DAY 2
-THE NEW YORK TIMES-
「猿らしき生物に襲撃された男性『ただの猿ではありえない』」
先日市内で発見された猿について、その猿に襲われて軽症を負ったロバート・テイラーさん(42)が、当紙のインタビューに応じた。その一部を抜粋する。「要するに、世間一般で言われている『ただの猿』だというのは間違っているということだ。特に、特設委員会の発表には納得できない。あの猿は明らかにただの猿ではないと感じた。攻撃の仕方も理知的で、単に凶暴化して本能のままに襲いかかってきたのではありえない。即時撤回をお願いしたい」などと述べていた。なお、全文は公式ホームページに掲載されている。
博士の静止を振り切って向かった彼の研究部屋には、一体の生物が解剖された状態で置かれていた。
充満していた血の匂いに思わず顔を顰める。
置かれていたのは、猿---のような何か。先日市内で発見されたものだろう。
「駄目だ!レイモンド君!見てはならない」
博士が告げるが、俺はすでに気づいてしまっていた。
死体であるはずのその物体から、光が明滅していることに。
ナンシーも気づいたらしく、押し黙っている。
「…どうなってるんですか、これ」
それを見たことを後悔するまでにかかった時間はそう長くなかった。
事実、レイモンドは知る由もないが、これは国家機密に相当する事案であった。
「もうわかってしまったか…致し方ないな。いいか、絶対に漏らすんじゃないぞ。最悪CIAが動いてもおかしくない」
博士が疲れたような顔で言う。
「ウィルソン君、見せてやってくれ」
ウィルソンは逡巡した。
「博士…しかし……」
「私だって見せたくないさ、でもここで中途半端に情報が漏れるよりも危険性を理解してもらった方がまだ幾分かはマシだろうという事よ」
自分が会話を聞いてしまったことが問題を大きくしたと悟り、俺は再び後悔の念にさいなまれた。
「「…すみませんでした」」
ナンシーと声が重なる。
「もう終わってしまったことは仕方ない。君達が黙っていてくれるなら問題はないさ」
そういう博士も、どうしようもなく暗い顔だった。
「見てみなさい」
そう言われて見せられたものは、小さな黒い何かだった。
今なおエイプスの体と接続された状態である。
そして特筆すべきは、それが眩い光を放っていることだ。
「先ほど調べたところ、解読不能ですが電波を発していることがわかりました」
博士の助手のウィルソンさんが言う。
彼は大学時代は工学の研究をしていたこともあるらしい。
ふっと博士が黒い機械を取りあげて、その一点を指さした。
「ここをよく見てご覧」
言われるがままにそこに注目すると、そこには何かが彫り刻まれていた。七文字だろうか。
「そして、これがこの個体が身につけていた腕輪の拡大画像です」
ウィルソンさんが一枚の写真をスクリーンに映し出す。
そこにも機械に刻まれていたのと全く同じ七つの記号。
線を組み合わせただけの簡単なものだ。当然見たことなどない。
しかし、どこかで見たことのあるような親近感を覚える。そんな不思議なものであった。
「私は、これは個体識別番号だと考えている。我が国におけるSSN(*)のような制度だな」
確かに、こんな機械を開発する能力があるのならばそのような社会制度ができていてもおかしくはないだろう。
「…凄い、ですね」
ナンシーが思わず呟く。
人間以外の種族がこのようなものを作るのは確かに驚異的なことだ。
しかし、これを見て疑問が再燃した。
「もう一度お聞きします。どうしてあなたはこれがただの猿なんて言えたんですか?」
「ちょっと!レイモンド君!その言い方はないでしょう」
「…そうよ。私たちはさっきあんな迷惑をかけた身なのに何を言ってるの」
ウィルソンとナンシーが慌てて止める。しかし俺は止まらない。
一瞬の沈黙の後、博士は言った。
「これが正しい判断だったかどうかは、全てのことが終わるまで誰にも分からないんだよ」
それが博士の決意だった。
*社会保障番号、日本におけるマイナンバーのようなもの
すみません、今回は少し短くなりました。