見えない貴方との語り合い
「久しぶり。ごめんね?最近、忙しくて来れなくて」
『ううん。こうして来てくれるだけでも嬉しいよ』
今日は久しぶりに彼と会う日。私は、ここ最近仕事に追われてずっと来ることが出来なかった。でも、許してくれるよね。貴方は優しいから。
買ってきたお酒2つを置いてから、ちょっとした花束を生けて私は座る。いつ来ても、此処は季節に応じた花が咲き乱れてきてとても綺麗だ。
「私が買ってきた花束なんて、周りの景色に比べれば見劣りしちゃうかな。一応、君が好きなカーネションとカスミソウを選んできたんだけど」
『大丈夫。どんな花より君が選んでくれた花の方が綺麗だよ』
二つのお酒を開けて、君の分と優しくぶつける。買ってきたばかりのビールはまだよく冷えていて、ごくごくと体に染み渡った。
「あ、こういう飲み方は身体に良くないんだっけ?」
『そうだよ。いつも注意してたでしょ?』
「ごめんごめん。もー、忙しかったんだからこれくらい許してよ」
いつもアルコールを飲む時、私は初めに勢いよく飲む癖があって、それを君はいつも心配して咎めてくれた。いつもいつも、そんなにお酒に強くないのに私に付き合ってゆっくり飲んでたよね。
「っとそうだそうだ。はい、これ君も好きだったよね?」
『うん。そのおつまみを君と一緒に食べながら話をするのが何より好きだったよ』
「君ってば、飲むより食べる頻度の方が多くてさ。飲んでるんだか食べてるんだかよく分からなかったよ」
『しょうがないじゃないか。僕は、お酒に弱いんだから』
「本当はもっと色々用意したかったんだけど、場所が場所だからさ。市販品しかないけど、許して」
『良いよ。でも、機会があったらまた君が作ってくれた煮物、食べたいな』
「余裕があったら煮物作って持ってくるから。残しちゃダメだよ?」
『本当!?嬉しいなぁ……君の煮物は絶品だから』
あぁ……うん、やっぱり駄目だ。我慢しようって思ってたけど、堪えきれそうにないや……
「……どうして……君が私より先に死んじゃったのかなぁ……」
『……ごめんね』
ポタポタと目から涙がこぼれ落ちていく。もう君が死んでから一年も経ったというのに、私はまだ君を忘れる事が出来ていない。仕事から戻った時に明かりのない家は君と一緒にいた時の暖かさをくれず、折角作った料理はもう味がよく分かんなくなっちゃった。
「きっと不安にさせてるよね……」
『……うん。暫く来なかった時はまさか僕の後を追ったんじゃないかって思ってたよ』
そっと君のお墓に触れる。そこには石の冷たさしかなく、君の暖かさは感じられなかった。
「……うん。やっぱり、君は死んじゃって私はこうして生きている」
『そうだよ。君は僕と違って今も生きているんだ』
一気に残っていたお酒を飲み干し、涙を拭って立ち上がる。君が死んでから一年の月日が流れた。現実はとても残酷なもので、君を失っても世界に何か変化はある訳じゃないし、生きていくには働くしかない。君を忘れる事は、きっと無理だと思う。それくらい私は君を愛していたから。
「私は変わらず、君の事を愛しているよ。忘れる事なんて出来ないし、今更君以外の誰かと家庭を持つ事も出来ない」
『……うん』
この声が届いているのかは分からない。でもきっと、君はいつまでも泣いている私なんて見たくないだろうし、だから今日は覚悟を決めて此処にきた。
「それでも私は生きていくよ。私が君の死を望んでいなかったのと同じで、君も私の死を望んではいないだろうから」
よし、言えた!震えた声だった気がするけど、こうやって声に出して宣言するのは大切だよね。持ってきたゴミをビニール袋に一纏めにし、私は彼のお墓に線香をあげて手を合わす。
もし、向こうで会えたらその時はまた私と恋をして欲しい。
そんな恥ずかしい事を心の中で思いながらお墓に背を向けて私は歩き出す。君のいる世界ではなく、私が生きる現実の世界の方へ。その時だった。ずっと、無風だったのに暖かい風が私の背中を押すように吹き──
『頑張ってね。ゆっくりで良いから』
そう聞こえた気がした。