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第十三話 このあと滅茶苦茶ピローした

「それじゃあ永政くん。枕投げしましょう!」

「本当にやるのですね、それ」


 白い浴衣を纏った雪奈さんがガチっぽい構えを見せ、俺を枕投げに誘う。もう少し自分の恰好を考慮して頂きたいものだ。


「いいじゃない。私の学生時代では、枕投げをしようとしたら絶対誰か嫌って言って結局企画倒れしたのよ」


 確かにそういうこともあるかもしれないな。俺はただ単に入れてもらえなかっただけだけど。


「はぁ……。ちょっとだけですよ? これやったら絶対寝ますからね?」

「わーい! 永政くん大好きー!」


 腕を上げて喜んでいる雪奈さん。そんなに枕投げがしたかったのだろうか。憧れではあるが。


「行くわよー」

 緩い声でそう言い、枕を俺の身体に投げつけ——。


「ちょ、雪奈さん! これすごく痛いのですが。枕に鉛玉でも仕込んでいるのですか!?」

「そんなことはしていないけれど」


 ボスッ、と音がして俺の身体に当たったまではいいものの、かなり痛かったので不正でもしているのかと思ったが、反応を見るにどうやら違うらしい。持った感覚も、少し重いが普通の枕だし。


「あ、もしかして私の愛が具現化しちゃったのかしら。ぽっ」

「ぽって口に出す人、俺初めて見ました」

「そう。私、永政くんの初めてを奪っちゃったのね。安心して、責任は取るつもりよ」

「あの、俺たちの話している内容って一致しているのでしょうか」


 桃色に染めた頬を両手で押さえ、腰をくねらせながら俺のほうをチラチラ見る雪奈さんをジト目で見つめる。案の定効果はない。


「うふふふ、もっとめちゃくちゃにしてやるわ!」

「あの、意図的に言い方こんな感じにしていますよね!?」

「こんな言い方って何かしら?」


 無邪気な子どものような笑みを浮かべ、クッションを投げる。もはや枕ですらないと思ったが、よく考えたらこの場に枕は二個しかないので当然であった。


「さあ、永政くん。お姉さんに全部ぶちまけていいのよ?」

「いい加減セクハラで訴えますよ?」


 やられっぱなしは嫌なので、思いっきり振りかぶって枕を投げる。雪奈さん相手に手加減は無用だろう。


「あいたっ。なかなかやるわね」


 当たった瞬間こそ顔をしかめていたが、すぐさま元通りになったのを見て、俺はあまり威力が出ていないことを悟る。比べたらという仮定の話で、雪奈さんの威力が半端でないだけなのだが。

 と、ここで俺は気づく。


 雪奈さんの浴衣がはだけ、谷間が思いっきり見えていることに。

 半ば反射的に目を背けたのが運の尽きだったのだろうか。不審がった雪奈さんが俺のほうへと寄って来る。


「あらぁ、戦いを放棄するというの? お姉さん悲しいわ。夜はまだまだこれからなのに」


 この状態で夜はまだまだこれからだとか言わないでほしい。俺だけかもしれないが、どうしても別の意味に思えてしまう。

 花魁のごとく艶やかな身体。華のように甘い香り。

 雪奈さんの魅力すべてが襲い掛かってくる。どうか働いてくれ俺の理性。


「い、いえ。戦いはまだ始まったばかりですから」


 動揺を悟らせまいと戦いの続行を告げるが、俺にとっては完全なる悪手だった。

 先に枕を豪速でぶつけられたので、ほぼ何も考えずに枕投げをすることになったのだが、今となっては枕をぶつけるなんて億劫でしかない。


 まだキャッキャウフフ的な緩い感じの枕投げなら続行もできる可能性はあったと思うが、生憎とガチ感溢れる枕投げと化してしまったので考えても無駄だ。


「そう。……ああ、こういうことね」


 にっこりと笑って返事した雪奈さんがふと顔を下に向けると、次は含み笑いを見せた。

 どうやら、なぜ俺が急に戦力ダウンしたのか分かったようだ。恥ずかしいことこの上ない。

 だが、これで直してくれるだろう。そう思っていた俺が悪かったのだろうか。


「さ、永政くん投げなさい。どこに投げてもいいのよ?」


 直す素振りすら見せず、手を広げて枕を投げられる準備をする雪奈さん。どこに当ててもいいとわざわざ言っているからに、故意犯だろう。

 いいのか、本当に胸に投げてもいいのか。そもそも一番投げやすい箇所は胸だろうし。別にこれで胸に当たっても俺に責任はないよな?

 胸を強調しているように見える雪奈さんをじっと見つめながら考える。


「ねぇ、早くしてくれない? 夜はこれからだって言っても遊ぶ時間が減っちゃうわ」


 その言葉で、俺はいっそのことポロリさせてやると覚悟を決め、枕を投げた。

 理想的な曲線を描き、到達した点は。


「あっ」

「ふべっ」


 雪奈さんの顔面だった。顔に当ててやろうと思って投げた気はさらさらないが、それでもやってしまったことなので申し訳なさが募る。


「す、すみません! 大丈夫ですか?」


 何か不具合があったらと思うと居ても立ってもいられず、雪奈さんへ駆け寄る。それが間違いだと知らずに。


「雪奈さん、ゆき、な……さん」

「ん、痛かったわ……。でも顔面セーフと言うし実質私の勝ちよね。あれ、何で固まっている、のかし、ら」


 両者固まる。

 顔面から滑り落ちた枕が浴衣を巻き込んで落ちているのだ。下着を着けているのが不幸中の幸いで。つまりどういうことかと言うと。


「わ、私だけほぼ上半身裸というのもなかなか恥ずかしいわね」


 薄く青のかかったブラジャーが思いっきり見えているのである。しっかりと浴衣を着ていればこんなことにならなかった可能性は高い。直接的な原因は俺だが、回りに回った自業自得ともいえるかもしれない。

 そんなことを考えつつも、俺の視線は思いっきり雪奈さんの谷間に釘付けになっているわけで。


「そ、そんなに見ないでくれないかな?」

「お構いなく」


 言ってから自分の言動が頭おかしいことに気づく。だが時すでに遅し。


「ふぅーん。永政くん、わ、私のおっぱい好きなんだから。一緒に寝てあげてもいいのよ?」

「お、お構いなく」


 正直かなり揺れたが、すんでのところで抑え込む。今からでも名誉挽回は図れるはずだから。たぶん。

 この状況を逆手に取った雪奈さんは、誘惑するようなポーズをする。


「いいじゃない。安心感に包まれながら寝たいでしょ? いいのよ、お姉さんに甘えても」

「あ、甘えてばかりじゃ人は成長できないと思います」


 めちゃくちゃ動揺している俺を差し置いて、平常運転に切り替える雪奈さん。そのお陰で小学生の作文みたいなことを言ってしまった。


「いいの。さ、寝ましょう?」


 自分の意志とはよそに、不思議と逆らうことができなくなった俺は雪奈さんと共にベッドへ潜り込んだ。

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