11話:クラウス
すごいです。一瞬で2人の男を倒してしまいました。
盗賊風の男2人が左右から襲い掛かってきましたが、わたしがびっくりして目を瞑っている間に終わっていました。
ドサッっという人の倒れる音がしたので、そっと目を開けてみると目の前に若い男性の顔のドアップがありました。
「き・・・きゃあっ!」
わたしは後ろに尻もちをついて距離を取ります。
「うん、まあかわいいけど・・・やっぱまだガキか」
またガキって言われました。むぅっとほっぺを膨らませながらも、助けていただいたのは事実なのでお礼を言わないといけません。わたしは立ち上がってスカートのお尻についた砂を払い落とします。
「助けていただいてどうもっ!」
そっぽを向いてお礼を言います。チラッとその若い男性を見ると、わたしを無視して倒した盗賊の懐を漁っていました。
「お、このダガーはまあまあだな。金は・・・しけてやがんなぁ・・・」
どちらが盗賊か分からなくなりました。
「まあ、いいか。んでお嬢ちゃんはこんな時間にどこに行くんだ?」
そうでした!こんなことをしている場合ではありません!急いで奴隷商に戻らなければ!
「あ、あの!助けていただいたことにはお礼を言いますが、わたし急いでいるのでこれで!」
バッっと勢いよく頭を下げ、振り向いて走り出そうとすると。グキッ。
「いたっ!」
足首を捻ってしまいこけてしまいました。捻挫でしょうか・・・こんな時に・・・わたしの祝福スキルはいつ仕事をしてくれるのでしょう・・・
「しょーがねーな」
若い男性がわたしの背中に触れ、身体がビクッっと跳ねました。
「よいしょ」
身体が宙に浮きわたしを抱えようとします。ま、まさか・・・噂に聞くお姫様抱っこ!?ここで祝福!?
「よっし、んで家はどっちだ?」
胴体に手を回し小脇に抱え上げられました・・・荷物扱いです。額の青筋がピキッっと音を立てました。
しかし背に腹は代えられません、連れて行ってもらうことにします。
「町はずれにある奴隷商まで・・・」
「ん?お前奴隷なのか?」
ひょいひょい歩きながら聞いてきました。そういえば名前も名乗っていませんでした。
「わたしはベアトリスです。奴隷商「フィオーレ」の従業員をしています」
両手両足をだら~んとぶら下げて自己紹介をします。かつてこんな格好で自己紹介をしたことがあったでしょうか・・・あるわけありません。
「あ~噂の奴隷商か。なんでも恩恵を持ってる子がいっぱいいるって聞いたな。それでメイド服なんか着てるのか。おっと俺の名前はクラルス、冒険者だ」
ニカッっと笑いながら親指で自らを指差して名乗ります。クラルスさんですか、まあ悪い人ではないんでしょうけどなんか苦手ですね。
ほどなくして奴隷商が見えてきました。見慣れたはずのお屋敷ですが、明かり一つない真っ暗な建物は少し不気味にみえますね。昼間は屋敷を彩るアクセサリーに見える蔦が、今は黒い触手のようにざわざわと揺れ動いて見えます。
「正門は開いていないので裏に回ってください」
「あいよ」
錆びた扉を押すとギィッっと思ったより大きな音を立てて開きました。そこから玄関のある正門側に回ると扉の左右にある魔道ランプに火が灯りました。ランプの下には小さな水晶球が壁に埋まっており、それに触れるとジーリオ様のお部屋のベルが鳴ります。脱走した子が戻ってきた時の為の連絡用です。暫く待つと『誰だい?』っとジーリオ様のお声が聞こえました。
「わたしです、ベアトリスです!」
『ベアトリス!?どうしたんだいこんな時間に・・・』
カチャリと鍵の開く音がしました。
『とりあえずわたしの部屋に』
ここでクラルスさんとお別れしようと思いましたが、部屋まで距離もありますし、「挨拶くらいさせてくれよ」とおっしゃるので連れて行ってもらうことにしました。
部屋の前まで来るとクラルスさんはわたしをひょいっと持ち直しお姫様抱っこにしました。え?なんで今更?
そして扉をノックし、
「怪我をしたベアトリスさんをお連れしました。クラルスと申します。入ってもよろしいですか?」
「あ、あの!」
わたしの制止の声が聞こえたのかジーリオ様が確認してきます。
「ベアトリスいるのかい?」
「は、はいっ!」
わたしの声色から判断したのかジーリオ様が「どうぞ」と言いました。
「失礼する」
なんでしょう、クラルスさんは先ほどまでのちゃらんぽらんな態度が一変して、礼儀正しく対応されます。お姫様抱っこされたままお部屋に入るとジーリオ様と目が合いました。ガウンを羽織ったジーリオ様に見つめられ、急に恥ずかしくなったので「もう降ろしてください!」と言って床に足をつけます。
ズキッ
「つっ!・・・」
先ほどより足首が腫れていて立っていられません。
「ベアトリス!」
ジーリオ様が駆け寄ってきて下さり、ソファーまで運んで下さいました。
今度はジーリオ様のお姫様抱っこですっ!!
あああ、なんかいい気分ですね。祝福スキルに感謝を!
「俺の名前はクラルスと言います。さきほど町中で盗賊に襲われている所を助けたのですが、足を挫いていたのでお連れしました」
クラルスさんを見ていたジーリオ様がわたしを振り返ったので頷きました。
「それはわざわざありがとうございます。わたしはこの奴隷商の商会長をしているジーリオです。お礼を差し上げたいがこの時間です。また後日お越し願えませんか?」
「お礼など結構ですよ。お嬢さんも何か急ぎのご様子、今度は客として訪れたいものです」
我が奴隷商は貴族以外の一見様はお断りしています。基本的に紹介状が必要ですが・・・
「わかりました。歓迎いたしますよ」
「感謝します」
そう言って一礼し部屋を出て行かれました。わたしが奴隷商の従業員と知って顔つなぎに利用されたようです。意外に腹黒いのかもしれませんね・・・
ジーリオ様が魔道具を操作して正門を開くと、暫くしてクラルスさんがそこから出ていくのが見えました。それを確認してから正門を閉じやっとわたしに向き直ってくださいました。
「ベアトリス、とりあえず治療するよ。【回復1】」
ジーリオ様の手が薄緑色に光りわたしの捻挫した足に触れました。見る見るうちに腫れが治まり治癒していきます。
「ありがとうございますジーリオ様」
「修道院で何があったのです?」
「そうです!えっと、うちに来る予定の子が急な病で!それで・・・」
ジーリオ様の元に帰ってきて緊張の糸が切れてしまい、わたしは焦ってしまいました。何から説明したらいいのか・・・
「落ち着いてベアトリス。病気になったのは1人かい?」
「は、はい!」
「症状は?」
ジーリオ様が順番に聞いて下さるので、わたしはそれを答えることに集中できます。
「高熱が出て意識はないです。あと咳がひどくて・・・夕食を食べてる時は普通でした」
「皮膚に異常はなかったかね?赤い斑点や黒いシミとか?」
「・・・いえ、特に異常はみられませんでした」
「ふむ・・・」
ジーリオ様がソファーに身体を預けて考え込んでいます。
「おそらく、疫病の類ではないと思いますが、重い風邪かもしれませんね」
「ジーリオ様、オフェリーとアストリに来て頂くことはできませんか?」
オフェリーは【看護】スキルを持っている子で、病気の回復が早くなります。そしてアストリは【免疫】という変わったスキルを持っています。
「アストリを?そうですね・・・わかりました。ベアトリスがそう言うならそうした方がいいのかもしれません。二人を起こしてきてください。わたしも準備します」
コンコンコン
オフェリーの部屋の扉をノックしますが返事がありません。こんな時間ですから熟睡しているのでしょう。
「ごめんね、入ります」
オフェリーの部屋は4人部屋でみんな眠っているようです。オフェリーは・・・どこで寝ているのでしょう?毛布を頭までかぶっているので誰なのかわかりません。・・・いました。一人毛布を蹴飛ばして寝ている子がオフェリーでした。
「オフェリー起きて」
身体を揺すりますが中々目を覚ましません。他の子を起こすのは悪いのであまり大きな声は出せません。仕方ありません、奥の手です。
「オフェリー・・・ジーリオ様がお呼びよ」
「えっ!?」
オフェリーが半眼で跳ね起きました。目と同じ色の茶色い長い髪があちこちに跳ねまくっています。
「はにゃ?・・・商会長様は?・・・」
寝ぼけていますがとりあえず起きてくれてよかったです。
「オフェリー、緊急事態よ。すぐに着替えてジーリオ様の執務室に来てちょうだい」
「はえ?あ、う・・・うん!」
オフェリーが服を脱ぎ出したのでアストリの部屋に向かいます。アストリは変わった子で”広い所では眠れない”らしく、一人1m四方ほどの箱の中で寝起きをしています。階段下の空間にある箱がアストリの部屋です。
「アストリ。起きてくれる?」
箱をコンコン叩きながら声をかけると、
「ベアトリス?どうしたのこんな時間に・・・」
箱の一部がスライドしてアストリが顔を出しました。オフェリーと違い寝起きはいいようです。
「緊急事態なの、着替えてジーリオ様の執務室にきてもらえる?」
「ええ、わかったわ」
窓が閉まって中でもぞもぞやっている音が聞こえてきます。よくこんな狭い所で暮らせますね。
しばらくして箱の扉が開きアストリが出てきました。いつも着ているお気に入りのワンピースで胸元にオレンジ色のリボンが付いています。長い黒い髪は寝起きとは思えないくらいに綺麗に整っていて艶々です。
「おまたせ。いきましょう」
夜中の町を一台の馬車が走って行きます。奴隷商保有の馬車で、馬がいなくても動く魔道馬車です。ジーリオ様の魔力で動かしているらしく、わたしもそれ以上のことは知りません。
馬車には御者席にジーリオ様とわたし、中にオフェリーとアストリが乗っています。
ウジェニーは無事でしょうか?早く!一刻も早くウジェニーの元に!気ばかりが焦ります。
やがて修道院に到着しました。修道院の正門は開けはなたれ、貴重な油を使ったランプが幾つも灯っています。馬車はそのまま修道院の中まで入り、玄関前に横づけしました。
「ジーリオ!?来てくれたのですね」
「当たり前ですアウロラ。患者はどこに?」
シスターアウロラさんが出迎えてくださり、ジーリオ様とわたしたちをウジェニーの部屋に案内してくださいました。
部屋の中にはウジェニーとシスターだけで、ファイエットたちは別の部屋に移動させたようです。
ウジェニーは変わらず荒い呼吸をしていて、顔には玉の汗が浮かんでいます。
「ジーリオ様!」
ウジェニーからジーリオ様に視線を移すと、上着を脱いだジーリオ様が魔法の準備をしていました。
「ベアトリス、下がりなさい。【鑑定1】」
寝ているウジェニーの足元から頭に向けて光の環が移動していきます。
【ウジェニー・ツー・ミュラー】
人族:女
年齢:9歳
レベル:3
状態:流行性感冒
「・・・ウジェニー・・・ツー・ミュラー?」
え?ジーリオ様が鑑定で見た名前を呟かれました。ウジェニーに貴族の姓が!?教養があるとは思いましたが、まさか元貴族だったなんて・・・
「流行性感冒だ・・・ただの風邪じゃない。オフェリーウジェニーの看病を頼む。鼻と口元を布で覆え」
「は、はいっ!」
オフェリーは乱れていた髪をポニーテールにまとめると、三角巾用の布を取り出し鼻と口元を隠して頭の後ろで縛りました。お湯を沸かし汗を拭きとりこまめに給水します。
「アストリ、君のスキルが必要だ。【免疫】スキルで抗体を作ってくれるか?」
「分かりました」
アストリも長い黒髪を後ろで束ねながらウジェニーに近づくと、ベットの前で跪きいきなりキスをしました。しばらくして唇を離しペロリと舌なめずりをするとアストリがスキルを使います。
「【免疫1】」