第一浮遊島
今日も今日とて自動人形のメンテナンスだ。
と言っても、そんな簡単に壊れるものでもなければ、定期的に自動人形自身が自らを点検しているので、ただ決められた手順をなぞるだけの作業だ。
規格も統一されていて、個体差はない。仕組みも分からないまま、蓋を開け閉めしている。
「はぁーあ」
淡々とした作業に飽きてきて、ドライバー片手に伸びをする。
そんなことをしたって誰に注意される訳でもない。自分の家だし。というか、未成年は不用意な外出が認められていない。もっとも、そんなことをする必要もない。
もうすっかり馴染んだ革手袋を何度か握り、また作業に戻る。
これさえやっておけば、当たり前にここで生活していけるのだ。当たり前に生きて、当たり前の未来が手に入る。第一浮遊島はそういうところだ。
俺自身ここが好きだし、役に立ちたいとも思う。だから、何も不満はなかった。
自動人形の蓋を開け、手順通りに確認し、蓋を閉じる。
しばらく集中していると、屋根を打つ雨の音が聞こえてきた。
仕事もだいたい片付いて、無意識に時計を見る。時計の針は八時半を指していた。
一度食事にしようと思い、作業途中の自動人形を壁に立て掛ける。工具はその上の棚にまとめて置いておいた。工具箱もあるが、食事の後すぐに作業に戻るので使わなかった。
窓の外に目をやりながら、備え付けの小さな冷蔵庫に手を伸ばす。数日前に買った缶詰めがあるはずだ。
雨はすっかり本降りで、アスファルトを力強く叩いている。街灯の光が道路に滲んでいた。
「なんか騒がしいな......」
聞こえるのは、車の走行音。
車自体は珍しくもないが、その音は明らかに通常より激しかった。
濡れた路面に車のライトが伸びる。
見れば大型のトラックが、その巨体を揺らしながら走っている。そしてその背後には......。
「大型自動人形......?」
自動人形の中でも大型の、それも武装したものだ。両足のローラーで、トラックの後ろを滑るように移動している。
そんな大型自動人形が、駆り出されるくらいなら、トラックの運転手はおそらく犯罪者だろう。それもかなりの重罪だ。
「時々こういうのがいるんだよなぁ」
缶詰めを机の上に置こうとすると、けたたましい急ブレーキの音に思わず振り返る。
窓からは強い光が差し込み、そして壁ごと砕ける。コンクリートの破片が飛び散り、尻もちをつく。
自動人形を振り切れないと悟ったトラックが俺の家に突っ込んだのだ。
「な、は......?」
時間の流れが、いやにゆっくりに感じる。
衝撃に耐える運転手の顔は、俺と同じく未成年のものに見えた。
少しスピードの落ちたトラックが、急発進しもう片方の壁を検査中の自動人形諸共壊して、別の道路に出る。その際に、俺の工具が車体とトレーラーの隙間に滑り込んでいくのがはっきりと見えた。
トラックが走り抜けると、時間の流れが元に戻る。時間差で天井も崩れ、雨が俺の体を激しく濡らす。
しばらく無心で呼吸だけをする。
自動人形はルートとして組み込まれていない道は通れないので、俺の家の前を通り過ぎていった。
雨粒が頬を伝う。
空を見上げると信じられないくらい夜は静かだった。
「俺の......工具......」
あれがないと仕事が出来ない。
つまりここで生きていくことが出来ないのだ。
雨に打たれながら、立ち上がる。
「取りに行かないと......」俺の将来を。
破片を蹴って、トラックの出て行った方へ走り出した。
家を飛び出すと、再び同じ手を使ったようで破壊された家がもう一軒見えた。
その家の主人は、運悪く瓦礫の下敷きになったようで雨で薄まった血液に浸されていた。ピクリとも動かないので、おそらく死んでいるだろう。
その家を抜け、また別の道路にたどり着く。
そこでは、自動人形がトレーラーを掴んでトラックに引きずられていた。自動人形のローラーからは、激しく火花が散っている。
速度は著しく落ちているようなので、急いで走っていく。
トラックが向かうのは浮遊島の端。
つまり空だ。
ここまで来たらどの道命はないだろうし、本人たちも分かっているらしく、自動人形を道連れにしようとしているのだろう。
全速力でトラックに近づく。
大した距離も走っていないのに、息は上がり雨粒に混じって汗が伝う。
「もう少し......もう少しで!」
自動人形のブレーキ音が近くに聞こえる。その火花がつま先を照らす。
トラックは今にもその身を投げ出さんとしているが、まだ間に合う。
「はぁっ......はぁっ......」
トラックの横に位置どり、トレーラーの隙間に視線を落とす。
「あっ、たぁっ......!」
引っかかっている工具が、街灯の明かりを反射してる輝く。
その瞬間だった......。
トラックの速度が跳ね上がる。
自動人形の脚が折れたのだ。
「俺の仕事が!俺の将来が!」
がむしゃらに手を伸ばす。
トレーラーの最後尾に指が引っかかった。
「間に合った......!」
しかし現実は非情で、俺の体はトラックごと宙に舞っていた。
俺の保障されていたはずの未来が崩れ去る。ただ風の音ばっかり、頭の中に流れていた。
トレーラーの後ろの歪んだ扉が開く。
それに体を押され、手を離す。
決して大きな衝撃ではなかったが、掴んでいる意味もなく、ただ空虚な気持ちだった。
視界に、白が入り込む。
トレーラーから出てきたのは、白い髪をした女の子だった。琥珀色の綺麗な目をしていて、その華奢な腕でトレーラーを掴んでいる。
ただその様を茫然と眺めていると、少女は「仕方ないか......」と呟き、トレーラーから身を乗り出す。
彼女の顔がすぐ側まで近づき、その大きな瞳に吸い込まれそうになる。
そのまま、少女は迫り続け......唇が触れる。
少女の目は大きく見開かれ、俺もまたそれを仰天して覗き込む。
唇を離すと、俺の顔に手を添えて今度ははっきりと言う。
「私を使って」
「使う......?何を言って......」
「大丈夫。分かるはず」
少女の瞳が、僅かに輝いた気がした。
その瞬間、落下が止まる。
正確には、止まったと思うほど、落下速度が下がった。雨粒さえも、その空中をゆっくりと漂っている。
「な......これ......」
状況が上手く飲み込めないで、言葉に詰まる。
そのまま俺らは、トラックと共にゆっくりと夜空を下っていった。
定期的に更新出来たらなと思います。