6話 咲良の失恋未遂
美月と凛子と咲良がマンション前で公園で出会い、咲良が逃げ出した日のあとも、
咲良はカバンに凛子への想いを綴った手紙を入れ、学校に通っていた。
マンション前の公園で凛子と出会った話は咲良からは話題に出しずらかったので、学校では話題に出さなかった。
すると凛子もまるで出会ったことがなかったかのように、過ごしていた。
咲良はそれはうれしいような何か悲しいような気がした。
話には出ないなら、咲良はこのままなかったかのように過ごしたほうが気が楽であったが、
咲良は手紙を渡さなければならない、と思っていた。
凛子への想いを自分の中で閉じ込めておくことができなくなっていたからだ。
そして、その日も学校では渡せずじまいで放課後になった。
凛子はいつものように足早に帰宅準備を済ませ、教室を出て行く。
咲良はそれを見送り、凛子の住むマンション前の公園に急いで向かった。
公園につくと数人の遊んでいる子供たちの姿が目にはいる。
咲良はベンチに座り、マンション前をじっとに見つめる。
咲良は学校では渡すことが難しいと思い、マンション前で渡すことを決めたのだった。
凛子がいつ帰宅するかわからないが、それまで何時になろうと待つつもりだった。
そして、時間はたち日が沈んでいき、夕焼けとなり、街灯が点灯した。
公園で遊んでいる子供はいなくなり、咲良だけがベンチに残っていた。
咲良は、待ちながら、ふと凛子の帰宅が遅い理由が気になった。
凛子は特に部活や塾など用事ごとを特にしてないと言っていたからだ。
日は完全に沈み、夜となった。普段なら咲良も帰らないといけないのだが、
咲良の家族の仕事が最近忙しく、帰宅が遅くなることがわかっていたので、まだ帰らなくてもよかった。
じっとマンションの入り口を見る。ポツポツとマンションに住む人が帰宅しているのだが、凛子の影はまだない。
咲良はふぅーと息をつき、カバンから手紙を取り、手に握る。手に取っていると手紙の中の想いが勇気付けてくれるようだった。
手紙を胸に目を瞑る。凛子ちゃん、私は凛子ちゃんのことが
「あんた、またなんでここにいるの?」
咲良は後ろから急に声をかけられ、驚き、後ろを振り向く。
そこには手紙を渡したいとずっと追っていた凛子が訝しむ表情で立っていた。
咲良は息を飲む。そして立ち上がり、凛子に向き合う。
「凛子ちゃん……、えと。今帰り?」
「そうだけど。咲良はここ帰りじゃないよね。」
「うん……。ちょっとね。」
「いつから、ここにいるの?」
「……学校終わってからだよ。」
「ふーん。じゃあもう暗くなって来てるから、気をつけて帰りなさいよ。」
そういうと凛子はマンションの方に歩き出した。
咲良は決心した。そして、凛子の手を取った。
「凛子ちゃん、ちょっと待って。」
「……。」
「凛子ちゃん、私は、私は今日凛子ちゃんに会いに来たんです。」
咲良は顔を赤くして、緊張した声で勢いよく話し出した。
凛子は咲良に振り返る。その表情はいつものように落ち着いた感じてはあったが、少し緊張しているようにも見えた。
「凛子ちゃん、この手紙を受け取ってください。」
そう言い、咲良は手紙を凛子に差し出す。凛子は差し出された手紙をじっと見る。
「私の凛子ちゃんの想いを書きました。読んでください。」
咲良は目をぎゅっと瞑り、震えた手で手紙を前に出す。
しかし、凛子は手紙を掴もうとしなかった。
「凛子ちゃん?」
咲良は上目遣いで凛子の方を見る。凛子はじっと咲良を見ていた。
「読んでみて。」
唐突に凛子が言った。咲良は困惑した。
「手紙に書いてること読んでみて。」
繰り返すように凛子が言った。
「そ、それは……。」
咲良は想定外の状況になり、後ずさりする。
「もう一度言うわ。あなたの想いをここで教えて。」
凛子は咲良に真剣な眼差しで話す。
「あ……」咲良はガタガタと震えながら、声を搾り出そうとする。目には涙が浮かんでいた。
「あ?」
「……。あああぁぁぁ」
咲良は耐えきれず、振り返り、公園の外に向かって走り出していた。
凛子は逃げ出す咲良を苛立った表情で見ていた。
咲良は涙を流しながら、駅まで走っていた。握られた手紙はくしゃくしゃになっていた。
走りながら、凛子の前から逃げ出してしまった自身を嫌悪した。
そして嫌悪するたびに悲しく、目から涙が出てきた。
「咲良ちゃん。」咲良の呼ぶ声が聞こえ、手を掴まれた。
咲良は振り返るとそこには、マンションの玄関で出会い公園で話を聞いてもらった会社員(美月)がいた。
「咲良ちゃんよね?どうしたの?何かあった?」
美月は何か怖い表情をしていたように見えたが、咲良を見ると優しい表情になり、穏やかに咲良に声を掛ける。
声をかけられ、咲良は徐々に落ち着きを取り戻していった。
「もしかして、変質者がいたの?何かされた?」
「いえ、違います。ただちょっと……。」咲良は顔を伏せる。美月は咲良の持っている手紙に気がつく。
「凛子ちゃんにあったの?」
「……う、うぐぅぅぅ。」咲良は情けなさに苦悶の声を上げる。
「そう。よかったらあそこにベンチがあるから話聞こうか?」
そういうと美月は咲良の手を取り、ベンチに向かった。
「良かったら飲む?」
美月は自動販売機で買ったペットボトルのお茶を咲良に手渡す。そして、美月は自身の分のお茶に口をつける。
咲良もペットボトルの口を開け、ごくごくと飲んでいく。暖かいお茶で、心が落ち着いていくことを感じた。
「落ち着いた?」
「……。はい。」
「それで、泣いてたようけどもし良かったら話聞こうか?」
咲良は美月を見た。美月は真剣な目をしていて、咲良はこの人なら信頼できると思った。
咲良は自身の凛子に対しての想いと公園であったことを話した。
「ふふ。凛子ちゃんは結構きついところあるね。」
美月は静かに話を聞いていたが、凛子にラブレターを目の前で読めと言われた話で少し笑いながら言った。
「はい、びっくりしちゃいました。学校でもきついところありましたが、
まさかその場で読むように言われるとは思いもしまませんでした。」
「凛子ちゃんには凛子ちゃんの考えがあってのことなんだろうけどね。」
「あの、逆に聞きたいんですけど、同じようなことになったら、その場で読まれますか?」
「私?私だったら、読むと思う。むしろ手紙は書かないで、呼び出して直接伝えるかも。」
「すごいです。私はそんなことしたら、多分相手の目の前で固まっちやいます。」
「咲良ちゃんには咲良ちゃんのやり方があるはず。咲良ちゃんはおとなしい感じがするから、自分なりの方法で告白した方がいいと思うよ。」
「はい、そういってもらえると嬉しいです。」
「ふふ、その感じだとまだ諦めてないんでしょ。」
「……はい。話聞いてもらって、まだ振られたわけじゃないって気づきました。
どうやって想い伝えるかはわからないですが、もう一度挑戦しようと思います。」
「がんばって。咲良ちゃんは真面目でかわいいからうまくいくよ。」
美月は笑みを浮かべ、優奈に励ましの言葉をかけた。優奈は少し前の悲しみは消えていき、力が湧いてくることを感じた。
「ところで、どうして私の名前知ってるんですか?」
「あぁ。それはこの前に咲良ちゃんが走っていっちゃった後に凛子ちゃんに教えてもらったの。」
「なるほど、そういうことだったんですね。」
咲良は納得した顔をする。美月はその顔を見て、自身の名前を名乗ってなかったことに気がついた。
「ところで、私の名前は言ってなかったよね。私は美月っていうの。」
「美月さん?」咲良は聞きこながら、何か聞いたことある名前のような気がした。アニメとか漫画のキャラかな?
「何かまた会えるような気がするから、覚えといてね。」
そういうと美月はカバンを持ち、帰ろうとする。
「じゃあね、咲良ちゃん。もういい時間だからそろそろ帰らないとね。夜も遅いから気をつけて。」
「はい、凛子さん、おやすみなさい。」
咲良は美月と別れた後に、まっすぐ自身の住む家に向かった。
帰り道に、咲良は美月のような余裕があり自身のあるかっこいい人になりたいと思った。
しかし、美月のようになることは難しいとは気づいているので、せめてまずは自分自身で納得いくように勇気を持って行動することを誓った。
次こそはちゃんと凛子ちゃんに告白するぞ。