第5節 『新天地』
第5節 『新天地』
「此処は・・・・」
白波刹羅が暗闇の中で目を覚まし、徐に左手を伸ばす。
「・・・・・そうだ。私は雨宮に・・」
すると、硬質な感触が左手に伝わる。
「何これ・・・鉄?」
刹羅が訝しみながら、左手でそれを押す。簡単にそれが外れ、淡い光が目に入り、反射的に、手で目を覆う。
(・・・これって、棺桶?)
自分が入っていたそれに、刹羅が眉を潜める。
「・・・・随分と遅いお目覚めね」
「・・最初に『施し』を受けたのに、情けないですね」
そんな彼女に二人の男女の声が掛かり、その方向に顔を向ける。
自身が入っていたものと似た棺桶に腰かける異形へと変わった二人の男女がいた。
「・・・・南くんに美咲でいいのよね。随分と変わったわね」
『南 光成』
茶髪がよく似合う端正な顔立ちをもった美少年だったが、今はその頭上に猫の耳を生やし、両足が馬のような筋肉質の足に変貌していた。父親が神父であることから、自身も熱心のキリスト教徒で、クラスから『神父』と呼ばれていた。
『高橋 美咲』
少し勝ち気な性格で栗毛のボブカットに切れ目が特徴の剣道美少女だったが、額に二本の鋭い角が生やし、腰まで伸びた長髪が似合う妖艶な雰囲気を放つ美少女になっていた。
光成と美咲のあまり変わらない美しさに、刹羅は思わず嫉妬し拳を握りしめる。
強く握りしめたのか、青水晶の鋭爪が生えている以外は普通の人間の手が白肌に食い込んで血が流れる。
刹羅の鋭い睨みに気付いた美咲が、慣れた手つきでローブの袖から取り出した鏡を刹羅に放り投げる。そこに映った自分ーーーー青みがかった白髪に、扇状のヒレの形をした角を生やした青眼の美少女に目を見開いた。
「・・・・これが私」
以前の醜い容姿とは全く異なる姿に呆ける刹羅に、光成が感動したように呟く。
「そう!!これが我らが主、魁人様の恩恵でございます!!」
その恍惚とした光成の叫びに、刹羅が鏡から顔を上げて、光成に目を向ける。
「魁人様?」
「そう!魁人様です!!あの日、私をあの地獄を救い出してくれた彼こそ、私が本当に信仰を捧げる相手だったのだと!!」
「は、はぁ」
クラスメイトが同級生を信仰する姿に刹羅が頬を引きつらせる。
そんな彼女の反応に、美咲は溜息を付き、刹羅の耳元に声を掛ける。
「詳しく知らないけど、あたし達と同じく化け物に変えられても一向に助けてくれなかった神から、あそこから連れ出し人型に戻してくれた雨宮くんに信仰を映したみたいよ」
「だからって、なんか怖くない」
「そう、あたしは変に反抗的な奴よりこっちの方がいいと思うけど」
「そりゃ確かにそうかもだけど・・・・」
「彼の右手に触れられた四日前のことは今でも忘れません!!あの日、私はーーー」
「四日前!?今、四日前っていった!!」
光成の発言に刹羅が驚いた表情で声を上げる。
「そうでござるよ。雨宮氏が職員を皆殺しにして研究所を脱走して、あれから四日が立ったでござる」
暗がりの通路から、肌が所何処、緑蛇のような鱗に覆われているが、野性的な印象を与える緑髪のイケメンが現れる。その姿に
「誰?」
刹羅が真顔で問いかけ
「ブヒー!!なぜ、誰も気づかないのでござるか!!」
「その鳴き声、まさか、林くん!?」
「まぁ、当然の反応ね」
「私たちの中で一番激変しましたからね。彼」
クラスメイトたちから『豚』と言われていた林光里が細身なイケメンとなって項垂れる。そんな彼を刹羅が信じれないと言いたげな表情でジッと見詰める。
そんな二人に、美咲が手を叩き
「まぁ、細かい自己紹介はその辺にして男性陣はとっと出て行ってくれるかしら?」
空いた棺桶の蓋に乗せていた白いワンピースを刹羅に投げ渡す。
「簡素だけど、そんなボロボロな手術服よりマシでしょ」
その言葉に刹羅が自身を見下ろす。あまりにみすぼらしい自身の服装に、刹羅は顔を赤らめ、男性陣は黙って暗がりの通路へと出て行った。
「・・・・・ふうん。つまり、あの研究所を壊滅したあと、雨宮の異能を受けて気絶した私たちを棺桶に入れて運んだ、と」
「そ、研究所の死体保管室にあった棺桶を拝借したそうよ」
「なんで、棺桶?」
「埋葬屋に扮して街を脱出するためだそうよ」
某RPGのように棺桶を引きずって移動する魁人の姿を思い受けべて、刹羅は思わず苦笑いを浮かべる。
「で、今私たちがいるのは、隣町の破棄された下水道通路ってわけね。よく見つけたわね」
刹羅が脇で完全に枯れている排水溝を一瞥しながら問いかける。
「えぇ、研究所から必要な物資と共にお金も強奪したらしいけど、一応追われる立場だから、潜伏するなら下水道と決めていたそうよ」
隣で下水道の不衛生さに癖癖する美咲が改めてゲンナリとして答える。
「で、その時、偶然見つけたと」
「そういうこと」
「で、これからどうするの?」
「それをこれからみんなで決めるんじゃない」
「みんな?みんな、もう目を覚ましてるの?」
刹羅のその言葉に、美咲が呆れたように肩を竦める。
「そうよ。アンタで17名全員よ。因みにアンタ以外のメンバーは昨日の内に目覚めているわ」
「・・・・」
その言葉に刹羅は少し申し訳なくなるが、その心境を見越したように、美咲が答える。
「別に気にしなくてもいいわよ。あたしたちも自分たちの新しい体を受け入れる時間が欲しかったぐらいだし」
すると、長い通路が終わり、広い広間ーーー正確にはすべての水が枯れ、代わりに複数の糸が張り巡らせられた貯水炉ーーーに出る。
「はっ、随分と遅いお目覚めだな。眠り姫」
「やっぱり、夢見る美少女っているのは王子様のキスがないと起きないのかしらね」
そんな異様な広間に呆気に取られる刹羅の頭上から声が掛かる。
「・・・・・・寝坊したことは謝るけど、随分な言い草ね、『原田』くん、『瀬之口』さん」
刹羅が眉を潜めて、頭上の枯れた排水管に腰かけた異形へ変わった二人の男女に声を掛ける。
『原田 順平』
一部の男子生徒グループからパシリとしてこき使われ偶に、彼らの命令で、プラスチック爆弾や改造銃などを作っていた小柄な男子生徒だったが、今は赤褐色な肌と短髪に闘牛の様な大きい角を生やし、身長が伸び、筋肉がついたのせいなのか悪魔を彷彿させていた。
『瀬之口 美由紀』
万引きの常習犯な上、空気を読まず思ったことを口にしてクラスメイトから嫌われていた少女。
現在は、紫に染まった長髪に合わせて、背中から、紫色の大翼を生やし、天使を思わせる見た目をしていた。
そんな悪魔と天使が刹羅を見下ろしながら口を開く。
「とても謝ってるようにみえないんだけど」
「謝るなら土下座だーーっ!?」
二人に溶岩でできた巨杭が飛来し、順平は足元の配管を爆発させた衝撃で、美由紀は、背中の大翼で宙を舞って躱す。
「『甲斐』、テメー!」
「そこまでだよ!!君たちは争う為に、自主練を中断したわけではないだろう!!」
刹羅たちと対面するように別の通路から現れた異形を、火の粉を彷彿させる赤い鱗粉纏った順平が睨み付ける。
『甲斐 大介』
弓道部の部長を務めていたせいか、礼儀正しい好青年。
現在は蝙蝠を彷彿させる巨翼を背中から、巨蛇を尻尾のように腰から生やしている為、順平とはまたタイプの違う悪魔を思わせる姿をしていた。
「・・・・何上からモノ言ってんだ。テメー。俺は日本にいた時からテメーのその態度が気に喰わなかったんだよ!!」
「争うつもりはなかったんだが、少しお灸が必要なようだね」
順平が赤い燐光を体から発生させ、大介が両掌から赤熱かした溶岩を発生させ動き出そうとしたその時
「「うぐっ!?」」
二人が同時に俯きその場に倒れ込み、発動させていた力が霧散する。
「あがっーーー」
「やめーーっ!?」
二人の姿が醜い怪物へと変質する。刹羅が戸惑ったように二人を見詰めるのを他所に、広間に硬質な靴音が響き渡る。
「・・・・逃亡中なのに、余計な騒ぎ起こさないでくれるかな」
天井近くに存在する通路から声がかかり、不機嫌そうな表情を浮かべた雨宮魁人が現れる。
「・・・雨宮」
呆然と呟く刹羅を他所に、魁人が真顔で呟く。
「あんまり騒ぐと、知性を無くした怪物に変えて使役するよ」
「す、すな・・・げはえ」
「・・・はれ・・か・・った・・・・・みょう・し・・・ねえ・・・」
顔の半分が醜く膨れ上がった二人が俯せになった状態で謝罪する。
その謝罪を受け取った魁人は、飽きたとばかりに肩を竦めると、二人の姿が元の人型に近い異形へと戻る。ホッと息を吐く二人を戸惑いながら見詰める刹羅の耳に魁人が届く。
「・・・全員、揃った所で、今後のことを話し合おうか?」
その言葉に刹羅がハッとし、周囲を見るといつの間にか広間に17人の異形がいることに気付く。
(・・・いつの間に!?)
「だが、その前に、白波・・・いや俺の支配下に入った今、皆と同じように下の名前で呼ばせてもうよ。刹羅」
(刹羅って!?)
いきなり呼び捨てされたことに戸惑う刹羅を他所に魁人が柔和な笑顔を浮かべる。
「まずは、おはよう。無事、人型になれたようで半身したよ」
「い、いえ、それより私はどうしてーーー」
「俺の異能ーーー『ソロモン』は肉片を元にそれに付随する魂を呼び出し支配する。その効果で、君の中に『リバイアサン』の魂を植え付け、オマエに合わせて魂の形を変えることで肉体構造も適切な構造に変化させた」
(異能・・・・やっぱり、あの言葉は聞き間違いじゃなかったんだね)
「逆に言えば、支配下に入った私たちは魁人によって姿を好き勝手弄れるってわけ。其処の二人みたいにね」
美咲が順平と大介を嘲笑うような笑みを浮かべる。
二人がギリっと奥歯を鳴らす。
「・・・・『異能』、私たちにない『力』に目覚めるなんてね」
その言葉に魁人がキョトンとした表情を浮かべる。
「何を言っている。間接的に魂を変容されたオマエも『異能』を目覚めているはずだぞ」
「えっ」
その言葉に刹羅が戸惑ったような表情で美咲を見ると、美咲が頷き問いかける。
「・・・・今後のことも考えて、彼女の『異能』と『リバイアサン』の能力を教えてくれる?間接的に刹羅の魂に触れたアンタはもう把握しているんでしょ」
「もちろん。彼女の『異能』はーーーー」
その後、魁人は目覚めた『異能』と魔物としての能力を話し始めた。
同時刻、研究所からの通信魔道具が途切れたことに不審に思い、王都から『異能者』が派遣された。
「・・・・・・なによ。これ?」
地獄絵図とした研究所内の光景に、調査に派遣された江口春歌が思わず呟く。
同じように派遣された数人のクラスメイトもその悲惨な光景に絶句していた。
「・・・・っ!?」
そんな中、隼人がダッと駆け出す。
「結衣!結衣!どこだ!返事してくれ!!」
仲間の制止の声を振り切って、煉獄隼人が声を荒げながら引き離された恋人を探す。
だが、恋人の姿は何処にもいなく、あるのは、血染めの白ローブを着た研究職員と兵士だけ。
探しても探しても見つからない恋人に隼人の中に焦燥に似た焦りが生まれる。
そして、隼人が鈍く光る『それ』に気付き、血だまりから拾い上げる。
「っ!?」
【・・・誕生日、おめでとう。隼人】
【ありがとう。開けてもいい】
【うん】
【・・・ブレスレット?】
【只のブレスレットじゃないよ】
【?】
【えへへ、お揃い。こういうの今迄なかったでしょ】
隼人の誕生日、恋人である桑原結衣がプレゼントしてくれたお揃いの銀のブレスレットを隼人が呆然と見詰める。そのブレスレットに春歌が呆然と呟く。
「・・・・それ、結衣がいつも身に着けていた」
(教えてくれ、結衣。君は今何処で何しているんだ?)
同時刻。
雲行きが怪しくなってきた暗い海を渡るをガリオン船。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
その船首から雲行きの妖しい海を見詰める白ローブの美少女。
「・・・・・結衣」
その美少女ーーーー桑原結衣に灰色のローブを身に着けた魁人が声を掛ける。
「雨が降り出してきた。そろそろ、中に入ったらどうだい」
魁人の提案に結衣は黒く曇った空を見る。
「・・・・・・大丈夫です。それに今は雨に濡れたい気分なんです」
その寂しげな表情に、魁人が肩を竦める。
「・・・・君の境遇には同情するけど、自棄になったらいけないよ。君は、魂の絆で繋がった俺の大切な家族なんだから」
「・・魁人。私は貴方には感謝しています。ですがーーーー」
「分かってるよ。君が俺たちに協力するにあたって提示した契約は、必ず守るよ」
その言葉に、結衣は魁人を横目で一瞥し
「その言葉、信じますよ」
「もちろん、俺は家族との約束は必ず守るよ」
それに対し、魁人はニッコリと微笑んだ。
第一章『崩壊』、完
第二章へ続く。
記録
王歴1021年 蒼苺あおいの節 18日
■■村 魔導研究所、壊滅。
現状
『異能力者』:24名(生存者24名、死亡者0名)
『アートマン』:17名(生存者16名、死亡者0名)
合計:41名(生存者41名、死亡者0名)