6・獄門①
(まずは、この室内を明るくさせないと……。ユニ、協力してくれるよね?)
優兎はユニに問いかけた。ティムは元気そうだし、邪魔さえ入らなければ、扉は完全に開かれたはずだった。約束通りだ。
優兎は誇らしげににんまりと笑った。それに対し、ユニはただフン、と鼻を鳴らしただけだった。優兎の足元の周りに浮かび上がっていた小さな円形は、ぐんと前後左右に引き延ばされる。ユニの力が加わったのだ。魔法陣はクルクルと回りながら天井にまで到達すると、眩しく輝き、部屋の隅々まで見渡せるようになった。
だがしかし――
「な、何だこいつは!」
アッシュはようやく姿が見えるようになった追跡者の実体を目の当たりにして、息を呑んだ。周りの仲間達も釘付けになっていた。
追跡者は巨大な黒い壁に数多の人体が張り付いた姿をしていた。シュリープ達による集合体だ。顔同士が繋がっていたり、足から手が刺のように生えていたり、体の中から別の個体が飛び出したりと、惨い有様のシュリープで埋め尽くされており、底無し沼から這い出ようとしているかのごとくもがいているのだ。
更に、シュリープ達には一体一体色がついていた。今まで出くわして来たシュリープ達の体は青白く、近付いても半透明であったのに、目前の彼らは絵の具と溶け合ったようだ。
それでもアートと呼ぶには不適切なそれは、さながら目を背けたくなる『地獄の門』と言ったところか。
「本物を先に拝んでおきたかったな……」
優兎は震えを誤摩化すように呟く。一同が面食らっていると、シュリープの集合体が動いた。優兎達は慌ててバラバラに散る。シュリープが詰まっているせいか、単体程のスピードはなく、迫り来る時の恐ろしさは減少している。だが、その分破壊力が振り切っていた。噴出された液体の塊が床と激しくぶつかると、無数の手形を残しながら辺り一面は崩れた。
ガラガラガラッ!
「うはー、すっげえパワーだな! 床もどうせ例の鉱石使ってんだろ? とんでもねえな!」
「こんな時に感心出来るなんて呑気ね、あんたは!」 ミントは自分とすぐ近くにいるニーナを飛んでくる破片から守りながら叫んだ。「ニーナちゃん、あのバケモノは何て言うのか知ってる?」
「いやあ、あんなのとは知り合いでも何でもないですし、初めて見ましたよ! デッカいですねー!」
「やっぱり、少しでも触れるとまずいのかしら?」
「でしょうね。これまでのシュリープさんと違って、か弱い殺気なんかで怖じ気づきそうにない感じです。――うーん、通常のシュリープさんと、あのシュリープさん、呼び方がごっちゃになりますね……」
ニーナは髪をわしゃわしゃと掻いて、「おお!」と何か閃いたのか、声を出した。
「『シュリープ(改)』と『スーパーシュリープ』、呼び方どっちがいいですか?」
呑気を極めたニーナの問いかけに、優兎、ジール、ミントは「どっちでもいいよ」と心の中で突っ込んだ。ただ一人を残して。
「オレはシュリープ(改)に一票!」
シュリープ(改)は絞り上げるように叫びながら、優兎達にどんどん攻撃を仕掛けて来た。攻撃は手形飛ばしのみならず、数珠つなぎに手の平から腕を生やして成形された触手を伸ばして襲いかかってくる。触手は本体の鈍さをカバーするかのように素早い動きをしてくる。一本の触手に胸を貫かれそうになり、優兎はバリアを張って、その状態のまま魔法を放った。矢の形をした光が触手を射抜くと、左右に裂けて、ぼとりと落ちて消えた。
危ない危ない……。しかし高ぶる心臓を休める暇もなく、触手はこちらを狙ってくる。今度は三本。優兎はその内の二本をまとめて倒した。だが一本には逃げられ、背後に回って来た。
シュッ!
背後で切り裂き音が聞こえた。風の音だ。触手はまるで刃物が入れられたようにまっぷたつになって落ちていった。
「咄嗟に出しちゃったけど、あの手の攻撃はアタシのバリアでも防げるようね。よかったわ」 ミントはニコリと笑いかけて、すぐに真剣な顔つきになった。「構えて! またこっちに来るわよ!」
優兎とミントは向かってくる無数の触手を睨んで攻撃した。優兎が一本一本相手にするのに対し、ミントは一度に複数を薙ぎ払っていく。流石ミントだ。風属性の特性を生かして、前方から後方に至るまで幅広く風を行き渡らせ、黒い雨を降らせている。
『なあにが流石、だ。優兎、貴様もボクの力があるのだからその程度の真似事は出来るはずだぞ。ちまちま捌くのは気に入らん。もっとド派手にかまさんか!』
じれったい奴だ、とユニは文句を垂れる。優兎もちょうどあんなふうに出来たら、と刺激されていたところなので、分かったよ、と同調して攻め方を変える事に。
(広い範囲に届くような光の魔法……四方から飛んでくるバラバラの攻撃を、一層する魔法……!)
考えた末、以前ユニが地を踏み鳴らして謎の少女の魔法を消し去ってみせた事を参考に、自分自身から光のリングが広がって行くイメージを形にした。神秘的なリングは音波状に連なり、触手二本と本体を横薙ぎして、キラキラと瞬いて消える。しかし自分を中心点にしてしまった事で、自分の背丈より高く飛び上がっていた触手を巻き込む事は出来なかった。鈍重な本体ならまだしも、動きの速い奴にこれは悪手だ。
更に、魔法を発動する際、体感で「うわ、これはまずい奴かも!」と悟った。リングに体中の体力をごっそり持って行かれる感覚がしたのだ。優兎はすぐさま広範囲魔法への挑戦を切り捨て、元の単体攻撃へと変更。新たに生み出された触手を即座に切り捨てたところで、ぐらりとよろけて尻もちをついてしまった。
「優兎、無茶しすぎ。指輪も外したまんまでしょ。さっさとはめた方がいいよ」
いち早く異変を察知したジールが、駆け付けてくれた。後ろから優兎の脇の下に腕を回して、シュリープ(改)から遠ざけるように引きずって行く。
「力が、入らない……。へたってる場合じゃないのに……」
「扉を壊そうと奮闘してた時から予兆は見えてたよ。やりたい事が先走って、体がついていけてないんだ。神様が何言ったか知らないけど、ふう、あんまりヤケになっちゃいけないよ」
距離を少し取ったところで、ジールは鞄から瓶を取り出してゼリィ玉の赤を差し出した。優兎はすまなそうに礼を言って、ゼリィ玉を受け取る。
ゼリィ玉を噛み締めながら、アッシュとミントの戦いぶりを伺う。愚直で変化球のない振る舞いで触手を落としていくアッシュと、パワーのなさを回数で埋めるように斬りつけていくミント。アッシュは優兎と同じく単体攻撃ベースだが、着火したら次、お次と、タイムロスが格段に少ない。複数と敵対した場合での、自己流の解答を持っているのだ。また、ミントは規模も質も突き抜けている。風を味方につけて切り捨てていく姿には、かっこよさすら覚える。彼女と比べてしまうと、優兎のがいかに付け焼き刃の子供騙しであるかが突きつけられるのだ。
同年齢レベルで接して来た人達だけど、こと戦闘に関しては先輩であると身に染みた。
ゴクンと二重の意味で飲み込むと、横からのっそりとシュリープが現れた。今敵対しているのとは別の、一般的なシュリープだ。優兎とジールは「うわあ!」と体を反らした。
突然現れたシュリープは、ジッとこちらを見据えていると、ベタベタと粘ついた手を出現させ、浮遊させる。優兎はギクッと反応し、魔法を使う準備を整えた。
ジールは「待って」と言って、優兎の手首を掴んだ。
「大丈夫。この子の好きにさせてやって」
ジールはシュリープに一瞥くれると、口の端をつり上げた。ジールの行動と発言に優兎は戸惑っていると、その隙にシュリープは魔法を発動させた。浮かび上がった魔法陣は白い色をしている。
シュリープが関節を無視してバラバラと指を折り曲げていくと、優兎はたちまち元気になった。ダルかった体は軽くなったし、清々しい気分だ。優兎は何がどうなっているのか驚きを禁じ得ず、目でジールに説明するよう訴える。
「彼女は光の魔法が使えるみたいだね」とジール。
「俺さ、のっぽに触れられてから、シュリープの生前の姿が分かるようになっちゃったみたいなんだ」
ジールのとんでもない発言に、優兎と周りで戦っていた三人は驚いた。
「んなバカな!」
「いいや、本当なんだよアニキ。〈呪い〉の副作用による一時的なものかもしれないけど、シュリープに重なるようにして、本来のその人の姿がはっきりと見えるんだ。――例えばこのシュリープ。女の子だよ。年は……六、七ってとこかな? 白い服を着ていて、癖っ毛の中に小さなイヤリングが見える」
優兎はシュリープを見つめてみた。目を細めてみたり、別の角度から窺ってみたりする。けれど、呪いを受けていない優兎が目を凝らしたところで、女の子の可愛い顔など浮かんではこなかった。後から「ほら、優兎が見てくるから真っ赤になってる」とジールが吹き出しても、優兎自身は眉間にしわを寄せただけだった。
「まあ、ジールちゃんがそう言うんだから、本当なんでしょうね」とミント。
「まるで、ある特定の奴は信じられねーみたいな言い方じゃないか?」
「分かってるじゃない」
ズバッと飛んで来た液体攻撃を、ミントは切り落とした。
「シュリープと言えば、奥の方で俺らと同様に戦っているシュリープ達がいるでしょ?」
ジールは何体かのシュリープがまとまっているのを指差した。優兎達は知らないが、ティムが助けてもらった集団である。シュリープ達はティムがいなくなっても尚、戦い続けているのだ。
「あの子らも子供だよ。先頭にのっぽがいる。地の魔法を扱えるみたいだね」
「のっぽちゃん? 見かけないとは思ったけど、ここにいたのね」
ミントの言葉に、ジールは頷いた。
「シュリープさんが見えるのなら、こっちはどうですか? シュリープ(改)さんの方です」
ニーナによる質問だ。ジールは(改)に目をやると、表情を曇らせた。
「……大人達だよ」 トーンを落として、少し俯く。「怒りや悲しみに暮れた顔を浮かべて、ずっと空を引っ掻いているんだ。あの中に、のっぽ達の親もいるんじゃないかな。それなのにああやってのっぽ達がもの憂げに攻撃しているのは、きっと……助けてあげたいからなんだろうな」
ジールは腰の鞄をわざわざ外し、膝の上に置いてまでして瓶を片付け出した。その行動は、目の前の有様から顔を背ける名目のように感じられる。呪いにかかっていない者の目線にも凄惨に映っているのだから、ジールにかかる精神的な負担は相当なのだろう。
「のっぽは触手や液体じゃなくて、大人達――いや、本体の方を攻撃してるよね。これって、本体の体力を消耗させないと、いつまでたっても倒せないって事なのかな」
優兎はのっぽ達の動きを見て、気付いた事を口にした。優兎の言うように、のっぽ達は阻害するものには構わず、魔法の一切を本体に仕向けている。シュリープ(改)は攻撃が当たるたびに気を乱れさせて叫び声を上げていた。手応えのある証拠のように映る。
「その辺は分からないけど……でも、俺らよりはのっぽ達の方が戦い方を知っているかもしれない」
ジールは答えた。
「攻め方変更ですか。死して尚、殺すのは……と言いたいところですが、助ける事に繋がるなら、私、張り切っちゃいますよ」
ニーナはレナを担ぎ直すと、みんなにウインクした。腰を落として照準を上方へ向け、ドドドドドッ! と乱射。赤色と水色のシュリープが潰れた。色味があるせいでバケツいっぱいの色水をぶちまけたようになる。攻撃が飛んでくるとステップで交わしながら充填作業を行い、腰を打ち付けて弾倉を押し込むと、先ほど自分を襲って来た触手に一発。次いでぶん殴る。撃破。
ニーナはくるくるとレナを回して、どんどん射撃した。弾の種類は氷や地属性ばかりではないようで、火や水、雷など、様々な属性を扱っていた。振り向き様に撃ったり、体を反り返らせて追っ手を交わしつつ撃ったりと、およそ信じられない荒技をこなしているが、砲撃はきちんと標的に当たっている。銃自体の重みがあるという前提を忘れさせる程の華麗な身のこなしに合わせて、ニーナの短く切った髪はサラサラとなびいた。
次から次へと銃弾が撃ち込まれて行き、必然的に攻撃の手の多くがニーナに集中した。彼女だけに無茶をさせてはいけない! 新たに紫色と赤色のシュリープを倒している間、優兎、アッシュ、ミントも続いて魔法を発動させた。優兎は先ほどやらかしてしまった失敗を反省して、下手な小細工はせず、本体を攻める時は集中させて、触手がまとまって襲ってくる場合はバリアを展開して、ミントに任せるという方法を取った。白色のシュリープ、茶色のシュリープ、水色のシュリープと、少しずつ撃破し、黒壁を塗りつぶしていく。ユニはつまらないだの、そんな事しか出来ないのかだのとブツブツ言うが、優兎は無視した。




