2話:ベアトリス
「どうしたのかね?覚えたいスキルでもあるのかな?」
わたしは商会長さんの執務室を訪ね、お願いしてみることにしました。
「商会長さん、わたしを・・・わたしを買ってください!」
「ふむ・・・いくらかね?」
え?本当に買ってくれるのでしょうか?・・・
「さんびゃく・・・」
先日の豪商の方はわたしに金貨300枚の値段をつけました。それなら。
「いえ、金貨150枚でどうでしょうか?」
「ふむ、その値段にした根拠を聞かせてくれるかい?」
「え?ペネロペを買ってくれた豪商の方が金貨300枚と言っていたので・・・その半額ならと・・・」
根拠なんて何もないのです。わたし自身、わたしの価値が分からないので、唯一提示された額の半分ならっと。
「彼が君に300枚を提示したのは1つの国の言葉に100枚を価値と定めたからだ。3ヵ国との交渉でそれ以上の儲けを見込んだからだね。奴隷商のわたしがその3つの言語に価値を見出すかだが・・・0だね」
そ、そんな・・・
「値段のつけ方が間違っているよ。戦闘ギルドに君が金貨300枚で売れると思うかい?せいぜい10枚つけばいい方だろう。それも愛玩用で」
じぅまい・・・わたしは膝から崩れ落ちました。確かに胸はないですけどぉ!まだ12歳ですし!
「奴隷商としては言語に価値は見いだせないが、君の価値は他にあるからね・・・」
あまりのショックに話を聞いていませんでした・・・
「お姉ちゃんどうしたの?」
「魂ぬけちゃってんなぁ・・・」
「お腹すいたですぅ~」
わたしが3ヵ国語を覚えたのは、それが一番望まれるからだと思ったからです。商売するなら「迷宮」語が必須だと・・・奴隷商は・・・商売?ですよね?ちがうのでしょうか・・・
わたしが持ってるスキルなんて、3ヵ国語以外ですと・・・円満スキルと祝福スキルだけです。
「はぁ~・・・次はどのスキルを覚えればいいのでしょうか」
「「「料理!!!」」」
「わっ!?」
独り言のつもりだったのに返事が返ってきました。そういえば晩御飯を作るのを忘れていました・・・
「ごめん、ごめんね、お姉ちゃんうっかりしてて~すぐ何か作るからね」
いけないいけない。小さな子供たちの面倒も見れないなんて、商会長さんに知れたら・・・わたしなんて・・・
パァンッ!
よしっ!負けるもんか!なんでしたっけ?料理?そうです!次は料理スキルを取りましょう!
ほっぺの痛みで記憶の一部が飛んじゃいました。
とある国のとある町にちょっと変わった奴隷商があります。
お店の商品は「未成年の女の子」のみ。
数十年前、大陸各地で魔物が暴れまわりどの国、地域も多大な被害がでました。
両親が魔物に殺された子、生活苦で親に捨てられた子、戦火で焼け出され行き場の無くなった子、そんな子供たちは最初、修道院や孤児院に引き取られました。
しかしその数が日々膨らみ修道院も孤児院も引き取り切れなくなり、それでも子供を引き取った所は財政破綻を引き起こしました。
そんな時一人の若い男が修道院や孤児院に現れ、子供を引き取ると申し出た。
男は「貴族」と名乗ってはいたが、家名も告げず家令も連れてはいない。
そんな男に子供を引き渡すのはためらわれたが、金貨100枚の入った袋を置いて、
「今いる子供を引き渡すのはためらわれるでしょう。新たに子供が来た時にわたしの所を紹介してくれればいいのです。我が奴隷商「フィオーレ」に」
奴隷商に子供を引き渡すなんて!っと、ほとんどの修道院、孤児院は思いましたが、100名を生かす為に1名を・・・と考える現実的な考えを持っている人もいました。
男が引き取るのは「女の子のみ」。この世界の人口比率は男女で1:3。圧倒的に男が不足しているのです。それにもかかわらず貴族、政治、軍事の中枢は男で占められ、死んでいくのも男ばかり。
その為子供で重宝されるのは「男の子」なのです。ただでさえ男は女に比べて病気や怪我に弱く、医者にかかれる貴族でも跡取りが皆死んでしまい、養子を取らざるを得ないこともあるのに。
ある孤児院の院長が男に尋ねました。
「なぜ女の子のみなのですか?正直申し上げて男の子ならすべて売り物になるでしょうが、女の子で売れるのはごく一部のみ。それなのになぜ?」
「わたしの元上司はとても優秀な女性でして。能力のあるなしに男女は関係ないのです。わたしは能力のある「女の子」が、ただの愛玩用として埋もれていくのが許せないのです。「女の子」は貴重な人材なのですよ」
この世界で「女の子」が成り上がるためには、男の子以上の努力をしなければなりません。同じ能力なら力も強い男の子が選ばれるからです。
男の考え方は今の時代では異端とも言えるものです。
しかしその考えに共感した院長は、7歳から10歳の女の子10名を男の元に送り出しました。
それから6年後、すべての女の子が奴隷として売られて行きました。
貴族のメイドとして、豪商の会計係として、他国の領主の側仕えとして。ただの孤児院で育った女の子では決して就けない職業についた子さえいたのです。
奴隷としての仕事は10年。それを過ぎればそのまま雇用されるなり、辞めて結婚するなり自由です。
孤児院の院長は考えさせられました。
わたし達がしているのはただ育てることだけ。日々の食事の世話で精一杯だ。そのため孤児院を出てもろくな仕事に就けず、仕方なく娼婦になるか冒険者となり命を落とすか。そんな子ばかりを育ててきた。しかし、あの男は生きるための知識を与えて育てたのだ。
どこかで聞いたことがある。お腹を空かせた子供に食べ物を与えることは解決にならない。食べ物を得る方法を教えることが解決なのだ、と。
優秀な奴隷として育て、売却した利益で再び優秀な子を育てる。
あの男がしていることは言葉を換えれば優秀な人材を育て、育った人材を適材適所に送り込み、その謝礼で次の子を育てる。
奴隷の立場とは言え、子供たちはすでに食べ物を得る方法を見つけている。その期間は10年だ。
わたしの孤児院を巣立った子と奴隷商から売られた子、一体どちらが幸せになれるのだろうか・・・と。
わたしを買ってくれるように頼んだ翌日、商会長さんの部屋に呼ばれました。
わたしの価値は金貨0枚と言われた直後なので足取りは重たいです。ところが、
「いいでしょう。君を買いましょう」
「え!?・・・」
本当に買って下さるのでしょうか?・・・金貨・・・いえ、銀貨1枚でも値段がつくのなら・・・
「金貨500枚でどうですか?」
ドンッ!っと商会長さんの机の上に大きな革袋が置かれました。
「ええええええええええっ!?き・・・金貨・・・ごひゃくまい・・・」
「君の円満スキルと祝福スキルが欲しいと、金貨500枚を提示された他国の領主様がいます。君が望むのであればそれも良いでしょう。しかし、わたしも手放すのが惜しくなりました。なので君に選ばせてあげます。他国の領主様の元へ行くか、わたしの奴隷商を手伝うか」
急なことで頭が混乱してしまいました。わたしなんかを金貨500枚で買ってくださる方がいる・・・
「お聞きしてもいいのでしょうか?その領主様って・・・」
「そうですね・・・名前を聞いたこともあるでしょう。フリージア王国のナターレ領女性領主様です」
それって!?女性で初めて貴族になられたという、女伯爵ナターレ!!
そんなお方がわたしなんかを・・・
「一晩じっくりと考えるといいですよ。返事は明日聞きましょう」
「・・・いえ、わたしの答えは決まっています。女伯爵ナターレ様にはお断りのお返事をお願いします」
「よいのですか?」
わたしの望みはずっと変わらないのです。服の裾をギュッとつかみ告げる。
「わたしはここで、皆がより良い所へ行けるように教え育てたいのです!」
「そうですか・・・昔、女性初の医者の話を聞いたことがありますが、女性初の教師になるのもいいかもしれませんね」
「あ、ありがとうございます!」
自然と笑顔になりました。わたしは確信しています。今の笑顔が人生で一番の笑顔だと。
「ようこそ奴隷商「フィオーレ」に。これからもよろしく、ベアトリス。幸せを運ぶ子よ」
「はいっ!がんばります!」