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ゴーストジュエル

作者: 雨雲之水

 ノックの音がした。


 ここは郊外に建つ小さな建物。外には看板も何もなく、男が一人住んでいるだけ。当然、訪ねてくるものも殆どいない。たまに配達か何かで人が来るだけ。


「どうぞ。」


 部屋の中は事務所然としている。男はソファーに座り、ドアに向かって言った。


「で、御用件は?」


 ドアは動きもしなかったが、男はソファーで居住まいを正す。


 すると男の目の前には、半透明の女性が現れた。いわゆる幽霊と言う奴だ。


「で、おたく、誰に殺されたんで?あぁ、喋らなくても結構、俺の右目に触れてくれればいい。」


 半透明の女性はそれを聞くと、目の前の机を透り抜けて男の右目に触る。異様な光景だが、男は慣れたものか微動だにしない。


「成程、人気のない夜の道。男に乱暴されてそのまま殺された。自分は殺されたのにもかかわらず、相手の男は捕まっていない、と。」


 幽霊には発声器官が無い。だから当然声を出すことが出来ない。勿論物に触れることも出来ない、精々音を出すのが関の山。だから当然何かを使って犯人を捕まえるようなことも出来ない訳だった。

 しかし、男の右目は特別だった。幽霊を見る事が出来、触れてくれれば意思の疎通も可能だった。


「で、おたく俺にどうして欲しい?相手の男を捕まえるってだけなら、男の事を調べて警察に届けてやるが。」


 勿論、わざわざ男の所にどうやってか来るほどだ。恨みのほどはそれはもうと言った所だろう。男の方も半ばそれを承知の上で聞いている。


「まぁそりゃ殺されてるんだものな、殺してやらなきゃ溜飲も下がらないよな。」


 男は棚から小さな瓶を取り出した。そしてそれを机の上に置くと、幽霊の女性に言う。


「さ、その恨みの結晶を、男を殺してやりたいと念じる心を、この瓶の中に入れてくれ。」


 そう言われて、幽霊の女は指先を瓶の中に入れ、強く念じた。はっきり言えばそれは殺意で、その殺してやりたいと言う心がその場の空気を捻じ曲げている様にさえ感じた。

 幽霊の女が念じて少し経つと、瓶の中には透明な液体が少し入っていた。自分を殺した男を殺したいと念じる心そのものと言った感じの液体。抽出された殺意。

 しかもこれは殺意を向けられた者にしか効果が無い。つまり他の者に使っても全くの無害なのだ、だから誤って誰かを殺してしまう必要もない。祟りも使い様と言った所か。


「さて、後はこれを使うだけだな。」


 男は慣れた様子で瓶をしまい、男の事を調べ出す。当時の状況やら何から何まで幽霊の女に聞き、更に現場を調べて周囲を調べて。

 何せ男の右目は幽霊と繋がる事でその一切を知る事が出来た。男の顔も勿論割れている。




「さて、行きますかね。」


 男はそう言って小瓶を懐に忍ばせて出て行った。相手の事が完全に分かったからだ。後は幽霊の女に代わって殺してやるだけ。


 そう、彼は復讐の代行者なのだ。


 世の中には酷い犯罪を犯しながら捕まらずのうのうと暮らしている輩がいる。その事実は殺された者にとっても痛恨事だが、生きて生活を営んでいる人々にも恐怖を与える。

 それを解消するのを彼は生業としていた。生きている人の恐怖は兎も角、主に殺された人の無念を晴らすために。


「さて、と。」


 男はそう言うと懐の中の小瓶の液体を小さな針に付け、人ごみに紛れる。そして相手の男を確認するとすれ違いざまにチクっと刺した。


「これでよし、と。」


 あまりにもあっけない様に見えるが、しかしそれでいいのだ。何せ呪いの念は凄まじい。例え小さな針の一刺しでしかなかろうと、相手はものの数秒後には苦しんで死ぬ事になる。


 相手の男が倒れて苦しみだしたのを見届けると、男は自分のねぐらに戻って行った。


「さて、あんたの復讐は無事に終わった。つまり、あの男は後悔する暇もなく地獄行きってわけだな。」


 郊外の小さな建物の中で男が独り言を言う。しかし、実際には目の前に半透明な女性が立っている。

 もう半透明というよりはほぼ透明だ。男もよっぽど右目を凝らさないと見えない。


「ま、あの世が本当にあるかどうかは知らないけどさ、迷わず成仏するんだな。何、殺したのは俺だ。閻魔様もそこんところは分かってくれるだろうよ。」


 幽霊の女はそれを聞くか聞かないかで消えてなくなってしまった。おそらく成仏したのだろう。恨みが完全に消えたせいか、小瓶の中の液体もきれいさっぱり消え失せ、更に女のいた後には綺麗な石が転がっていた。


「お代は確かに。」


 未練のあった幽霊が成仏するとき、その後には幽霊の残滓が宝石の様な形で残る。大小は様々だが、それらは美しく、値段もそれなりで取引される。表向きにはとても希少な宝石として。


 男はこのゴーストジュエルを売る事で生計を立てていた。何せ幽霊の復讐の代行は全くの無料になってしまう。まぁ尤も、この副産物があるから男も幽霊の復讐の代行などをやっているのだが。



 数日後



 ノックの音がした。


「どうぞ。」


 男は反射的にそう答える。すると今回は扉を開けて帽子をかぶった男が入って来た。


「よう。」


 帽子をかぶった男は気安く話しかけてきたが、どうも様子がおかしい。男の方を観察している様にも見える。


「おたく、初めて見る顔だけど、何か用かい?」


 男は帽子をかぶった男に言う、すると男は懐から銃を取り出してこちらに向けた。


「お前さん、方々で恨みを買っているようだねぇ。どうだいこいつらの顔、どれも見覚えがあるだろう?」


 帽子をかぶった男の声を聞いて、扉からぞろぞろと人が入ってくる。しかしその誰もが半透明、つまりは幽霊だった。


「皆どうやって殺されたのかは分からないが、死ぬ直前に確かにお前さんを見たって話だ。一人や二人だったら兎も角、これだけの人数の話が揃えばこりゃもう黒ってなもんだよな。」


 幽霊の復讐、この状態が起きるのはある種自明の理ではあった。誰かに殺された者が復讐を考える。そしてそれは別に、罪の有無を問う訳ではないのだ。

 そしてそれと同時に、男だけが復讐の代行者では無いという事も。


「まぁお前さんも誰かの代理人だったんだろうけどよ、こいつらが恨んでるのはお前さんだ。殺したのは誰かってのはそりゃお前さんが一番良く分かってるだろうしな。」


「……。」


 銃を突き付けられ、男は身動きが取れない。銃から伸びた赤い光は男の心臓を的確に捉えている。

 撃たれるしかないこの状況、周囲には他の建物も無く銃声が響いたところでそれを通報するような人もいない。まぁ尤も、銃声がしては手遅れなのだが。


「俺は人が苦しんで死ぬのは見たくない、だから一思いにやってやるよ。お前さん、何か言い残したことはあるかい?聞くだけなら聞いてやるよ。」


「…おたくも小瓶を持ってるのかい?」


「あぁ勿論、今も肌身離さず持ってるぜ。」


「そうかい。」


 そして銃声は鳴り響いた。男の胸から出た血液は、シャツを赤く染め上げていく。


「どうだいお歴々、お前さんらを殺した犯人は見事俺の手で地獄行きとあいなりました。」


 幽霊達は次々と男に近寄ってそれを見る。そして確認が済むと満足気に頷いてそれぞれ消えていった。後には綺麗な宝石を残して。


「さて、と。」


 帽子をかぶった男は腰に下げていたポーチに手を回し、中に入っている小瓶を次々に机の上に並べていった。


「よしよし、皆綺麗に成仏したな。まぁあいつらが行くのは間違いなく地獄だろうが、恨みに思って化けて出る事ももうないって訳だ。」


 帽子をかぶった男は床に転がった宝石を拾い集め、机の上に並べていく。


 そして


「もう起きていいぞ。」


 倒れた男が起き上がる。撃たれたことなどどこ吹く風と言った所だ。


「今回も上手く行ったな、兄貴。」


「あぁ、瓶はどれもカラッポ。宝石はこの通りだ。」


 この男達、兄弟で復讐の代理人をしている。弟は殺された無念の霊を、兄の方は弟に殺された霊をそれぞれ相手にしている。


「しかしこいつら、誰かを殺しておいていざ自分が殺されるとなると恨みに思うとは。とんだやつらだな。」


 弟は右目、兄は左目に霊と交信する力が備わっていた。以前は二人とも無念の霊を相手にしていたのだが、ある日兄の方に弟が殺した相手が霊となりやって来たのだ。そしてまた、その逆も。そしてそこで気が付いた。自分達が殺した相手も、また無念の霊となって復讐してくれる者を探しているという事に。


 そして今回の様な方法を思いついたのだ。死を偽装し成仏させ、先ずはお互いを恨みに思う霊を無くす。そしてその後は弟が無念の霊を専門に相手をし、兄は弟に殺された霊たちの復讐をまとめて引き受ける。そして定期的に弟の所へ乗り込み、弟を殺したと見せかけて彼らを成仏させる。

 恨みのこもった小瓶は二重の確認だった。宝石となれば目に見えて成仏しているが、全ての霊がそこにいるかどうかは分からない時もある。だからこそ依頼を受けた時に小瓶に恨みを注いでもらい、それを全員分確保しておく。成仏すれば中身は消える。小瓶の中身が最終チェックだ。


「まぁそう言うなよ兄貴。結局あいつらは復讐出来ずに満足してあの世にいったんだからさ。」


「まぁそう思えばそうだな。自分達が失敗しているとも気が付かずに満足してあの世に行ったんだからな。」


 弟が血糊の付いたシャツを脱ぎながら言う。


「今回のでまとまった数の宝石が手に入ったし、暫くは休業してバカンスにでも行きたいな。俺を狙う霊も今ならいない事だし。」


 兄はタンスから新しいシャツを取り出し弟に渡す。


「そいつはもうちょい後になるかもなぁ。」


 兄がドアを見て言ったその直後。



 ノックの音がした

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