10話:ウジェニー
修道院でお世話になっていた4人の女の子たちは、奴隷商「フィオーレ」に来ることを承諾してくださいました。
どのような生活になるのか、勉強とは何をするのか、色々聞きたいことがあるようでしたが、今現在お世話になっているシスターアウロラさんに気を使って聞きにくそうにしていました。
その雰囲気を察知したのか、シスターアウロラさんは「わたしは席を外しますのでごゆっくり」と言って部屋を出ていきました。
もう一人のシスターさんもお皿を下げるとワゴンを押して退出されました。
足音が遠ざかっていくのを待ってから4人に声を掛けました。
「どうぞ掛けてください。何か聞きたいことがありますか?」
4人は椅子に座り直し皆を見回して、最初に挨拶してくれた女の子が口を開きました。
「あ、あの!1日3食って・・・その・・・量が少ないのでしょうか?・・・」
最初の質問はやはり食事のことでしたね。セパヌイールさんもそうでしたし、やはり相当ひもじい思いをされていたのでしょう・・・
「いいえ、先ほど食べていただいたくらいの量で3食ですよ」
「「「「わぁ!」」」」
みんなすごくいい笑顔です。痩せこけていなければもっと可愛くなるでしょうね。
「そ、それじゃ、勉強って読み書きとか教えてもらえるんですか?」
一番小さな子が手を挙げて聞いてきます。手を挙げて発言するということは、ちゃんと親の躾を受けている子なのでしょうか?
「ええ、読み書きや他国の言葉なども教えてあげますよ」
わたしの唯一の特技である多言語習得を活かしたいのでさらっと加えてみますが、読み書きすらできない子たちには多言語への興味は薄く、手紙を書きたいとか本を読んでみたいとかわいわい騒いでいました。
「ええっと、そうです。まずは自己紹介をしていただけませんか?御名前すら知らないので」
肝心なことを忘れていました。まだどなたのお名前も聞いていなかったのです・・・
また4人がそれぞれを見回し、やはり最初に挨拶をしてくれた子が勢いよく席を立ちました。
「わたしはファイエットです。12歳です。えっと・・・ミルク煮が大好きです!・・・おわりです」
顔を真っ赤にしてかなり緊張されたみたいですが、大まかな情報はわかりました。綺麗な金髪が腰まで伸び、横にふわっと広がった感じがお姫様のようです。顔もかなりの美人さんで、歳より大人っぽく見える神秘的な感じがする不思議な子です。ミルク煮が気に入ったみたいですね。
次に隣に座っていた子が立ち上がりました。
「えっと、ジェルメーヌっていいます。10歳です。わたしもミルク煮が大好きです。おわりです」
恥ずかしがっているのか目をふせたまま小さな声で自己紹介をしてくれました。この地域では珍しい青い髪をした少女で、眼も青色です。神秘的な感じのする子ですね。ジェルメーヌは何を言ったらいいか分からないみたいで、ファイエットの自己紹介を真似てるようです。
「ジェルメーヌは何か学びたいことはありますか?」
わたしから質問してみることにしました。その方が話しやすそうです。
「え?・・・えっと」
ジェルメーヌはきょろきょろと周りを見回し、シスターアウロラさんの事務机の上にある刺繍コースターを指差しました。
「あんなキレイな刺繍がしてみたいです」
なるほど、裁縫職人を目指すのもいいですね。確かうちにも数人いたはずです。
「できますよ。うちにも数人裁縫職人を目指して頑張っている子がいます。一緒に頑張りましょう」
「は、はい!」
次はジェルメーヌの向かいに座っていた子が立ち上がりました。
「あたいはドゥニーズだ、です。13歳です。えっと、あたいは何か物づくりがしてみたいんだけど・・・」
ちょっと発音の訛った子ですね。どの地域から流れてきたのでしょう?わたしより年上ですね。少し日焼けした感じのする茶色い肌に黒眼に黒髪、肩に届いていない髪が目立ちます。
この国では女性は髪を切ることを良しとしません。女性が犯罪を犯すと罰として髪を切られるので、自ら切ることはないのです。ドゥニーズさんもそれを気にしているのかやたらと髪に触れています。
「物づくり・・・ですか?何か具体的な物はありますか?今までに作った物とか?」
ドゥニーズさんはちょっと言いにくそうにもじもじして。
「つくったって言うか、造らされた物なら・・・」
「ん?何を作らされたのですか?」
そんなに言いにくいことなのでしょうか?
「あたいは昔、山岳民族のシャマンをやってて・・・口噛み酒を造ってました」
クチカミ酒?なんでしょう?聞いたことのないお酒ですね?でもお酒を造れるなんて立派な才能ですね!
「いいじゃないですか!それ、造りましょうよ!きっとジーリオ様も賛成してくださいますよ!」
「えええっ!?あんなの呑まれるなんてイヤなんだけど・・・」
満足のいくお酒じゃないから吞まれたくないのでしょうか?職人肌ですね!これは是非とも造ってもらいたいですね!
「まあまあ、それはうちに来てから相談しましょう。一応ジーリオ様にお話ししませんと」
ドゥニーズさんはう~んっと唸りながら席に座りました。そして最後に読み書きがしたいと言っていた子ですね。
「ウジェニーです。先日11歳になりました。いっぱい勉強してフリージア王国でお役人になりたいです」
しっかりした子ですね。修道院の環境で将来を考えられるなんて、幼少期に教育を受けていた証拠ですね。ウジェニーはファイエットよりは茶色寄りの金髪で腰まで伸びた髪は綺麗なストレートです。
「フリージア王国は故郷なのですか?」
「いいえ、フリージア王国のナターレ伯爵領でしか女性がお役人になれないからです」
ああ、女伯爵ナターレ様の所ですね。確かに女性が伯爵をしている所なら実力次第で女性もお役人になれるかもしれませんね。わたしも女伯爵ナターレ様に買われていればお役人になっていたかもしれませんし。
「我が奴隷商は少なからず女伯爵ナターレ様にも繋がりがあります。しっかり勉強すれば目に留まるかもしれませんね」
「ほ、本当ですか!」
ウジェニーが目を輝かせて走り寄ってきました。お会いしたことはありませんが、売り込みくらいはできるかもしれません。
「しっかり勉強したらジーリオ様にお願いしてみましょう」
「よ、よろしくお願いします!」
みんながポカーンとした顔でウジェニーを見ています。いい意味でご両親のお顔を見てみたいですね。
ジジジ・・・
たくさんお話ししていたら灯りの油が切れてきました。あまり油を使うと修道院に迷惑がかかりますね。今日はここまでにいたしましょう。
ファイエットにシスターさんを呼んできてもらうと、就寝にすることを伝えました。
以前うちにきたセパヌイールさんたちが使っていた部屋が空いていたので、4人と一緒にそこで寝ることになりました。
明日には4人と一緒に奴隷商に帰ります。ジーリオ様はなぜわたしを外泊させたのでしょうか?貴重な体験ではありますけど。
その夜、ウジェニーの容態が悪くなりました。深夜を回ったころウジェニーの咳き込む音で目が覚め、様子を見てみると高熱がでています。他の子も起きてきたのですぐにシスターに声をかけてもらいました。アウロラさんも駆けつけてくれましたが、修道院にはお薬もありませんでした。
汗が酷かったので身体を拭き着替えさせましたが容態は悪くなる一方。
「ウジェニー!しっかりして!」
呼びかけにも答えません。荒い息だけが部屋に響き渡ります。
「薬師さんをお呼びしましょう」
「しかしアウロラ様、お金がありません・・・」
シスターアウロラさんとシスターさんが薬師を呼ぶかどうかでもめています。
わたしはじっと考えました。わたしのスキルではダメです。奴隷商に病気を治せるスキルを持っている子はいません。そもそも病気を治せるスキルなんて聞いたこともないのです。【回復】を持っている子はいますが怪我しか治せません。他に何かないでしょうか?・・・
もしかしてあの子なら・・・
「シスターアウロラさん、わたし奴隷商に戻ります!ジーリオ様ならきっと何とかしてくれるはずです!」
上から外套を羽織り部屋から飛び出そうとすると、腕を掴まれました。
「ダメよ!こんな時間に女の子が一人で出歩くなんて」
もっともですが今はそんなことに構っていられません。
「離してください!ウジェニーはすでにうちの子も同然!わたしにはジーリオ様に報告する義務があるのです!」
なおも引き留められましたが、疫病だった場合対処を急がないと修道院の他の子も危ないと脅して、何とか飛び出してきました。
真っ暗な町中を抜けて街はずれにある奴隷商の屋敷を目指します。こんな時間まで起きている人はほぼいないので、家々から漏れる明かりも無く、頭上の月明りだけが唯一の頼りです。建物の角を曲がりあと少しで奴隷商の屋敷が見える、という所で3人の男が現れました。
「ひっ!?」
思わず悲鳴が喉から飛び出しそうになりましたが、驚きすぎて呼吸が止まり声がでません。
「おいおい、こんな時間にお嬢ちゃんが1人でどこに行こうっていうんだ?」
「俺たちが家まで連れてってやるぜ」
「おいやめろよ、まだガキじゃねえか。こんなの二束三文にもならねえよ」
薄暗くてよくわかりませんが30代くらいのおじさんが道を塞いでいます。心の中で3人目の方頑張って!とエールを送ります。
「あ、あの・・・と、通してください・・・」
なんとか肺に残っていた空気を使い声を絞り出しました。肺がストライキを起こして空気が吸えません。怖い。怖い・・・怖いですが、急がないとウジェニーが・・・胸をドンッ!っと叩いて空気を吸い込みます。
「誰か・・・助けてええええええぇっ!」
なんとかそれだけ叫ぶと腰が抜けて座り込んでしまいました。
「こ、こいつっ!」
「もういい!ずらかろう」
3人目の方がこの場を離れながら2人に声をかけますが、2人は動こうとしません。ダメでしたか・・・
そう思った時、真横の建物の2階の窓が開きました。
「なんだなんだ、物盗りか?」
眠そうな声でこちらを見下ろしているのはまだ若い20代の男性です。わたしと目が合ったので、口だけで助けてと言いました。それから視線を残っている2人の男に向けて。
「お前らこんなガキ捕まえて何やってんだ。娼館でも行ってろよ」
ガキよばわりに少しカチンときましたが、助けてくれるなら何でも構いません。
「てめえには関係ねえよ。引っ込んでな!」
そう言ってダガーを抜きました。わたしは2階の男の方から目を離さず心の中で懇願します。お願い助けて!
「ん~・・・しゃーねえな。よっと」
え!?2階の窓から滑るように身体を躍らせて飛び降りてきました。左手に剣を握って。
ドンッ!
かなりの着地音がしましたが平気そうにわたしの前に立ち塞がりました。月が逆光になりその背中は真っ暗ですが、なぜかもう大丈夫という気にさせてくれます。
「今日は「迷宮」で仲間が負傷して気分が良くないんだ。手加減できねえぜ」




