12話:アストリ
「【免疫1】」
アストリの身体が淡い光に包まれ、黒い髪が銀色に変わっていきます。銀色の光の粒が螺旋を描いて足元から上に向かって渦を巻きます。風も吹いていないのに髪がふわふわと浮き上がり、身体全体が発光しています。
「な、なんですかこれは!?」
シスターアウロラさんが驚愕してジーリオ様に詰め寄ります。他のシスターさんたちも騒ぎ始めました。
「安心してください。アストリの持つ恩恵で皆さんに感染しないように処置をします。この患者の近くにいた人を全員集めてください」
「感染?風邪が移るということですか?」
ジーリオ様はシスターアウロラさんに向き直り、「まずは貴女から、ですね」と言ってアストリの前にアウロラさんを押し出しました。
「え?」
「失礼しますね」
ムチュ
「んむっ!!!!!!!!!!!!!!!!」
アストリは一言断りを入れて、シスターアウロラさんの首に手を回し背伸びをしながら唇を奪いました。
「な、ななななななななななっ!!」
顔を真っ赤にしながらシスターアウロラさんが後ずさりします。
アストリはしれっとした顔をして、「次」とだけ言いました。
「アストリは病気を治すことはできませんが、病気の蔓延を食い止めることができます。アストリの体液を取り込んだ人はこの患者の病気が移りません」
ジーリオ様の言葉にもシスターさんたちは半信半疑な反応をしていますが、アストリの神秘的な姿を見て一人、また一人とアストリの前に進みます。この場にいるシスター全員にキスをするとアストリがこちらを振り向きました。
「あ~えっと・・・」
「次はベアトリスの番」
わたしのファーストキスなんだけど・・・まさかアストリに奪われるなんて・・・
「ジーリオ様」
「ん、頼むよ」
あああああああ!ジーリオざまあああああっ!!免疫の為と分かっていますが直視することができません・・・
その後オフェリーにもキスをすると、シスターに連れてこられたファイエット、ドゥニーズ、ジェルメーヌにもキスをしました。
四つん這いで這いつくばっているわたしの側にファイエットとドゥニーズも加わりました。
「ごちそうさま」
アストリ、ごちそうさまって・・・せめて治療の体裁は保ってよ・・・
夜が明けました。
オフェリーの【看護】スキルの効果なのかウジェニーの容態が安定してきました。まだ熱はありますがあまり咳がでなくなり、呼吸も落ち着いてきています。
そういえばジーリオ様の姿が見えませんがどちらに行かれたのでしょう?
ウジェニーの看病をオフェリーに頼み、シスターアウロラさんの事務室に向かいます。
事務室の近くまで来るとちょうど扉が開きました。
「本当にいいのジーリオ・・・」
「かまわないよ、前々から考えてたことだしね。わたしの所に来るのを躊躇しているようだから迎えに来ようと思ってたとこだよ」
な!?わたしは咄嗟に廊下の角に隠れます。俯いてもじもじしているアウロラさんと、アウロラさんの肩に手を乗せて優しく声をかけているジーリオ様!?迎えに来るって・・・
「ご迷惑をかけるかもしれませんけど・・・」
「そんなことはないさ。君の為に空けていた場所だ、皆もきっと喜んでくれるさ」
君の為に空けていた場所!?そ、そそそそんなっ・・・確かに昔付き合っていたらしいですけど、まさか復縁していたなんて・・・
「それじゃ4人を連れて行くよ。ウジェニーの看病はまかせてくれ」
「・・・ええ、お願いします」
ジーリオ様がこちらに歩いてきたのでわたしは急いでその場を離れました。
馬車は4人乗りで2人掛けの長椅子が向かい合わせに設置されています。その片側にウジェニーを寝かせ、向かいの席にオフェリーとアストリが座ります。御者席にジーリオ様が座り馬車を発車させました。
わたしはファイエットとドゥニーズさん、ジェルメーヌを連れて歩いて戻ります。
「それではシスターアウロラさん、これで失礼させていただきますね。一晩ありがとうございました」
わたしが頭を下げると3人も「お世話になりました」と言って頭を下げます。シスターアウロラさんは3人とそれぞれ抱擁し別れを惜しみます。
「ベアトリス、ウジェニーを頼むわね」
「おまかせください」
と言ってもシスターアウロラさんはすぐにうちに来るのでしょうね・・・
「でも、すぐにお会いできるでしょう?奴隷商で」
「!」
思わず言ってしまいました。ジーリオ様も何もおっしゃられないし内緒だったのでしょうね。
「知っていたの?・・・」
「ええ、まぁ・・・それでは奴隷商でお待ちしておりますね」
わたしは無理に笑顔を作って、2人目のご主人様になるアウロラ様に頭を下げるのでした。
「ベアトリスさん、これからもよろしくお願いしますね」
はい、奥様・・・と言う言葉は喉から出てきませんでした。言いたくなかったから。醜い嫉妬ですね。ジーリオ様とわたしはそれこそ親と子ほど年が離れています。相手になんてしてもらえるわけがないのに・・・例えジーリオ様がロリコンだったとしても・・・
わたしは頷いただけで修道院を後にしました。
「さあ、ファイエット、ドゥニーズさん、ジェルメーヌ、行きましょう」
修道院を振り返ることなく、わたしたちは賑わい始めた朝の通りを歩いて行くのでした。
気分が落ち込んでいましたが、同年代の女の子たちと会話をしているうちに少しづつ気分も和らいでいき、途中からは笑えるようになっていました。
ファイエットは話好きであれこれ目に映る物を指さしてはアレはおいしそうだとか、アレってかわいくない?と聞いてきます。
建物の角を曲がってもう少しで奴隷商の屋敷が見えるところに来ると、昨夜のことを思い出しました。
「あ、ここは昨夜の場所・・・」
そう思って2階を見上げると、窓枠に頬杖をついて空を見上げているクラルスさんの姿がありました。ふっとわたしに気づいたようで窓枠から乗り出し声を掛けてきます。
「おや?昨日のお嬢ちゃんじゃないか、えっと、ベアトリスだっけ?」
「昨夜はありがとうございました。いい紹介状を拾いましたね」
軽く嫌味を込めてお礼を言います。
「ははは、まあそう言うなよ。助けたのは本当に親切心からだぜ?確かにいい拾い物だったけどな。その子らもベアトリスんとこのその、アレなのか?」
周りに人もいますのでクラルスさんが言葉を濁して聞いてきます。一応そのくらいの気遣いはできるんですね。
「ええ、今日からわたしたちの家族になる子達ですよ」
わたしが振り向いて皆を見渡すと、3人ともペコリと頭を下げます。
「へ~それじゃ頑張らないとな。そうだ、ジーリオさんに伝言頼むよ。3日後商品について相談があるってね」
「わかりました。お伝えしておきます。ただし、うちの商品は高いですよ」
一応くぎを刺しておきます。一冒険者に簡単に買える額ではないですからね。
「全財産を用意しとくよ・・・」
クラウスさんが手をひらひらさせて部屋に引っ込んだので、わたしたちも先を急ぐことにしました。
街はずれの小川を越えて少しくねくねした道を進むと、丘の上にお屋敷が見えてきました。
100人近くの奴隷とジーリオ様しかいないお屋敷は、召使もメイドや執事もいないため、様々な魔道具で管理されています。例えば正門前にわたしが戻ってくると、
ギィッ・・・
「奴隷商にようこそ!今日からここが貴方たちの家であり勉強して自らを高める場です。これから頑張りましょう!」
奴隷商の正門に到着して、わたしはくるりと3人に振りむき両手を広げて宣言しました。
その背後では門が自動で開いていきます。不思議な光景に3人は呆気にとられていましたが、はっと思い出したように声をそろえて、
「「「よろしくお願いします!」」」
【子爵令嬢付与魔術士】一人じゃ何もできないけど、仲間のドーピングは得意です♪もよろしくお願いします。