『実験体』
ある所に、一人の少年がいた。
名前など無かった。かろうじて呼び名があるとすれば、『実験体』であろうか。
彼は孤独だった。誰一人として彼のことを人間扱いしないからである。
彼は幾度となく卑劣な実験の道具にされ続けた。
ある時は毒物を投与され、ある時は機械を埋め込められ。
一回一回の実験が終わった後、彼は再び絶望する。
---------また死ねなかった---------と。
彼はなかなか死ぬことが無かった。
普通ならそれは幸せなことだが、この場合においてはそうでない。
彼の苦しき日々は、続く。
彼のことは国の最高機密に指定されていた。
戦争が近づき、相手国に少しでも有利をとれるようにと、死に物狂いで研究を繰り返した副産物が、この少年なのであった。
誕生---いや、製造されたのは、クローン技術の確認のため。
誰も情が湧いたりしないように、名前すら無かった。
エネルギー補給のためのみに供給される食事。美味いわけがない。
しかし、飢えによる死を迎えることが出来なかったのもまた事実である。
そして、繰り返される非人道的な実験。
絶望しかない世界に蝕まれ、少年の望みはただ一つ---------
『死んででもいいからここから解放されたい』だった。
戦争が近づくにつれ、為政者の圧政が少しづつ始まった。
臨時で戦時下大権を手にした軍部大臣により、言論統制に始まり、エスカレートした強権は留まる所を知らず、町には警察が恐怖の存在として君臨した。
しかし、国民は自分たちがただただ抑圧されるだけの存在であることを許さなかったのだ。全土で暴動が巻き起こり、国家の中枢は破壊された。
地下にいたことが幸いしてか、少年はまたもや生き残った。
しかし、今回の「生き残った」ことは少年を絶望させるものではなかった。それは、生き地獄から解放されることを意味したからだ。
救出された少年は、治療を受け、富豪一家に庇護された。
そして、初めて「名」を持った。
少年は歓喜した。
今までの苦しみから逃れられたことを言葉で言い表せないほどに幸せに感じ、そして彼は新たなる願いを持つ。
『自分を救ってくれたこの社会に全力で貢献できる存在になりたい』、と。
希望を胸に、少年の旅が、今始まる。