差別と区別
個人的には、
男は、その名をゴーダと言い、この周辺を領地として持つ、貴族であった。
つい最近まで、ゴーダが領地に降りてくることはほとんどなかったという。
その理由は、膨大な魔力を持つ大海原多吉郎を恐れていたためであった。
ゴーダがいくら領地の所有を叫んだところで、有力な魔法使いとして君臨する多吉郎にその影響力は敵わず、黙らせるには多吉郎に力で勝るしかない。
戦となれば、多吉郎1人に兵力が崩壊させられることは必至であることは明白。
そんな中、大海原家と事を構えることを避け、領主としての最低限の行いに徹し、ゴーダ自体の評判は決して良いものではなかったが、良くも悪くも、領民の間では目立たない存在であった。
しかし先日、事態は急転する。
もし、その捕縛を可能とするならば、国の兵の大半をつぎ込む必要があるとも推測された多吉郎が、すっかり丸くなり、抵抗も見せず、国の役人に連行された。
これを、領主としての復権のチャンスと見たゴーダは、多吉郎が帰るまでの間に自らの力の拡大を図ったのである。
多吉郎が帰るまでに多吉郎以上の力を持つことができれば、多吉郎を恐れる必要はない。
ゴーダはまず、頭数を揃えた。
その者の性格など度返しで、とにかく破壊に長けた魔法の使い手を領地に呼び寄せ、私兵とした。
あるかもしれない領民の抵抗を抑圧するため、武器を集めた。
その中に違法とされる魔道具があっても構いはしない。
そして、以前から存在だけは知っていた、領地にいるあの高次元の回復魔法が使える娘。
アレを手に入れれば、私兵共が傷つこうとも替えを用意する手間が省ける。
回復魔法の使い手自体は、その数が少ない訳ではない。
魔法に覚醒した者の中で、一定の割合で回復魔法の使い手は存在する。
しかし、その大半はさほど強力な力を持たず、せいぜい1日で治るかすり傷を、半日に縮めることができる程度のもので、大けがには効果がほとんど見込めない。
ゴーダが娘の回復魔法を知ったのは、1年ほど前のこととなる。
領館の元へ向かう荷馬車を曳く馬が突如暴走し、横転するということがあった。
それだけであれば、些事と切り捨てるところであったが、あろうことか、その馬車には禁制のものが多数積まれており、ゴーダは、信頼の置ける部下と共に現場の鎮静に向かったのだった。
現場に着いたゴーダは、真っ先に積荷の無事を確認し、それに安堵したが、暴走した馬は、馬車から切り離され、付近の民家の壁を突き破っていた。
ゴーダ自身は、民家のことなどどうでもよかったが、もしも住民が積荷を見ていては面倒であり、口封じをする必要がある。
そう考えるに至ったゴーダは、民家の住民の様子を確認するため、物陰から突き破られた壁の内を覗き込んだところ、中には体中血塗れで右足が千切れ飛んだ男児が1人。
あの様子では、積荷など見えていないであろうし、何より、もう長くない。
安心して領館へ戻ろうとした際、娘が民家に駆け入った。
家族だろうか?
と考えたが、すぐに考えを改める。
以前から報告のあっていた、使い道のない、魔法の使えぬ娘ではないか。
近所に、魔法の使えぬ者がおり、子に悪影響が出るなどと、領民からいくつかの書簡が来ていた。
部下に調査させたところ、その娘は16歳を迎えながら、働き口もなく、くだらぬ始祖の掟とやらのために他の者と色恋もできず、学び舎にも通えず、友もできず、なぜ存在を許されているのかもわからぬとあった。
魔法が使えぬ以上、集落を抜けて別の場所に売り飛ばしてやった方が幸せなのではないか、などと考えてやるほどには同情したことを覚えている。
誠、魔法使いと言う種族の残酷さよ。
あの娘にこの場でできることは何もない。
積荷を載せ替えた馬車に向かおうとしたところ、民家から間違いなく魔法の発動を感じた。
再び物陰に向かうと、娘の手の平から放たれる光を浴びた男児の傷が瞬く間に塞がり、先ほどまでそこに転がっていた、潰れた右足だったものも、元の形を取り戻して男児の元に帰っていく。
こんなにも優れた回復魔法は見たことがなかった。
辺境の地とはいえ、ゴーダは、貴族である。
幼少のころから家族が、もしくは自らが病魔に蝕まれた時、回復術師の世話になったことがあった。
その回復術師であったなら、ここまで見事にあの死にぞこないに治療を施すことはできなかっただろう。
これほどの能力を持ちながら、力をひた隠しにしていた理由については察しがつく。
高次元の回復魔法に目覚めた者は、貴族、王族に買われていく。
そのため、親が、我が子恋しさに魔法の覚醒を隠すことは、何も珍しいことではないためである。
今すぐにでも攫ってやりたいところであったが、大海原の目がある。
今アイツと事を構えるわけにはいかない。
臍を噛む思いで、ゴーダは現場を後にしたのであった。
そして、現在多吉郎は、囚われの身となった。
戦力増強に乗り出したゴーダは、娘を手に入れることに躊躇がなくなったのである。
「…おそらく、あの時、魔法を使うところを見られたのだと思います。
私が、外で魔法を使ったことはあの時しかないから。」
自分が狙われる可能性がありながら子供を助けた店員さんの行動に脱帽する。
「子供を救ったこと、素晴らしいと思います。
ですが、なぜ、回復魔法が使えることがバレてしまう
かもしれないのに、外で魔法を使用したのですか?」
ジルは、目を潤ませながら応える。
「あの子は、まだ、色んなことが分からないから、
私と、お喋りしてくれた…
人から事故のことを聞いて、慌てて家まで行って…」
マスターが口を挟む。
「もしジルが、王族、貴族に買われれば、
そこに人としての自由はありません。
名目上は子となっても、必要とされるのはその魔法のみ。
愛玩動物のような扱いを受けると聞き、
私は、ジルの覚醒を隠すことに決めたのです。」
異世界の非情な常識に心が痛む。
思えば、ここまであまり異世界についての負の面を聞いてこなかった。
この親子は、この不条理に今まで耐えてきたのだ。
本当は、誰にも負けない、そんな才能がある中、人として生きるため、仕方なく、様々な仕打ちを受けながら、歯を食いしばって耐えるしかなかった。
こんなの、放っておけない。
有るというのなら、終わらせようじゃないか、その不条理を。
無いというのなら、作ろうじゃないか、その居場所を。
ここはもう、異世界だけの世界じゃない。
両方共あると嫌ですね。




