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4話 優奈のヘルプ

マンション前の公園で咲良と会った次の日、美月はいつものようにオフィスで仕事をしていた。

ただ、時折昨日のことを思い出し、顔に笑みが浮かぶ。

咲良の行動が面白く、可愛らしかったからだ。


ただ、咲良の凛子に対しての強い思いについては手助けできなかったことを悔いてはいた。


「逃げ出させてしまったかなー。」

ふっと呟くように行った。


「えっ逃げ出すんですか?」

振り向くと、近くにいた優奈が驚いた顔をしていた。

「あ、違う違う。私じゃなくてね。」

「それならよかったです。美月さんいないとここは成り立ちませんよ。」

そんな褒められるとおぉぉ。美月は自尊心が高まるのを感じる。


「ふふ、ありがと。大丈夫よ。逃げ出さないよ。」いたって冷静な顔をして美月は返答する。

「それなら良かったです。でも、この前の飲み会で、大学の研究室で追い込まれたときに山に逃げ込んだってましたよね。」

「あぁあれば本当にやばかったから。一週間で120時間働いたときのことね。」

美月は学生時代の地獄を思い出す。今思えば笑い話だが、その時は生きるか死ぬかの世界だったのだ。


「でも、いい山小屋があったんですね。この付近なんですか?」

「まぁ近くかな。親の山小屋だから自由に使えるの。非常用の食べ物とか発電機とかあるから相撲と思えば数ヶ月は住めるんだよ。

水道も井戸水もあるしね。」

「それはいいですね。私も機会あったら行きたいなー。」


優奈と話していると、どんな時も美月はいつも心が癒される気がした。

ふと、優奈の顔を見ていると、昨日の女の子のことを思い出してしまう。

雰囲気が似ているような気がするというのもあるが……。私も多分あの子と同じなのよね。

美月は優奈のことを眺めると、言い出せない想いに胸が苦しくなることを感じていた。


その後も美月の業務は順調に進み、定時となった。

予定通り以上の進捗だったので、その日も定時に帰ることにした。

しかし、ふと優奈の顔を見てみると険しい表情をして、パソコンの画面に向き合っていた。

美月の今までの経験から、良い状態ではないことを察した。


美月は優奈に近寄り、優しく声を掛ける。

「優奈さん、順調?」

「あの、あんまりよくないかもしれません。」

優奈は苦しそうに話す。

「どうしたの?」

「お客様からの要件を誤って、理解してたみたいで、仕様から作り直しになっちゃたんです。」

「あーそれはきつい。でもたまにそういうことあるから仕方ないよ。

それに、優奈さんの上長のZさんも確認できてなかったのも原因でしょ?」

「はい。Zさんは何か要件が変わったとか言われてるんですけど、

最初からお客様の要件把握ができてなかった気がするんです。」


美月は非常に嫌な予感がした。

「もしかして、そもそも要件がきちんと定義されてなかったりする?」

「……はい。お昼からZさんが要件定義を再度されてるみたいなんですが、それを待ってるんです。」

予感は的中した。


「納期は来週だよね?さすがにまずい気が……。」

「やっぱりそうですよね……。ほんとどうしたら。」

優奈は今にも泣き出しそうな顔をして俯く。

優奈は人一倍責任感があり、強く苦悩していることを美月は察した。

助けてあげたい、美月は思った。


「ヘルプに入ろうか?」

優奈は美月の方を向く。期待が込もったような目をしていた。

「大丈夫なんですか。美月さんも納期前に仕様変更入ったんじゃなかったんですか?」

「入ってるけど、変更箇所は少ないし、十分間に合わせられる。それより、優奈さんの持っている案件が心配。」

「……。」

優奈はお願いすべきか迷っているようだった。


「優奈さん、」

ずいっと美月は優奈に近寄り、顔を合わせる。優奈は驚いたような顔をして美月を見つめた。

「あなたは入社してまだ日が浅いのに、よくがんばってる。でも、上司がミスして起こったことに苦しむにはまだ早いよ。

だから、ここからは先輩社員にも手伝ってもらった方がいいと思うの。」

「……はい。」優奈は目には涙を浮かべながら安堵した表情をして答える。


「私に手伝わせてくれない?」

「……ありがとうございます。私は美月さんにヘルプに入ってもらえたら嬉しいです。」

「ふふ。じゃあ、あなたの上司に掛け合ってくるね」

そういうと美月は足早に優奈の上司であるZの元に向かった。

その足取りは堂々としていて、優奈は尊敬と希望に満ちた目で美月を見ていた。


「あー、優奈ちゃんの案件ね。あれまずいよね。」

美月が優奈の持つ案件の状況が悪くヘルプに入りましょうか、とZ上司に伝えると、Zはまるで他人事のように言った。

「ですが、優奈さんから話を聞くと、Zさんの要件定義に誤りがあったのがそもそもの原因のようなんですけど。」

「ああ、いやまぁね、そういう面はあるんだけど、優奈ちゃんの指導員のX君が一応まとめだから、彼に気づいても欲しかったんだよね。

でも彼の業務がまったく進んでないの。いや困っちゃうね。」ハハハとZは笑いながら答えた。美月は苛立ちを覚え始めた。


「なら、そのXさんに責任を取ってもらって進めて頂けないんですか?」

「いやでもね。前に彼に話聞いたら、今別の案件を抱えているから、結局優奈さんに全て任したって聞いてるんだけど。」

伺うような目でZは美月を見る。美月はZとXと優奈の間で意思疎通が取れていないことを察した。

「Xさんに聞いてきます。」美月はXに話を聞きに席に向かった。これは非常にまずいかもしれない。


美月は、Xに話を聞き、優奈に話を聞いて状況を把握した。

優奈の指導員であるXは、二つの案件対応することができないと気づき、優奈の関わる案件を完全に放置していたのだった。

そして、Xは納品近くになり進めようとして、優奈の完成した成果物に比べて、自身の状況がまったく進んでないことに気がついた。

気づいた時に自身の力では間に合わせるのは不可能と判断し、Xは責任回避と業務なすりつけのために上司であるZに優奈が担当になったと伝えていたのだった。

しかし、優奈にはその話はされていなかったのだ。

すぐに美月はZにXの無責任な行動を告発した。


「ではXさんのまとめ業務のうち、優奈さんの案件に関わる部分は、私がお手伝いするということでいいですね。」

「美月ちゃんには迷惑かけることになって、ごめんね。」Zが美月に平謝りをする。

「いえ。ただ残ったXさん業務の進捗管理はZさんがお願いしますね。」

「うん。わかったよ。」

最終的には、美月がXの担当物のうち、優奈の関わる案件の一部を担当することになり、優奈の進捗管理も合わせて、担当することになった。

そして、Xはその残りを担当することになった。

パッと見たところ、Xは本当に何も作業進めていなかったため、きっつ。きっついなー、と久しぶりに美月は思った。

しかし、何年もの経験の中で、納期間際の炎上案件に巻き込まれることに慣れてきていたので、対応可能な自信はあった。


Zと会話した後、すぐに美月は自席に戻り、作業項目をまとめていく。

そして、次の日にある顧客打ち合わせに向けて、お客様と認識合わせないといけない点をリストアッブしていく。

真剣な顔でパソコンに向かい合っているとふと背後に気配を感じ、振り返る。

そこには申し訳なさそうな表情をした優奈がいた。


「美月さん、Zさんから聞きました。申し訳ないです。私のためにたくさん業務抱えることになって。」

「優奈さんが謝る必要ないよ。これが先輩の役割だから。」

「……。先輩だから、手伝ってくれるんですか?」

「え……。」優奈の質問に対し、美月は返答に困る。

「いえ、なんでもないです。美月さん、いつもありがとうございます。」

そういうと優奈は照れた表情で席に戻ろうとした。

美月は気づけば優奈の手を取っていた。

「わ、私は優奈さんの先輩だからってのもあるけど、優奈さんのこと、す……。気に入ってるから。」

「美月さん……。ありがとうございます。」

優奈は嬉しそうな顔をして席に戻っていった。


その日は終電近くまで、業務し、次の日の打ち合わせ資料はなんとか整えられたので、帰宅することにした。

優奈は先に上がっていて、美月が最終帰宅になっていた。


帰り道に、一日を振り返る。主に優奈と話したこと、優奈に頼りにされていることが思い浮かんでくる。

何より、優奈を手助けしたことで、もしかしたらあわよくばあわよくば……?

尊敬できる先輩と思ってもらいたいだけじゃないよね。


美月の住むマンションの前に着き、ふと前の公園を見る。夜遅いため公園には誰もいなかったが昨日の女の子(咲良)との出会いが思い浮かぶ。

あの子はどうなったのかな。好き同士になれたのかな。


美月はふぅーと大きく息を吐き、マンションの中に入った。

お風呂はいってから、案件の状況を再確認しないとな、美月は思った。

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