20話:ベアトリスの葛藤
「ジーリオ様、お話があります」
「話?何か相談事かな?ずいぶん思いつめた顔をしてるね・・・」
表情の作り方を忘れてしまいました。いつもどうやって笑顔を作っていたのでしょう。
「わたしは先日夜中に外出いたしました。ジーリオ様が出かけられた夜です」
「・・・」
ジーリオ様が手の平を組み合わせて顎を載せわたしを見上げます。
「そこで一人の女の人に出会いました。彼女はある魔物にレベルとスキルを奪われたそうです・・・」
「・・・続けて」
ジーリオ様は無表情になり話の続きを促します。
「冒険者だった彼女は結局冒険者を諦め、今では娼婦として暮らしています。ロズリーヌさんのお仲間だったそうです」
「・・・そうですか」
「クラウスさんがおっしゃっていましたね。『魔物も倒さずに恩恵を得た者なんて聞いたことがありません』と。魔物にレベルとスキルを奪われた方がいて、魔物も倒さずスキルを得たわたしたちがいます」
ジーリオ様、何かおっしゃってください。でないとわたしは、決定的な事を聞かなければならなくなります。
「あれは失敗でしたね。皆に早くスキルを覚えて欲しくて、つい普通の冒険者にも手を出してしまった」
やっぱり・・・そうなのですね・・・ジーリオ様。
わたしはメイド服を握りしめてボロボロと涙をこぼしました。
「どうして・・・」
「どうして?不幸な子供たちを一人でも減らすためだよ。レベル20の人から得られる経験値は20人の子供たちのレベルを4上げられるほどなんだよ。レベル5まで上がれば必ずスキルが得られる」
「そう言うことじゃないんです!命を懸けて魔物と戦って苦労して手に入れたレベルとスキルを、わたしたちに奪われた人たちがいるんです!わたしたちの為に不幸になった人がいるんです!」
わたしは膝をつき顔を覆って泣き続けます。ジーリオ様はわたしたちの為にしたことなんでしょうけど、わたしたちは、少なくてもわたしは、そんな事望んでないんです!!
人の不幸の上に幸せなんてないんです!
「ベアトリスの言いたいことはわかるよ。ベアトリスは望んでないことも。でもね、それをセパヌイールに言えるかい?君のスキルは他の人から盗んだものだから返しなさいって」
「そ、それは!・・・」
涙を流して喜んでいたセパヌイールさん。これからスキルを活かして頑張るねって、一日3食の料理当番を引き受けたセパヌイールさん。
「わたしのしていることは偽善だよ。いや、悪いこともしているから偽善でもないね。わたしは悪なのだろう。それでも別に構わない。例え悪であるわたしから受け取ったスキルだとしても、それで生きる道を見つけられる子たちがいるんだよ」
「それじゃあ!不幸になった人はどうすればいいんですか!?」
ジーリオ様はポツリと、「運が悪かったね」と。
「冒険者をしていたその人は、明日死んだかもしれない。レベルとスキルを失ったおかげで冒険者を辞め、助かったのかもしれない」
「そんなの!ただの言い訳です!今でも元気で冒険者を続けてたかもしれないじゃないですか!」
「そうだね。でもね、彼女は魔物に襲われレベルとスキルを失った。魔物がわたしでなかったら彼女はそこで死んでいたよ?それどころかわたしが殺していたかもしれない」
ビクッ!
ジーリオ様が人を殺す?・・・
「わたしはニンゲンじゃないんだ」
ニンゲンじゃないって?・・・ジーリオ様は魔物だと言うのですか?・・・
「まあ正確には半分だけニンゲンだけどね」
頭が混乱してきました。わたしのジーリオ様は、敬愛し崇拝していたジーリオ様は一体何者なんですか?
「昔話をしようか。わたしはね、子供の頃ニンゲンに殺されかけたんだ。父の記憶はないけど母はニンゲンだった。しかしわたしがニンゲンと魔物のハーフだと分かると、普通のニンゲンである母は魔女だと言われ火あぶりにされた。悲しかったよ、悪いことをしていなくてもニンゲンは母を殺した」
人間にお母さんを殺されたジーリオ様が、人間であるわたしたちの面倒を見てくれています。どう思っているのでしょう・・・
「わたしと弟も死を覚悟した時、とある女性に助けられた。女性と言ってもその人もニンゲンではなかったけどね。助けられた後わたしは孤児院で暮らし、15になった時孤児院を出て、フリージア王国の孤児院で働くことにした。弟がいるからそこで働きたかったけど貧しい孤児院でね、アウロラの所と同じで一日一食。従業員を雇う余裕はなかったんだよ」
そういえばジーリオ様はアウロラ様とご結婚されるのですよね。アウロラ様はジーリオ様がニンゲンじゃないってご存じなのでしょうか?・・・
「フリージア王国の孤児院は当時のナターレ男爵の娘、プラトリーナ様が創立された孤児院だった。ナターレはこの国より豊かだったおかげで一日二食を食べることが出来、孤児院では読み書き算術などを教えていた」
「それってこの奴隷商と同じ?・・・」
「そうだよ。奴隷商「フィオーレ」はプラトリーナ様の孤児院を参考に作ったものだ。さすがに国からの支援がないから孤児院としてはやっていけないけどね」
ジーリオ様が苦笑しながら話を続けます。
「プラトリーナ様は素晴らしいお方だった。あの時代の孤児院の中で唯一未来を見れる場所だった。普通の孤児院だったからスキルを得ることはできなかったけど、皆読み書き算術の勉強のおかげで町の酒場や雑貨屋で仕事を見つけた子もいたよ。ただ仕事を見つけられる子は極わずかで、大部分は冒険者になるか娼婦になるかしか道はなかったけどね」
それは今の孤児院や修道院と変わりはありません。
「プラトリーナ様のおっしゃった言葉を今もしっかり覚えているよ」
『私には1の知識しかありませんが、それでも数人は救うことができるでしょう。しかし10人の子供に教え育てれば、1の知識をもった者が10人になり、数十人を救うことができます。優秀な子が育てば2の知識を持つ子も産まれます。そして3の知識を持つ子、4の知識を持つ子、その子たちが次代の子供たちを教え育てれば、いずれ国をも救うことができるのです』
「わたしはね、プラトリーナ様の考えを周到してすべての子たちに未来を見せてあげたいと思うようになった。そのためのスタート地点として1の知識を持っている子ではなく、奴隷商を出ていくときに5の知識を与えようと思ったのだよ。ベアトリス、君は教師になりたいと言ったね。それこそまさに5の知識を持つ者だよ。君が教え育てれば5の知識をもった者が多く奴隷商を巣立ち、その先で5の知識を広めてくれる。君たちが大人になりこの国、いや、この大陸全ての国を救うことができるようになればわたしの、プラトリーナ様の願いが叶う」
なぜでしょう。ジーリオ様はすごく優しい笑顔で未来を語っています。「母を殺したニンゲンを恨んではいない。知識の乏しい時代が悪かったのだ」と。ローズさんのように不幸になった人がいるのに、ジーリオ様のお考えが素晴らしいものに聞こえてしまいます。
「確かにわたしは幾人もの人を不幸にしてしまった。弁解の余地はないよ。わたしに戦う力があればわたしが強くなってレベルを分け与えてあげられるんだけどね。わたしには戦闘系のスキルがないんだ。いつの日かわたしが討伐されるまで、わたしは子供たちを育て続けるだろう。1の犠牲で100を救えるなら、わたしはそれを選び続ける」
沈黙が続きました。ジーリオ様は話は以上だと言わんばかりに目を閉じてわたしの審判を待っているかのようです。
【隷属】スキルを受けているわたしには、ジーリオ様の話を誰かにすることは出来ません。
1人の犠牲もなく101人を救いたいと思うのは子供の考えなのでしょう。現実はそんなに甘くありません。
それでも何か他に手段はないのでしょうか?・・・
「少し・・・考えさせてください」
わたしに言えたのはそれだけでした。