3・小さき者達の冒険④
「――ところでさ、ティム。さっき話にあった、その、石鹸くらいの大きさの箱についてもう少し詳しく教えてくれないかな」
『うんいいよ、青目のお兄ちゃん。魔物さん、ちょっと動くね。――ええっと……、あうー、やっぱり下からだとよく分かんないねえ』
「そうか。うーん、何か切れ込みのようなものってないかな?」
『切れ込みー? 切れ込みだって、魔物さん。どう?』ティムは背伸びをした。
『ふわ! それっぽいのを見つけたよう! 右の方! よく分かったねえ!』
ティムは嬉しそうに言った。しかし、優兎の表情はその報告を聞いた途端、真剣そのものになった。
「優兎?」ジールは眉にしわを寄せて優兎を見上げた。
「……ジール、魔法界って、ドアとか金庫とか、とにかく外や内から封じられてるものを開ける道具って、どんなものを使ってる?」
「あー、基本は金属製の鍵で、特別なものや部屋には大体魔法が絡んでくるね。それが?」
みんなの視線(一部除外)が集まる中、優兎は一人訝しげに扉を見つめた。
「いや、思い当たる節があって。こっち側の扉にもティムが言ってたものと似た箱があるんだけど、これって多分、カードをスラッシュして扉を開けるタイプなんじゃないかな」
「ああ? チーズをスライス?」
「アッシュ、ちょっと無理があるよ。カードをスラッシュ、ね。確か、カードに内蔵された情報を読み込ませると、扉のロックが解除されるシステムだったと思うけど……うーん、僕自身そんなに詳しいわけじゃないからなあ」
ともかく、優兎は魔法界側の技術ではなく、地球寄りの先進的な技術で開くタイプの扉と見たわけだ。それがカードキーを使用するというものである。
それにしてもおかしいものだ。とっくに滅びているのに、地球でさえあまり普及していないシステムがすでに使われているだなんて。聞けば、古代人が滅亡してから1800年は経っているそうじゃないか。それなのに、監視カメラのような物体、スイッチを押すと扉の向こう側が見られるスクリーン、テレビ電話のように互いに姿を確認・話が出来るモード……これらの技術が彼らの時代にはとっくに存在していたというのか。現状テレビも電話もパソコンもないこの世界に。地球上に現存する魔法台がオーパーツであるとは聞いていたが、どうやら本当にずば抜けているらしい。
優兎は不可解な程に高い技術力について熱心に説明した。だが、そもそもカード=遊び道具という概念しか持たない魔法界人の三人(一部は全く聞く耳を持たないので除外)は、カードの部分で突っ掛かっていて、その心は「よく分からない」の一点張りだった。
「(つまり、カードの勝負をして勝ったら扉が開くってこと? 効率悪くない?)ねえ優兎、今はそういう詮索をしても仕方ないんじゃないかな」
「(てかチーズ食いたくなってきた)そうだよな。深く考えるのは後回しにして、まずは目先のもんを片付けようぜ。優兎、開け方は知ってんのか?」
「え? ああ、まあ……。地球の技術も取り込んでいる上で、最終手段にはアナログな形で原点回帰しているかもしれないっていう、僕の考えに間違いがないなら」
優兎は頭の中のもやもやを渋々追いやって、扉の前に立った。
「ティム、僕の声聞こえる?」
『あ、青目のお兄ちゃん? うん、バッチリだよ!』
「よかった。ねえティム、カードって分かるかな。この箱の大きさだと……手の中に納まるくらいのサイズだね。ティムの手よりはちょっと大きいかもしれない。形は長方形で、厚さは薄くて、紙か金属辺りで出来ていると思う。それが部屋のどこかにないか、探してきて欲しいんだ」
『かーど? うーん、よく分からないよう』
「そうか。――じゃあ、ベリィにどんな形か教えておくから、ベリィをよく見て探し出してくれないかな」
『うん、分かった』
ティムの返事を耳にして、優兎は柔らかく笑った。凄いな。声だけで姿は見えないけれど、ティムにやる気がある事が画面越しから伝わってくる。恐怖心はまだ残っているだろうが、今のティムならちゃんと役目を果たしてくれそうだ。
優兎はカードのおおよその大きさ、形、厚みをジェスチャーを交えてベリィに覚えさせた。するとベリィは明りを体内に保管している方としていない方の二手に分かれ、保管していない方は優兎の説明に習った形になった。流石にベリィの核が危ないので、厚みは再現出来なかったが、大きさや形は完璧だった。問題の厚さについてはティムの家の床に敷いてあったむしろぐらいの薄さだと伝えた。
「カードはきっと、こういう緊急時用に予備として近くにあると思うんだ。テーブルの上だとか、本棚とか、壁とか。とにかく、怪しいと思ったらどこでも探してみて。いいね?」
『うう、また頑張らなきゃいけないんだね。でもやってみるよ』
ティムは弱々しい声で告げると、細身のベリィからカード型に変形した分身を受け取った。ティムは手元の、探す対象をかたどったベリィをしっかりと目に焼き付けた。
『――ううう、じゃあボク行くね』
「ティムちゃん、ベリィちゃん、ファイトよー! アタシ達、ちゃんとここにいて応援してるからね!」
『うん。リボンのお姉ちゃん、ありがとう』
そうして覚悟を決めたティムは、スクリーンの画面をつけっぱなしにしておくようベリィに伝えて、ベリィを頭のてっぺんから下ろすと、胸にぎゅっと抱いた。
しかし。ベリィが画面上からどいた事によって、今まで隠れていたものが認識出来るようになった。優兎達は揃って恐怖に顔を歪ませる。
顔。
ちょうど真ん中に、白い顔が映っていた。
「ぎゃあああああッ!」
「いやあああああッ!」
スクリーンの周りを陣取っていた四人は、ビリビリと響き渡る程の大声を出して叫んだ。眼孔に深淵を忍ばせたその顔の持ち主は、画面上に不気味な手形を貼付けた。
――3・小さき者達の冒険 終――




