5話 納品3日前
優奈のヘルプを引き受けた日に、美月は家でも夜遅くまで仕事をする必要があった。
そのおかけで次の日には、打ち合わせ用の資料を作りきり、お客様との打ち合わせで要件伺い、認識合わせをすることができていた。
一方で、優奈の指導員Xや上司のZもその場にいたが、二人の進捗説明はお客から厳しい指摘を受けてしまっていた。
打ち合わせの中でお客から納品の日程変更は難しいことと伝えられたため、納品物を今週中に仕上げることが必要だった。
本来なら数ヶ月程度かかる成果物を数日で作成することになるため、少なくとも修羅場になることは確定していた。
ただ、修羅場ではあるが、幸いにも美月には経験がある部分もあり、何より真面目で優秀な優奈もついてるので、
適切に業務を進めていけば二人の担当箇所についてはギリギリ間に合わせられる見込みが立っていた。
顧客打ち合わせ後、すぐに優奈に連絡し、現在の資料のベースで問題なく、そのまま変更を反映するように指示し、オフィスに戻る。
そして美月が元から持っていた案件を高速で完了させ、優奈のヘルプに入る。
すでに定時が過ぎていたが、スケジュール的にまだ終わっていないため、帰るわけにはいかなかった。
ただ、昨日夜遅くまで仕事していたこともあり、疲れが出てきたので、一旦切り上げて、家に戻ることにした。
帰りに状況確認を含め、優奈の席に向かう。画面に向かう優奈の顔は前向きな顔をしていて、うまくいっていることが見て取れた。
「優奈さん、今日はまだ残るの?」
「もう少しして、区切りついたら帰ろうと思ってます。」
美月は優奈のパソコンの画面を見た。優奈の担当物は予定よりも早く終わっており、美月は安心した。
「さすが優奈さん。予定以上に進んでいる。」
「はい!美月さんのおかけで要件が定まったので、あとはまとめるだけにできたんです。」
「ふふ。優奈さんが要件が変わっても対応できるようにしてたことか大きいの。後少し頑張りましょう。」
そういうと、美月はオフィスを出て、帰路につこうとした。
しかし、美月、優奈分は間に合わせられることがわかってきたが、ふとXの担当分について完了しているか気になった。
Xの担当分が間に合わない場合は、美月と優奈の成果物は完成していても、全体的には完成したことにならないのだ。
一抹の不安が美月の頭をよぎったが、Xの席まで向かうことにした。
Xはいつものようにぼんやりした顔をしていて、効率的に仕事しているようには見えなかった。
「Xさん、今日のお客様から指摘頂いて、修正が必要だと思うんですけど、進捗はどうですか?」
「えっ?美月さんがやってくれるんですよね?」
美月の中に強い怒りが生まれそうに
「いや、私はXさんの担当分の修正は引き受けてません。今日の打ち合わせでもXさんの方で修正という結論になりましたよね?」
「打ち合わせはそうだったかもだけど、僕ってもう一つ案件もってて、そっちもまずい状況なんだよね。」
「だからなんですか?私にそれを把握して、Xさんの担当分も対応しろと?」
「いや、僕は別案件あるし、忙しいんです。美月さんは余力ありますよね?」
お前たいした仕事してないのに、忙しいって何言ってんだ、◯してー。と美月は爆発寸前になりそうになるが、大きく深呼吸して心を落ち着ける。
「余力はないです。私も別案件持ってましたが、必死に終わらしてるんです。
Xさんは結局進捗なしということでいいですか?」
「いや、だから美月さんが。」
「何言ってるかわかってますか? 頼まれてもいないのにやるわけないでしょ。ZさんにXさんの状況を伝えてきます。」
言い訳がましく答えるXと話すことは無駄だと判断し、上司であるZの席に向かう。まずいことになるかも。美月は思った。
ZにXの状況を伝えるとZは「それは困ったな」と一言言った。
「うーん。X君ができないとなると誰かが代わりに対応しないといけいなんだよな。Bちゃんなら可能かな?」
「何言ってるんですか?」美月は答えながら、怒りゲージがMaxに近づいていることを感じる。
「いやだから、優奈ちゃん。さっき彼女とすれ違ったけど元気そうな顔してたし、順調なんでしょ。」
「Xさんの仕事はまとめ業務なので、全体的な状況を把握できないと難しいんです。まだ優奈さんには荷が重いはずです。」
「いや、彼女ならきっと可能でしょ。」
「今ですら彼女は手一杯なのにこれ以上積んで、徹夜で仕事しろってことですか?」
「うーん。そういう時もあっていいんじゃない?」
美月の怒りゲージはMaxになっていたが、ここで怒り出し、Xにやらせろと言っても状況は変わらないことがわかっていた。
そして、美月は優奈の苦悩した表情を見たくなかった。
「私がやりますよ。」
「お、本当!それは一安心。」
Zの顔には安堵したような表情をした。その顔にはしてやったという思いが見え、
最初から美月に対応させようとしていたことが伝わってきた。
美月はただ、拳を強く握りしめ、唇の裏を強く噛むことしかできなかった。
「今日はちょっと疲れたんで、一旦家に帰って、家で仕事します。Xさんは何もしてなかったので引き継げるようなものないですし。」
「うん。美月ちゃんには面倒かけるね。ごめんね。」
平謝りするZは無視して、美月は帰路につくことにした。
「美月さん、大丈夫ですか?」
帰り支度をしていると、気がつくと優奈が心配そうな顔で美月の近くにいた。
「聞こえました。美月さんがXさんの分も対応しないといけなくなったって。」
「ふふ。大丈夫よ。」美月は無理に笑みを浮かべ、強がってそう答えることしかできなかった。
そして、美月は家で仕事すると伝え、オフィスを出た。
帰り道に、いつものように今日一日を振り返る。
X, Zに対しての強い怒りがこみ上げてくる。
しかし、私ができないというとXの部下である優奈に降りかかってしまうことは間違いなかった。
引き受けてしまったが本当にいけんのか。少なくとも家で徹夜仕事になりそうだ。美月は思った。
今までにないタスク量でこなせるかどうかが非常に怪しかったからだ。
苦悩しながら駅から美月の住むマンションまでの道を歩いていると、
女の子が走って駅に向かう姿が見えた。
道は暗くなっていて、顔はよく見えなかったが目を抑え、何か泣いているように見えた。
その子が美月の側を横切るときに、横顔が見えた。
それは、目には涙を浮かべた咲良だった。