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10話 妹になっていた

何かひどい悪夢を見ていた気がする。

好きな後輩にかっこつけて、仕事を手助けしようとしたら、そこから次々と仕事を押し付けられ、徹夜仕事となり潰れた夢を。


ただ、それは悪夢だったのだろう。目が覚めると体が軽く、爽快な気持ちだった。

心なしか若返った気がする。

ベッドから起き上がり、周りを見回す。身に覚えがない女子中学生の制服が掛けられていた。

机の上を見ると中学校の教科書類の中に、クシャクシャな破かれた手紙のようなものが置いてあった。


あれ、ここはどこだ?


こじんまりしたマンションの一室のようだが、確実に自身が住んでいた家でないことは確かだった。

時間を見ると7:50の時間が表示されていた。あ、会社にそろそろ向かわないと

立ち上がろうとすると、トントン、ドアをノックする音がした。

「そろそろ起きなさい。学校に行く時間よ。私は先に行くからね。」

やさしい聞き覚えのある女性の声がした。好きだった後輩の声に似ていた気がする。

私に声をかけると女性はすくにドアの前から立ち去っていったようだった。



ここはどこで、さっきは誰が来たんだろう。

そう思いながら、私は立ち上がる。

そして、部屋を出てまずはトイレに向かおうとする。

トイレの場所は玄関横にあった。

トイレに入ると、そこには鏡があった。



私は咲良になっていた。公園で出会った女の子になっていたのだ。



トイレを出ると、呆然と家の中を回る。

リビングのテーブルの上には、咲良の姉が用意したと思われる朝ごはんが置かれていた。

空腹だったので、ひとまず食べることにする。

他人の家の料理ではあるので、奇妙な感覚であったが美味しく、暖かさを感じる。

そして、朝食を食べながら、現在の状況を再確認する。


しかし、一体なんでこんなことに。

昨日は確か、、。曖昧な記憶しかない。


平日なので、咲良の立場なら中学校に行くべきなのだろう。

凛子と同じ中学だったから、場所はわかってはいたが、優先すべきは私である美月に会いに行くべきなのだろう。

私は美月の家に行くことにした。


道に迷い、学校が始まる時間が過ぎた頃に、美月が住んでいたマンションに到着する。

美月の住む部屋の鍵は持っていないので、部屋番号を押し呼び出しをする。

しかし、何回か呼び出しするも、応答はない。


部屋には誰もいないことも考えられたが、諦めきれず、

マンションから出てくる人を待って、ドアの開いたタイミングでマンション内に入ることにした。

ちょうどスーツを着た女性が出てきたので、それに合わせて中に入った。

そしてエレベータに乗り、自身の住んでいた部屋に向かう。


部屋に着きノックする。しかし応答はない。

ではと中に入ろうとしたが、想定していたが鍵がかかっていた。

私は、いつも部屋の鍵を閉めていたから、当たり前なのだが、こういう時に困ることになるとは、思いもしなかった。

そもそも、こんな状況になることも思いもしなかったのだが。


私は、美月、すなわち私が咲良に入っているとすると、咲良が今の美月に入っていると思っていた。

そして、咲良の行動からすると、咲良自身の家に戻っていることが考えられたので、一旦咲良の家に戻ることにした。


咲良の住むマンションの周りや部屋に戻っても、美月の姿はなかった。

しかし、咲良からしても、困った状況になっているはずなので、しばらく待っていれば戻るだろうと思った。


ふと、顔を上げると中学の制服が目に入る。

机の上の教科書やカバンを見ていると、私は段々と凛子と咲良の通う中学校に行ってみたいと思うようになっていた。

二人は通う中学は女子校の中等部なので、女の子の園になっているはずだった。

そして、美月は共学に通っていたこともあり、不純にも女子中学生の園に入りたいのだった。


せっかくのチャンスを逃すのか?いや逃せない。

もしかしたら、咲良が入っているはずの美月と会えるかもしれない。


などと、都合の良い考えで、すでに授業は始まっている時間ではあったが、

学生カバンを手に取り、私は中学校に向かうことにした。


迷いながらも中学生に到着すると、予想はしていたが、美月と思しき人影はなかった。

そこはあんまり気にせず、胸の高鳴りを感じながら、校舎の中に入っていく。

今は授業中のようで、玄関にも廊下にも誰もいなかった。気のせいかいい匂いがする気がする。

教科書の裏に咲良のクラスは書いてあったので、足音静かに歩きながら、クラスを探す。


クラスを見つけると、教室の中は授業中のようで、どうやって中に入るか迷う。

静かに入ろうと教室後方のドアに手をかけると、ガラリ、教室の前方のドアが開く音がした。

「咲良さん、何してるんですか。早く教室にお入りなさい。」授業中だった先生が咲良に気づき、声をかけたのだった。


「は、はい。」咲良は後方のドアを開け、中に入り、周りを見渡す。

クラスメイトの女生徒からの視線を感じた。

そして、教室の中に凛子の姿を見つける。

凛子は咲良のことは気にしていないようなすまし顔で、黒板を見ていた。

凛子の横の席が一つ空いていたので、そこが咲良の席と思い、着席する。


「遅れてくるなら事前に連絡するように。」先生はそう言うと、授業に戻る。

特に指摘されないところを見ると、席はあっていたようだ。

黒板を見ると、英語が書かれていて、隣に座る凛子も英語の教科書を開いていた。

私はカバンから、英語の教科書を探し出そうとして気づく。あれ、ないぞ。

机の中に入ってないか? ないぞ。


あ、教科書忘れてる。咲良ちゃん、前日に教科書はカバンに入れといてくれ。

どうしようかと思ったが、幸いなことに隣に座るのは、凛子だ。

凛子は誰にでも礼儀正しく、美月とも仲良く話していたので、私は頼みやすいと思った。


「凛子ちゃん、英語の教科書見せてくれない?」小さな声で凛子に頼み事をする。

すると凛子は、なぜか困惑した表情をした後にムッとした顔をする。

そして無言で教科書を開いて見せてくれた。

内容を見ると、社会人の美月からすれば、容易すぎる内容でこれなら怪しまれないなと思った。


授業は進んで、先生は問題を出し、誰かを当てようとしていた。

咲良はぼんやりと黒板を眺めていると、先生と目が合った。

「じゃあ遅刻してきた咲良さん、答えて」

遅れて来た生徒を当てるとは意地悪な先生だと思いながら、私はさらりと回答を答える。すると、周りがしんとした。

凛子の顔を見ても呆然とした顔をしていた。


「……正解です。咲良さん、教科書を忘れられていたようですが、夜遅くまで勉強されてたんですね。」

先生は自身を納得させるように話した。


英語の授業が終わり、休み時間となった。

凛子がむすっとした表情で私の方に向く。

「あんた。英語が得意だったけ?」

「えーと。普通くらい?」咲良の学力レベルは知らなかったが、ひとまず普通と返す。

「すごい流暢に話しててびっくりした。英語苦手だったはずなのに。」

そういうことだったのか。なるほど、通りで私が答えた後にしんとしたわけだ。


「昨日ちょっと勉強がんばったからかな。」

「ふーん。英語嫌いだったのはずなのに。」

「好きになったのかな。」

私は誤魔化すように返すと、凛子の顔が不安そうな表情になった。


「昨日のことが関係あるの?」

「え?」

昨日のことがわからないので、私は首をかしげる。

凛子はムッとした表情になった。何かひどく怒っているようにも見える。

「ふん。知らんぷりするなら、なんでもいいけど。体育の授業に向かうよ。」

凛子は、そういうと教室の外に向かっていった。

私は急いで凛子の後を追う。


凛子についていくと更衣室があった。

更衣室の中はすごくたまらない感じがして、私は夢を見ているような気がしたが、

凛子の怪しむような表情で冷静を取り戻す。

そして、更衣室の中にある咲良のロッカーに入っていた体操服に着替え、運動場に出た。

今日の体育の授業は、サッカーだった。


準備運動をしていると、体が軽く、力が満ち溢れてきて、これが若さかと思う。

中学生の頃はこんなに元気だったんだと思い、昨日までは本当に死んでいたことを実感する。


サッカーは、生徒番号が偶数チームと奇数チームで別れて戦うことになった。

私と凛子は同じチームだった。フィールドに立ち、凛子を見るとすらりとしてしなやかな体躯が眼に入り、見とれてしまう。

体つきからして、凛子は運動能力が高いと見て取れ、フォワードに立っていた。

私は動ける自信はあったが、目立ちたくなかったので自チームのゴール付近に立ち、ゴールを守ることになった。


敵チームを見ると運動部のメンバーが多いように見え、全体的に不利な印象を受ける。

そしてホイッスルが鳴った。

ボールは凛子が取り、前に進む。凛子は颯爽と前に進んでいく。

しかし、運動部らしい三名に囲われる。凛子は突破しようとするが、突破できずボールを奪われてしまった。

そして、今度は逆に自チームのゴール近くまで来てしまう。


私はボールを前に進んでくる相手の前に立ちはだかった。

目の前の相手は、色黒で骨格もしっかりしていて、見るからに体育会系といったタイプだった。

ボールさばきもうまく、もしかしたらサッカー部かもしれなかった。


相手が前に出るのに合わせて、スッと私も前にでる。

相手は私の横を通り過ぎ、ゴール前に立ち驚愕していた。

ボールが足元から消えていたからだ。


私は奪ったボールを前に蹴り出し、敵ゴールに向かって走り出す。

美月は学生時代に様々な部活を掛け持ち、各部の部員以上な働きをすることができていた。要は運動神経が人並み以上に優れていたのだ。

そして、咲良の体は私の思った通り以上に動いた。

咲良を一人で止められる生徒は他にはいなかった。


ゴール前に来ると、凛子を止めた三人組が目の前に立ちはだかる。

私は、近くにいると把握していた凛子に一瞬顔を向け、目で合図した。

凛子は何か驚いた表情をしていたが、合図を理解したようだ。

三人を突破しようとして前に出ると見せかけて、凛子にパスを出す。

凛子はパスを受け取り、ゴール前にいき、シュートを決めた。


ゴールを決めた後も、試合は続き、試合終了のホイッスルが鳴った。

最終的に、私と凛子の二人の活躍が大きく、私のチームは快勝することができた。


私はサッカーを楽しんでいた。中学生はやばい楽しいと思った。



晴れ晴れとした咲良の姿を、凛子は悔しそうな表情をして見ていた。

英語といい、体育といい、前向きな咲良の姿に驚きと惹かれるものを感じはしたが、

昨日のことを気にしていないところが、凛子自身のことをないがしろにされている気がして悔しかったのだった。

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