3・小さき者達の冒険③
「あれ? こんなところに穴が開いてる??」
体のあちこちに小枝やら湿った葉やらを引っ付けたティムは、酷く間の抜けた声を出した。光るベリィの行く先には、不格好に壁の曲がった洞穴が口を開けている。ここから内部に入れそうな雰囲気はあるが、とても狭そうだ。自分に通り抜けられるだろうか?
不安はあったものの、ベリィがどんどん進んでしまうのでぼやぼやしている暇はない。ティムは洞穴の突破に臨んだ。屈み込んだ状態で壁に合わせて体を捻らせたり、頭を低くしたりして進んで行くティム。押すと動く壁がある辺り、どうやらここは洞穴ではなく、崩れた瓦礫が形作った穴らしいのだが、体が通り抜けられるかという心配事でハラハラしていたティムは、その事に気付かなかった。
そうして、最後の難所。両端を押し出したり、犬が地面を掘るみたいに床を掻いたりして、頭、次にたっぷりとしたお腹が解放される。あとはお尻と足なのだが、つっかえてしまって、これがなかなか思うように出てこない。
見かねたベリィがポシェットの紐を引っ張り、顔を真っ赤にしてやっとの事で荒っぽく抜け出すと、小さな獣人はそのまま勢いよく転がった。
ゴロンゴロンゴロンゴロン……
「うひゃああああっ!」
転がって、転がって、抜け出た穴から随分距離が開くと、ティムは床に顎を打ち付けた。そこでようやく止まったのだが、うつぶせ状態のままティムは目を回した。
「うー、ぐるぐる~……頭がぐるぐる回るよう~」
落ち着くまで、少し時間がかかったのだった。
頭が冴えてくると、ティムは自分がベリィを追いかけてくる前の通路とは桁外れに広い空間にいることに気がついた。風が互いに行き交う音、壁にぶつかって空間に溶けていく音がしないのだ。それまで特に気にした事のない環境音だったが、この場では身近に感じられない。
それにこの孤独感。いつも味わってきたものだから分かる。村の住民の半分近くが狩りに出かけてしまった後の、広い居間にひとりぼっちで過ごす寂しさと似ているのだ。
のろのろと遅れて来たベリィによって、不審は確信へと変わった。やっぱりそうだ。ベリィの体内からの光を跳ね返す壁と天井が、二人の周りに一切ないのだ。横も上も、光は反射されずに闇に吸収されてしまう。
優しげな月光も木々もない真っ暗闇に段々恐怖を覚えてきたティムは、急いで出入り口を探し始めた。ここが建物の中だというのは分かっているので、優兎達のいる場所に通じるところがあるんじゃないかと考えていた。ティムはベリィをぎゅっと抱きかかえて、不安に思う気持ちを和らげ、夜目を利かせた。
(うう、どうかあのこわーいお化けさん(シュリープ)が出てきませんように……。襲ってきませんように……)
祈るような気持ちで、ティムは右も左も分からないような場所を歩き回った。
暗い中にも何かが通り過ぎる音、何かが次々とかすめていく音、自分の周りに誰かいるような気配を感じ取ってブルブル震えながらも、ティムは歩き続け、そうして目当ての探し物は見つかった。大きな大きな扉。ティムは目を輝かせて、扉に向かって走って行った。
扉の前まで来ると、ティムは息を弾ませながらベリィを上へ掲げた。ふわー、すごく大きいなあ!
扉はジールが言っていたトルロード鉱石を使ったものとよく似ていて、高さは小さなティムからすれば計り知れなかった。というか光がそこまで届かなくてよく見えない。
扉の片側には何だか見慣れぬものもあった。固形石鹸程の小さな箱と、その上には中くらいの額縁みたいなものがそれぞれ設置されていた。あれは一体何なんだろう。ベリィを下ろしてぴょんぴょん飛び跳ねてみたが、ティムの背よりももっと上の方にあって、届く事はおろか、タッチする事すら厳しかった。ティムはガックリと肩を落とした。
すると、様子を見かねたベリィが、額縁のようなもののすぐ下まで移動して、ぐんと上に体を伸ばした。ティムは細長くなったベリィを目の当たりにして驚いた。うわわ! こんな事も出来るんだ!
ベリィは自身の約三体分くらいの高さになっていて、こちらの方に体をねじらせて振り向くと、ティムの頭上を指差した。
「え、何? ボクの頭? ……も、もしかしてお化けさんが?」
ティムは恐る恐る上を見上げて、次の瞬間「ああ!」と声を上げた。
「そっか! 魔物さんをボクの頭の上に乗せろって事なんだね?」
個別では額縁まで届かなくても、互いに協力し合えばギリギリ足りるかもしれない。ティムはベリィの頭の良さに感心しながら、早速行動に移す事にした。ひょろりとしたベリィを頭に乗っけて、ベリィは額縁のある方向に体を伸ばした。
一度は届かないんじゃないかという不安が脳裏をかすめたが、何とかベリィの顔が少しだけ入るような形で足りる事が出来た。そして額縁の下方に丸いスイッチが二つあるのを見つけたベリィは、迷わず片方のスイッチを押した。
ブウン……と虫の羽音に似た音がすると同時に、額縁のガラス面に荒ぶった白黒模様が浮かび上がった。五秒間程その状態が保たれた後、今度は見知った顔が五つ映し出された。優兎達であった。
『んん? 何だあれ。何か音がすると思ったら、扉の上に丸いものがある。優兎、さっきまであんなのなかったよね?』
『丸いもの? あ、本当だ。監視カメラ……なわけないよな。この世界にそういったのはなさそうだ』
ジジジジーという濁った音に紛れて、懐かしいとも言える声が聞こえた時、ティムとベリィは心が震えた。ティムは嬉しい気持ちでいっぱいになって、涙声で叫んだ。
「お兄ちゃあああああんっ!」
ガラス面の向こうにいる優兎達は揃って驚きを見せた。
『ティムちゃん! さっきの声ティムちゃんよね? どこにいるの?』
「リボンのお姉ちゃん! ボクはここだよ! この音聞こえる?」
ドンドンと扉を叩くと、優兎達の側にもくぐもった状態で届いた。お互いに扉を隔てた向こう側にいるのだと理解した。
「青目のお兄ちゃんの魔物さんも一緒だよ! お姉ちゃん達の方からはボク達が見える?」
『いいえ。こっちは何も映し出されていないわ。変化はあったけど、天井に出て来たおかしなものと関係があるのかしら?』
その時、両者共に扉から縦長のスクリーンが現れた。ベリィがもう片方のスイッチを押したのだ。
アッシュはヒューと口笛を吹く。
『こっちからも見えるようになったな。なーんか棒っきれみたいに妙に細長いベリィは見えるんだが、ティムはどこだ?』
「魔物さんの下! 背が届かないから、二人で協力し合ってるの!」
それからティムは、ベリィを追いかけてから今に至るまでを話して聞かせた。暗い森の中を彷徨っていたこと、ベリィが手助けしてくれたこと、現在ティムがいる場所のこと……。話し手がティムである為、「怖かった」という言葉が多用されていた。だがしかし、ティムの話を聞く者は誰しもが穏やかな表情を浮かべていた。
「ひゃー、やるじゃねえかティム。お前が子分で、オレも鼻が高いな、うん」
アッシュは言いながら腕を組んだ。ティムは褒められて照れくさそうに頭を掻いたが、周りの者は冷めた目でアッシュを見つめた。




