やさしい殺し屋
しかし、個人的にですけども、
早馬で駆ける。
冗談ではない、人殺しなんて。
早く娘さんに教えてあげなければ。
意気揚々と領主が連れ帰った娘さんは、僕らの前で砂になった。
目の前ですすり泣いていた姿は、魔法か何かで形作られた幻だったのだ。
領主はカンカンに怒って私兵を集め、魔道具まで使うなんて言い始めている。
僕にも、準備をしておけなんて言ってきた。
御免だ。
1週間ほど前、僕の田舎に領主の使いがやってきた。
辺境の地、魔法使いの住む集落の領主が用心棒を募っているという話だった。
弟の病気の治療に金が必要だった僕は、その田舎では稼げないほどの給金に釣られ、それに申し込み、見事その職に就くことが出来た。
ところが、用心棒とは名ばかりで、実際にやることと言えば、領民の人たちを脅してばかり。
僕はやる気になれず、指示に背いていたところ、とうとう給金はもらえなくなってしまった。
もう、お金はいい。
目の前で人が殺されるなんて、それを黙って見ているなんて、僕にはできない。
馬よ、頑張ってくれ!
あと少しで喫茶店に着く!
「やっぱ、戦うことになるかな?」
「相手から来たらしょうがないの。(。-`ω-)
やってやるしかないの。」
うちのパーティーの最年少はやる気満々だ。
やる気と言うより、殺る気を感じる。
「ま、できることはやっといた方がいいんじゃないかしら?」
ローラはなんというか、他人事だ。
「ちょっとはやる気だしてくれよ。
神様なんだし、本当はすっごい強いんじゃないのか?」
「あー、ダメダメ、神は子の争いに干渉しないわ。」
それは言い訳なのか、事実なのか。
煙に撒かれた気がする。
この神は、他人の色恋沙汰には干渉過多なのだが、それはどうやら別腹のようだ。
「すまない!誰か居ないか!」
「いらっしゃいませ、お客様。
しかし、本日はもう営業しておりませんので…」
「いや、僕は客じゃないんだ。
この店から早く逃げるんだ!
直に領主たちが大勢やってくる!」
この優しい男は確か、ゴーダと来ていた取り巻きの1人だ。
先ほどまで敵対していた俺達に、避難を促してくれている。
俺を含めるその場に居た全員は、男の言葉を合図に、それぞれある種の確信を持って行動を始める。
その確信とは、
『『『『『これは罠だ!!』』』』』
男の優しい言葉とは裏腹に、男の容姿はどこを切り取っても悪人で、素子に至っては、その面構えについて、
「100人は余裕で殺ってるツラをしているの。」と後に語ったほどである。
罠に嵌めようと現れた悪党に対して、俺達は抜群のチームワークを見せたのだった。
「ウッ…」
「ジル!
大丈夫かい!?」
腹を抑えて座り込むジルさん、駆け寄るマスター。
「どうした!
体調が悪いのかい!?」
一緒に駆け寄る悪党。
あれ、今この人ジルさんを心配してなかった?
その足元に突如として現れる赤色のポータル。
「わっ…!?床が!」
男は、抵抗もできず、俺が身体能力を強化して喫茶店の傍に掘った大穴の中の転送される。
「イタタタ…」
俺達は、尻餅をついた悪党に間髪入れずに追及をしていく。
「オイ、さっきの話は罠なんだろ!
お前らの本隊はどこだ!」
「罠だって!?
とんでもない!
こんなことをしている場合じゃないんだ!!」
どうやらこの悪人は、とても訓練を積んだ悪党の様で、こんなものでは口を割らないようである。
少しだけ、本当に少しだけではあるが、『この人ホントはいい人なんじゃ?』
なんて感覚まで抱かせる辺り、この悪党の人を欺く能力の高さが伺えた。
危ない、危ない、相手は人殺しのプロだ。
気を許してはいけない。
もう少しで信じてしまうところだった。
「早く本当のことを言って!!(-_-;)
そしたら酷いことしなくてすむから!!」
「今から僕に酷いことが起きるの!?
なんで!?」
素子は、どうしても口を割らない悪党に、精霊術を繰り出す。
精霊術とは、文字通り精霊の力を行使する。
今回選ばれたのは、花の精霊。
赤とピンクを基調とした体を持ち、とても色鮮やかで、かわいらしい見た目をしている。
どう見ても、他人の口を割らせるのに向いた精霊には見えない。
花の精霊は、ひらひらと舞う花びらのように穴の底まで舞い落ちる。
やがて悪党の元にたどり着いた精霊は、見とれる悪党にその腕を伸ばしていく。
巻きついた腕は、まるでゆりかごのように悪党を包み込み、悪党は抵抗するそぶりも見せず成すがままだ。
そして、しっかりと締め上げ始めた。
「グ、グェ…」
「早く本当のことを言って!(-_-;)
じゃないと絞めながら不思議な効果の花粉を吸わせることになるの!!」
やり口がエグイ、ゼンジロウも引いている。
「不、不思…議?
僕の身になにが起こるの…?
ゲウゥ…」
悪党は全く口を割らない。
随分と根性のある悪党のようだ。
体中を締めつけようが、不思議な花粉を吸わせようが、水の精霊が水攻めにしようが、雷の精霊が電撃を流そうが、領主への忠誠を頑なに守る男の姿は、俺達にまさしく洗練された裏社会の住人であることをさらに知らしめたのだった。
「酷い…
こんなの、人の子がして良い所業じゃないわ…」
「クソ、なんて根性だ!
プロの殺し屋を舐めていた!」
「アレは使いたくなかったのですが…
致し方ありませんね。」
「マスター!?
何か手段が!?」
未だに悪党を締め上げ続けている花の精霊は、そのままの状態で穴の中から悪党を持ち上げてマスターの前で停止させる。
マスターが何かを悪党の顔の前に近づけると、気を失っていた悪党は目を覚まし、ビクビク痙攣し始めた。
「や、やめろ!!
それはなんだ!?
それを僕に近づけないでくれ!!」
先ほどまでの残酷な仕打ちを耐えきった強者の狼狽え方に、見ているだけの俺達も戦慄してしまう。
余程の劇薬なのだろう、ひょっとしたら魔法使いの間で有名な毒薬なのかもしれない。
そうすると、流石にやりすぎだ。
相手はプロの悪党とはいえ、そこまで苦しめることは許されない。
以外にも、最初に物言いをつけたのは、ローラであった。
「ちょっと、流石にいけないわ。
いくら何でも近づけただけで苦しみ始める毒なんて。
人の子が扱うには過ぎた代物よ?」
「いえ、私は毒だなんて!」
「嘘おっしゃい!
見せてごらんなさい…な?」
悪党を怯えさせていたもの、それはつい最近目にした覚えのある、ミックスジュースと名付けられた悪魔の産物であった。
「このミックスジュースには、少し、正直になる効果があるのです!
これを飲ませれば、すぐに口を割らせることができます!」
「自白剤そのものじゃないのよ!!
アンタさっきそんなモンをワタシに飲ませようとした訳!?」
1人と1柱は、取っ組み合いのケンカを始めてしまった。
ジュースを取り上げようとする神と、抵抗する成人男性との間で発生したこの争いは、後に魔法使いの集落でラグナロクと呼ばれた。
ラグナロクは、足元の砂をマスターの顔目掛けて投げつけるという、神による悪役レスラーさながらの悪行によって、幕を閉じる。
神の所業について、語り継がれる分には人間の行いよりも俗にまみれた汚いことが多いが、実際こういうことなのかもしれない。
そして苦しむマスターの手から解放されたジュースは、拘束された悪党の顔面をとらえることとなってしまう。
「「あっ…」」
顔面から多量のジュースをかぶった悪党は、生まれてからの身上を語り始めた。
致死量のジュースを摂取したことにより、いささか遡りすぎの身の上話は、大きく俺達の心をえぐったのだった。
生まれて間もなく父が蒸発したこと、母が1人で体の弱い弟と自分を必死に育ててくれたこと、難病の弟の治療のためにかかる費用を捻出するため出稼ぎに来たこと、人を脅迫するような仕事に嫌気がさしていたこと、今にも殺されそうな娘を救うため、自らの危険を顧みず、必死でここまでやってきたこと…
「「「「「どうしよう…!!!!!」」」」」
「メチャクチャいい人を死の瀬戸際まで連れて行ってしまったの!( ;∀;)」
「とにかく、とにかく回復させないと!!」
「お前も兄弟居るのかぁ…
一緒に頑張ろうなぁ…!」
「言っとくけどハジメさん、アンタも共犯なんだから!!
しんみり泣いてんじゃないわよ!!」
かくして、悪党というレッテルが剝がされた男は、目を覚ましたとき、周囲を土下座で囲む5人と1柱に目を丸くして驚いたという。
本当の悪党共がやって来るまで、もう間もなく…。
悪党面でいい人というのを見たことがありません。




