ラルゴ
防水シートを打つ雨の音が、バラバラと響く。
ランプの灯りはくらくら揺らめいて、錆だらけの部屋をじんわり照らしている。
鉄板を組み合わせただけの簡易的な住居。
何故かそこに招き入れられ、この住居と同じくツギハギの椅子に腰掛けている。
ぼろぼろのテーブルを挟んで向こう側にいる男性はとても温和そうで、柔らかな表情をしている。
シワの目立つ顔にモノクル。まばらな白髪。
服もぼろぼろで、一目で古いものだと分かる。だが、目立った汚れもなく丁寧に管理されていることも明らかだ。
男性は部屋の奥で湯を沸かし、それを俺らに振る舞う。
「あ、ありがとうございます......」
カップに触れると、 冷えた体にその温度が染み渡った。
「すまないね。ここには紅茶もコーヒーも無いんだ」
「あ、いえ......」
第一浮遊島以外にも島があり、そこに人が住んでいるというのは知っていたが、実際目にするのは初めてだ。
全く知らない人物。
何を考えているのかは分からない。当然疑心暗鬼になり、カップに口をつけるのをためらう。
視線だけ横を向けて、コペの様子を伺うとコペは既に両手でカップを掴み、白湯を喉に流し込んでいた。
「あの......あなたは?」
男性は笑いながら、頭を掻く。
「はは......自己紹介が遅れたね。私はラルゴ。この島の住人だ。君たちは......?」
ラルゴは、目を閉じてゆったりとした動作でカップに口をつける。
「俺は......レン......です」
コペは視線も合わそうとせず、カップに口をつけたままテーブルの錆を見つめている。
「こっちがコペで......あともう一人ロビっていうのが居ます......」
「ああ、もう一人居るのかい。連れてきてしまって悪いことをしたかもしれないね」
そう言ってラルゴは外を見る。
「まぁ、今日はもう暗い。明日になればすぐ見つかるだろう。私以外にも人はいるからね」
「ラルゴさん以外にも居るんですか?」
何が面白かったのかよく分からないが、ラルゴさんが軽く吹き出す。
「ふふっ、流石に私だけじゃないさ。みんなこうやってゴミ拾いをして生活しているのさ」
その表現はやや自嘲的で、いまいち反応に困った。
「どうして俺らを?」
多分、突然空からやってきた人物を部屋に招き入れるのは危険だ。そんな危険を冒す理由が全く見えない。それは同時にこちらからも信用できない理由でもあった。
「ここでのルールだからさ。上がどうなっているのかは知らないが、ここでは一人で生きていくのは難しいからね」
なんでもないように言うが、それだけの理由ではなんと言うか弱い気がする。
そんな考えを表情から読み取ったのか、ラルゴが笑う。
「そこら辺で死なれちゃ寝覚めが悪いだろ。それにここも年寄りばかりだ。死んでもいいとは言わないが、長くは続かない。受け入れるしかないのさ」
「は、はぁ」
「どうかしてる」
ずっと黙り続けていたコペが急に口を開く。
そんなコペの目を覗き込んで、ラルゴが続ける。
「どうかしてるのかもしれない。だが、ここの住人は皆気づいているんだ。ゆっくりと衰退していくだけだと。私たちは年寄りだ。抗うつもりもないさ」
納得はしていないようだが、コペは俯き、それ以上何も言わなかった。
「ところで君たち、実際何しに来たんだい?」
ラルゴが空気を変えるように、声の調子を変えて訊いてくる。
「あーっと......それは、ロビが一番知ってると思います」
実際のところ、ここに何をしに来たという訳でもないのだろう。
「ふぅん。怪しいな」
忌憚なく俺らの素性を形容する。
「まぁ......ですよね」
ランプが一瞬点滅する。
「ああ......。そろそろ寿命かもしれんな。まぁ、今日のところはゆっくりしていってくれ。寝袋ならいくつかあるんだ」
そう言って、ラルゴが席を離れる。
その姿を無心になって眺めながら、少し冷めてしまったお湯を飲んだ。
温かい液体が喉を通る。それだけで、少し気が楽になった。
めぼしいパーツが見当たらない。
というか、どの部品にどういう役割があるのかさっぱり分からない。
雨に濡れながら、瓦礫の中にしゃがみ込む。
「とりあえず戻るべ」
体も冷えてしまったし、トラックの中に戻ろうと来た道を戻る。
たどり着いたトラックには、誰も居なかった。
「あっと......?あいつらどこ行った?」
第一浮遊島の奴らに回収されたなんてことだったら冗談にならない。
「おいおい、嘘だろ......」
瓦礫の山に倒れこむ。
「これからどうする......?」
決まっている。
二人を探して、見つからなければ、見つからなければ......。
空には巨大な島が星を隠して佇んでいた。