕事にいってくるか・・・」
「来てくれてありがとう。お仕事がんばってね」
娼婦街は一晩泊まってそのままお仕事に行く人がちらほらいました。
ガチャ
「本日はご利用ありがとうございました。またいらしてね」
「ありがとよ。また寄らせてもらうよ」
ローズさんです・・・お客さんを見送ってちょうど外に出てきたところでした。
「ん?あれ?ベアトリスちゃん!?どうしてここに・・・」
「あの、ローズさんおはようございます」
わたしはペコリと頭を下げます。すると隣のジーリオ様は帽子を脱いで胸に当て一礼されます。
「初めまして、以前はベアトリスがお世話になったそうでありがとうございます。奴隷商「フィオーレ」の商会長をしているジーリオと申します。少しお時間をいただけないでしょうか?」
ジーリオ様の目的はローズさんなのでしょうか!?
以前ジーリオ様がレベルを奪った女性。ローズさんに何の御用なのでしょう・・・